午前8時06分、入洞直後。
仙台市街地の広瀬川河川敷、確かに穴はあった。
都会にあってどこか虚ろな洞穴。
奇妙な生活感の残る細い穴を30mほど進むと、突如壁に突き当たった。
だが、それは終わりではなかった。
そこから左右へと、一回り太い穴が通じていたのだ。
いま、本格的踏査が開始される。
突き当たりの左右には、これまでよりも一回り大きな、軽トラくらいなら通れそうな隧道が通じていた。
しかし、向かって左(上流側)には、コンクリートの壁が塞ぐように築かれている。
不思議なのは、一度は完全に塞いだと思われるのに、壁の縁に人一人がようやく通れる程度の隙間が敢えて掘り直され、その裏へと通じている点だ。
おそらく、横穴ではない本来の坑口があるとすれば、これはその方向へ通じているのだろうが、不思議とこの時は3人が3人とも、覗き込んでみることさえしなかった。
もし覗いていれば、一人は顔を青くしたかも知れない。
ここは、一通り終わってから…。
そんな暗黙の了解のうえ、我々は壁に背を向けた。
緩い右カーブに始まる、上流への隧道。
相変わらず素堀りで、白っぽい左岸のざらついた壁が取り囲んでいる。
足元は脛くらいまで水没しており、流れはなく、底には薄く泥が堆積している。
風の流れは感じられない。
また、ときおり、水滴が水面を打つ音が響くだけで、静かだ。
100万都市の片隅に口をあけたこの穴は、果たして我々をいずこへ誘おうというのだろう。
この目で確かめるほか、それを知る術はないようだ。
ふと、こんなものを見つけた。
一本の細いロープが、まるで電線のように壁を伝って這っているのだが、その所々に、こんな数字が書かれたタグが取り付けられていたのである。
これが何を意味しているのか。
始めは推測しかできなかったが、何度か遭遇するうち、それが出口までの距離であろうとほぼ確信した。
…延長1160mを越える隧道…
これは、地図に記載されていないものとしては、かなり長いものと言える。
ヤマイガの地底伝説に、また新しい一頁が刻まれようとしているのか。
やがて、壁はコンクリートで巻かれはじめた。
しかし、もう何十年も手つかずらしく、至る所から石灰分が析出し、白いつららや汚れとなって、不気味な斑模様を一面に描いていた。
相変わらず、足元には流れのない水溜まりが続く。
坑口から、5分を経過。
一人では、きっと心細いだろう、かなり気持ちの良くない隧道だ。
こんな意味不明の走り書きにも、どこか気持が細る。
まるで洋画のワンシーン。
レジスタンスが逃げ込む都会の下水道のような景色。
所々のタグは数字を確実に減じてきており、残り1000mを切りつつあった。
しかし、背後は当然としても、行く手にも一切の明かりは見えない。
外へ通じている保証もない。
午前8時15分。
闇の先に現れたのは、中途半端な高さのコンクリート製バリケードだった。
これは、何をしたいのか?
支保工らしき材木が一本だけ落ちずにバリケード上に支えており、なんとなく“門”みたいに見えた。
バリケードの向こう側の水位が心配だった。
ダムになっているのではないかと。
バリケードの先は、水こそ溜まっていなかったが、なんと十字路となっていた。(右図)
本洞の左右に分かれる道のうち、川側には水がかなり溜まっており30mほど先に出口の光が見えた。地図上から考えるに、おそらくは広瀬川に直接口をあけているのだろう。
一方、山側の穴は狭く…… (後述)
地底の十字路… ここは坑道だったのか?
顔を見合わせる我々。
進む度に不可思議の度を増す謎の地底空洞。
我々には知識で咀嚼する間も与えられない。
入洞10分経過。
先人が何らかの意識を持って隧道を分けただろうバリケードも、何も語ってはくれない。
ただ、水路だと考えるのに適した遺構ではある。
川に向けて掘られた横穴の意味は、一定の水位を保つための構造?
今日ダム的に言えば、サージタンク的な役割を持ったバリケードかもしれない。
… これは
ちょっと気持ち悪いな。 この横穴は…
なんか、これまで見られなかったたくさんの足跡が、深い泥にびっしりと付いている。
どういうわけか、それが単なる肝試し連中の気楽な足跡だと思えないのだ。
精神的に不安定にさせるような、黒と茶のストライプが、細い闇の奥へ視線を誘導する。
しかし、体は動きたがらない。
この穴は… ちょっと禍々しい気に満ちているような、そんな感じがするのだ。
おそらく我々の誰一人、 単独では入らなかっただろう…。
狭い穴だった。
そして、どこかへと登っている。
少しずつ、少しずつ、しかし確実に高度を上げている。
そして左右へと意味深に蛇行している。
大人だと、少し屈まないと天井に頭を擦りそうな狭さ。
左右の窮屈さも、この写真を見れば予想が付くだろう。
なぜか、たくさんの足跡が続く穴…
…中央には、謎の溝が走る。
閉塞しているのだろう。
急激にガスが濃くなり、カメラばかりか、視界さえおぼつかなくなった。
そして、さらに天井は低くなり、もはや鍵穴のように細き穴。
だが、それでも足跡は途切れない。
だれだ。 誰がこんな足跡を。
鮮明に見えるこの足跡が、実はもの凄く古いのかも知れない。
こんな地底なら、泥に刻まれた足跡が長く風化しない事もあるだろう。
唐突だった、閉塞点。
もはや立ち上がれない狭さのまま、最後は固そうな岩盤に四方を閉ざされ、唐突に終わった。
その一角に壁を背にして異様な存在感を誇る
黄金様
な、なんなの〜!
なんなのこの、黄金様は。
どこから湧いて出た?! もしやこれがお宝か!!
これは、触れたくない〜(涙)
いまもって正体不明の横穴から、一行は帰還した。
その奥行きは50m程度だが、謎の隧道の中にあって特に謎に満ちた空間だった。
いったい、何がために掘られた穴なのか。
そして、他の場所には見られないたくさんの足跡は…。
もしや…
いや、これは思いっきりオカルトだけど…。
だれかの通り道だったりして……。