アリーテ姫
題名:SFオンライン『アリーテ姫』レビュー原稿
SFに何を求めるかは人によって様々であるが、もし知的冒険を求めているのであれば、ぜひお勧めする。それがスタジオ4℃制作、片渕須直監督の長編アニメ『アリーテ姫』である。
作品の舞台は、一見中世のファンタジー風に見える世界。かつて栄華を誇っていたという魔法使いの末裔が、姫を囚われの身にする……なんてうっかり書いてしまうと「またか」と思われるだろうが、ところがどっこい、これはSFなのである。これくらいちゃんとSFしているアニメは、恐らく他にはないのではないだろうか。
「充分進んだ科学は魔法と見分けがつかない」とはSF作家クラークの発言だ。最近ではラリー・ニーヴンをよく読み返しているという片渕監督は、本作品をアニメ化するときに、やはりこの言葉を意識したという。
変身の魔法は遺伝子操作によるもので、水晶球にはプログラムが仕掛けられ、地表に降る星はかつて人が宇宙に暮らしたあかし……だが、おとぎ話のアイテムをSFギミックに置き換えたことが重要なのではない。これは「SF的方法論によるスペキュレイティヴな作品ですよ」というサインなのだ。
なぜなら、この作品の主張は、「充分に進んだ科学による魔法をさらに凌駕する……そんな本当の魔法がある」ということなのだから。それが何かは、ここでは言えない。各人で確認する経験そのものも、この映画の放つ魔法の一部で、それをうかつな言葉で消してしまうわけにはいかない。申し訳ないが、SF好きなら絶対に損はしない貴重なワンダー体験を保証する。
この作品に、ハリウッド映画的「事件」はほとんど起こらない。姫が囚われの身となり、自由になる。それだけの物語だ。しかし、それだけのことに何重にもこめられた意味性、多面的な仕掛けが、次第に知的な興奮をもたらすと、病みつきになる。その興奮は、映画が終わってもずっと続く。なぜなら、この映画は自分の人生と地続きになっているからだ。これこそが知的冒険であり、それを事件として楽しまないのは損である。
このプロセスの根底に流れているのは、SFの持つ発想の自由さであり、思考方法の相対化が見せる解放感が、この映画には確かに存在するのである。
もうひとつ別の角度からのご推薦。この映画は、人生も折り返し点にさしかかり、「自分の人生これでいいのだろうか」「自分にこれから何ができるのか」という悩みを改めて持ち始めた中年の方々に最適である。かくいう筆者も、実は会社を辞めて独立した直後に観たのだが、「もっと早く観ていたら、もう少し気が楽だったかなあ」、と思ってみたり、「そうだよなあ」なんぞと納得をしつつ、暗闇でうなずいていたりしたのであった。かと言って、説教臭さはまったくなく、スリリングな経験の中でのことなので、念のため。
『アリーテ姫』という作品の特異な面白さが、少しは想像できたであろうか?
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さて、編集部のリクエストで、この作品の映像表現についても述べておこう。
本作品は仕上げ以降の工程がフルデジタルで制作され、セルは使用されていない。だが見た目のほとんどのカットは、一般のセルアニメの伝統にのっとって制作されており、ことに背景は筆目を意識した仕上がりに徹底している。
何カットか、デジタルの特性を活かしたカットがあり、セル画の撮影台では不可能な表現をものにしている。片渕監督は、同じスタジオ4℃の『MEMORIES-大砲の街-』(大友克洋監督)の演出/技術設計を担当した経験を持つ。これは全編が1シーン1カットで描かれた特殊なアニメだが、実際にはデジタル箇所は少ない。そのデジタル使用箇所が、タイトルの出るカットで背景を廊下のような3D空間に貼り込んだものであった。
『アリーテ姫』でも場面のいくつかに同様の発想を応用している。3DのCGIに背景を貼り込み、セルワークと一体化して、並んだ人の手前をカメラが駆け抜けていく映像や、円筒形の牢屋の内壁をなめるようにして底に座っている姫を回り込む映像をものにした。城下町の家々が折り重なった映像については、これは2Dの絵で描いた建家を3D空間上で看板のように立てて、それを視点移動したものだという。要するに、マルチプレーン撮影をパンフォーカスにしたもので、建家自体が3Dで描かれているわけではない。
デジタルの恩恵は、一般的には300色以下のセル絵の具の色数限界を突破したことにも効果的に使われている。具体的には、いくつか登場する魔法のアイテムでの金属色の表現で、動きの中で微妙に光り具合が連続的に変化することで、セル風の絵なのにセルでは絶対に出せない微妙な色合いを実現している。これもモニタ上での確認が可能にしたことであるという。
こういったことすべては、実はテーマと一体となった方法論なのであるが、内容に触れすぎてしまうので、ここでは詳述は避ける。
【初出:SFオンライン 脱稿:2001.06.17】
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