絵と漫画と仕事とかの雑記

ほとんどの場合、ブログを書いた日付ではなくて記事の出来事の日付です。実際は記事を公開しても問題ない時期になってからの後日記です。
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Written By 中村珍
好きな本は電話帳
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ちn

 
制作費の赤と黒
関連記事:「羣青」連載終了に関する記事の一覧

作画クオリティについてだとか、制作費についてだとか、
今まで言葉であれこれ説明してきましたが、これって
どんなに言葉で説明してもピンと来ないと思うんですね。

結構簡単に「暮らせる分のお金を残した上で今よりちょっと
手を抜いて制作すれば?」「一人で描けば?」と
言われてしまうのが常ですが、頭の中の希望的観測のように
なかなかそう簡単にはいかないものなのです。

ちなみに、「一人で描けば?」を拒む気はありませんが、
これから起こす連載ならばともかく、(…新連載を起こす編集部に
"一人で描くことによって声を掛けて貰うキッカケとなった漫画と
作風は変わりますがそれでも問題ないですか?それとも今までの
作風でないとまずいでしょうか?"という確認は必要ですが…)
既に走り出してしまった、一人ではどうしようもない作風に
なってしまっている連載の途中だと、なかなかこの「一人で描く」
という節約方法を中途採用できません。(ページ数によりますが
数名で描いた原稿と同質のものを一人で描くと年に2〜3回程度
掲載するのが私の技術力では限界だと思います。この場合でも、
載せなければ収入が無いので、どっちみち他の仕事も探します。
毎月載せるのであれば、毎月載せられる作風に作風を変えるか、
品質を思い切って落とすか、どちらかの手段を取ります。)
一人で出来る仕事は一人でしてしまいたいので普段から大抵の
仕事は一人でやっていますし、今後も一人でやれる仕事は
一人でします。「一人で描けば?」が案として通用するのは、
経済的又は時間的等、その時最優先すべき条件下で良い結果が
出せる場合のみだと思うので、そういう時以外は、
私は一人で描くという選択はしません。逆に一人でやれば
明らかに儲かるし、それで間に合う時は、絶対一人でやります。

それから、現場の都合だけで、現場の懐具合による独断で
勝手に画質を落とせないことだけはご理解ください。
新規の場合、大抵のお仕事は事前に、どの程度のクオリティが
求められているのか(サンプルを出されたり、打ち合わせの席で
過去に掲載された私名義の漫画を資料にして)ハッキリするので
私の都合だけで予告無しに変えられるものではないのです。
先方は「これが描ける人」という条件で、こちらに声を
掛けてきているわけですから。

「ギャグ漫画家さんとかで、デフォルメされた絵の人とか
ストーリー漫画家でももっとリアルじゃない絵の人が
居るじゃない?そういうのを描いたらだめなの?」
という結構驚くようなことを言われることもありますが、
クライアントがそういうのを求めているときは、
私じゃなくてそういう作家に依頼が行くでしょう。もしくは
「これこれこういう作風で描いて欲しい」と、打ち合わせで
必ず言われるはずです。そうじゃない時は、"今まで通り"が
最低限。"今まで以上"を御所望と思って差し支えありません。

様々な条件下で仕上げたものなので、見本画像として
どこまで機能するか分かりませんが、
黒字で済む原稿と赤字を出す原稿がどう違うのか。
実例を見ないと分からないですよね。

私の原稿料を前提として"原稿料のみ"から
○漫画の制作費
○個人の生活費
を考慮し黒字を出した時の原稿がどういうものなのか。
画像を交えてちょっとだけご紹介しようと思います。
ちなみに私の全社の原稿料の平均額は9480円(税抜)です。
白黒原稿の最安値は1ページ4000円台。
赤字原稿のサンプルはすべてモーニング・ツーに
連載されていた拙作『羣青』から。

黒字原稿に関しては羣青の制作スタッフか
私一人が背景描写やトーン処理をした過去の商業原稿です。

練習や同人、金銭の発生しなかったものは含まれません。

利益が出た原稿の黒字総額にはバラつきがありますが、
私一人で描いた場合、その原稿に於いては100%黒字です。
10万稼げば10万円が私のものです。(こうして出た黒字の
大半もしくは全額が別の原稿の人件費になったりします。)
最初から黒字を出すつもりで描かなければ纏まった黒字
(収入と呼べるほどの黒字)は絶対に出ません。手伝いを頼む
場合、黒字原稿のアシスタントは基本的に1名です。

最終的な予算や掲載誌の傾向、それから単行本が出る原稿か
絶対に出ない読切か、(つまりこの漫画が発生させる賃金は
原稿料のみなのか、それとも、原稿料に加えて将来は
印税が発生するのか)という執筆条件によっても、
出来る作画の範囲に差が出てきます。
稿料の高い安い、印税が出る出ないで仕上がりを決めるのは
私自身も心苦しいですが、理想だけで生きていくことは
難しいので止むを得ません。どんなにやってみたい仕事でも
稿料の問題で泣く泣くお断りしてしまうこともあります。

最後に、編集部側の絵に対する要求がどの程度かが重要です。
編集部側からの押しの具合と、単行本の有無、原稿料の額、
作業期間、漫画のジャンル等、様々な折り合いをつけて
その原稿の最終的なクオリティが決定します。

アシスタントをお願いする時の黒字額はページ数や
そもそもの原稿料、急ぎの原稿かどうか(要するに〆切)
それから、描くべきシーンにもよるのですが
(車だらけだったり、夜のシーンだらけだと、やや大変。
逆に真昼間の室内だけで繰り広げられる話だと凄く楽。
変な話、濡れ場だらけだと背景ほとんどシーツなので
定規使わないしシーツは白いし大助かりです。)
1本あたり5万円前後です。
多くて8万円ぐらい。少なくて2万円ぐらいでしょうか。

誤解しないで頂きたいのが、赤字の原稿と並んでしまうと
やはり少し見栄えがしない黒字が出ているほうの作画。
この黒字原稿の作画が手抜きなのではありません。
私が貰える原稿料で、私が私の置かれている環境下で
人間的に暮らしていかれる、という条件を守った状態での
最大限の作画です。

実際はここに羣青やなんかの制作が被ってくるので、
一概に「人間的に暮らしていかれる」とは言い切れませんが、
とにかく一時的に「この原稿に限っては黒字だぞ」という
状態を出すための最大限のクオリティがこれなのであって、
私の原稿料でどうにかするには、羣青の作画は異常です。
大事で仕方なかったので維持してきましたが、異常です。
ほんのちょっとクオリティを下げても、まだ異常です。
半分くらいにして、やっと毎月お小遣いが残ります。
更に半分にすると、多分纏まった黒字が出てきます。
黒字原稿を羣青の25%の力で描いてきたのではないのです。
その逆の考え方です。

さて、実例を挙げながら
節約術というか、一体どこをどうすれば黒字になって、
どこで力むと赤字になるのか、説明していこうと思います。



左が赤字が出た原稿。右が黒字の出る原稿。
どちらも病院の一室です。
 
念の為申し上げますが、このコマ自体が赤字だった
このコマ自体が黒字だった、というお話しではありません。
赤字覚悟の原稿と黒字厳守の原稿に対する考え方の差を
ご説明しているだけです。それぞれのコマが所属する原稿全体に
それぞれのコマに対する考え方と同等の考え方が適応され、
その上で原稿が仕上げられていると解釈してください。

大差ないように見えるかも知れませんが、結構違います。
右の病室は描くものが少ないから黒字が出たわけでは
ありません。黒字を出すために少なくしたのです。
まず、画面奥にカーテンを引くことによって、大幅に
コストが削減されます。これ、カーテン開けちゃうと
隣のベッド見えますよね。困ります。見えるものは
描かなければいけませんので、見えるのは困ります。

しかしカーテンばかりをだらーんと描きっ放しにすると
カーテンだらけの画面になってしまいます。
ここでフキダシをカーテン上に置きます。
フキダシの中には文字が入るので、急に何もなかった
カーテンの上が、それなりに込み入って見えるのです。

そしてカメラアングルにも、コスト削減の仕組みが
隠れています。右の病室はややアップですね。何故か。
カメラを引いてしまうと、床も、カーテンレールも
描かなければなりません。更にはベッドの脚も
描かなければなりません。しかしアップにすると
ベッドの脚がフレームアウトします。こうすると
フリーハンドで、布団だけを描けば済むようになります。
そして人物を後ろ向きにすれば、このコマに流れる意識は
自然と画面の奥に向かいます。下手に手前を向いてしまうと
右側の人物との目線のぶつかる場所を調節するため、
又、画面手前の空間が狭くなってしまうため、
構図の変更が必要になります。構図を変更すると
描く物が増えてしまい、作業時間が増してしまいます。
特にこの原稿は急ぎの原稿でしたし、その上で、
連載の人件費を生み出すために何が何でも黒字を死守せねば
ならなかったので、コストパフォーマンスは優先事項です。

赤字原稿のほうのコマは時間がなかったので
トーンを貼るのを諦めてしまったのですが、
コストを削る構図にはせず、撮りたいアングルでスタッフに
描いて貰いました。そうすると、残念ながら(?)何もかもを
描かねばなりませんでした。又、日当たりの良い部屋を
イメージしていたので、窓を描くことにもなりました。
ということは、両脇に纏めてあるカーテンも窓も描く必要が
あります。更にはトーンを貼ることを想定したコマだったので、
線画の担当者がトーンを意識して線を引いています。
この段取りがあると、元々トーンを貼る予定がないコマより
若干時間を食ってしまう場合が多いです。

しかもこちらはフキダシがほとんどありません。
これはたまたまここに大きいフキダシが無いのではなく、
大きいフキダシを入れない状態が一番見栄えも、空気感も
良いコマだからです。フキダシはほとんど入れない、と
決めてネームを切ったからであって、空気を壊して
良ければ大きいフキダシを作って何か喋らせますが、
赤字が前提の原稿なので、最善のネームで原稿化します。
勿論、右のコマとまったく同じアングルで、同じコストで
人物だけ差し替えても、意味は通じるコマなんですけどね、
そうした時犠牲になるのが、漫画の中の空気です。

漫画の絵を「人が何をしているのか」という説明の絵だと
割り切って5W1Hをコマに収めて終わりにするか、
それとも「ここに生きている人」を極力尊重して、
世界ごと撮るのか、どっちを取るかだと思います。

似たようなコマに見えますが、実はだいぶ違うことが
少しお分かり頂けたでしょうか?
どうしても手を掛けていないほうの原稿が手抜きに見えて
しまうとは思うのですが、ここまでコスト削減してやっと、
(食っていける職業の)漫画家として暮らしていけます。


さて、今度は皆さんの好きな、そして私の大っ好きな
お金です。お金は素晴らしいですね。夢いっぱいです。
何でも買えます。そんなみんなのアイドルお金ですが、
大好きだからといってたくさん描きすぎると、
又、大好きだからといってリアルに描きすぎると、
お金(人件費)が掛かるので注意しましょう。

黒字を出すと決めて描くとこうなります。
『壱万円』と、字で説明してあるせいもありますが
(実際のお札はこんな字体ではありませんけど…)
人間の脳内補完能力は時々逞しいので、この程度でも
これが何なのか伝えるだけでいいなら難無く伝わります。

実際、お金なんて長方形描いて真ん中に丸描いて
右側におじさん描いて右上に10000って描いて
左側に壱万円ってちょっと反った感じの字で書いて
全体を適当に縁取ればそれっぽく見えます。
何枚も出てくるシーンだったら、手前にある1枚か2枚を
描いて、残りのお札は真っ白でも読者さんは「お札だ」と
認識します。そういうものです。皆さんが持っている漫画で
お札が出てくるシーンがあったら見てみてください。
案外、本物とは似ても似つかないものがお札として描かれ、
それをお札として認識して読んでいたりもしますから。
この画像の奥にある真っ白い長方形も、勿論お札です。
この画像ではフレームアウトしてしまっていますが、
画面全体を見れば真っ白いこれも、きちんとお札だとして
解釈して貰えるはずです。これが安上がりな描き方。
一枚だけ別紙に描いて、あとはコピーして貼ってしまう
という方法もありますね。

さて、こちらは赤字原稿のお札です。
例の如くトーンを貼る時間が無かったので、未完成のまま
掲載されてしまいましたが…。

重なったり曲がったりしているせいでコピーという手段も
しっくりいかず(フォトショップで変形させて出力したものを
貼り込むという方法も無くはなかったのですが、そうすると
細かな調整がしにくい条件の絵だったりします。理由は割愛)、
すべて手描きです。一枚一枚ハンドメイドです。画像が小さくて
良く見えないと思いますが、模様もしっかり描いてあります。

もし気が向いたら、一度お札の模写をやってみてください。
気が遠くなります。ちなみにこういうの、新人さんのほうが
慣れた人より描き上げるのが早いです。細かいところをまったく
気にしないで、資料ときちんと睨めっこする前に、ザッと見て
適当にそれっぽく描くからです。雑で、製図っぽいですけどね。
商業原稿に慣れた人は気を遣って描いてくれるので、その分
少し時間が掛かります。こちらは製図じゃなくて、描画です。

このシーンもやはり、場面の空気を壊さないために
淡々とお札が存在している必要がありました。
なまじビル街やなんかを描くよりも面倒なのは分かっていたので
どうにかいい加減に済ませられないもんかとネームの段階で
散々悩んだのですが、賢い代案を思い付けず…。
手前だけ描いてあとは白紙で済ますとか、模様を適当に描いて
大雑把に描いて終わらせるとか、手軽な手段を選ぶ勇気は
結局最後まで出ませんでした。特にこの場面を雑誌で読んだ
読者さんは、赤字原稿のほうのお札をすべて、黒字原稿のほうの
"壱万円"と差し替えてみてください。よーく想像してください。
もしかすると私が気にするほど顕著な違いは無いかも知れませんが
ほんの僅かでも、ここに流れる空気の締まりが変わると思います。
絵が変わって、空気が変わらないわけはないんです。
(サザエさんの背景が劇画タッチだったら空気変わりますよね。)
仮に顕在的に分からない程度の差であっても、読者さんたちの
鋭い潜在意識は、この僅差をキャッチしている筈です。

それにしてもお金、一体何のつもりでしょう。
もっと小ざっぱりしていればいいのに、良く見ると物凄く
凝っているんです。皆さんお財布からお札取り出して
模様を見てください。偽造ダメゼッタイという意思を感じます。
凝ってますね。漫画の現場としては迷惑ですね。描きにくい。


さて次です。どちらも設定はバーです。
上が赤字経営で描いたバー。
下が黒字経営で描いたバー。顕著な違いですが、
赤と黒っていうのは、御覧の通りこういうことなのです。

読者さんがどちらをお望みかは存じません。ただ、
私が食えるのは下のバー。私を蝕むのは上のバー。

そして私が良く言われる「生活費を残してから人件費を
出すようにして、ちょっとクオリティを落とせば?」が
いかに非現実的かお分かり頂けるでしょうか。
生活費残すのに落ちるクオリティがちょっとで済むかー!!!

大掛かりな赤字を出さずに羣青を描くということは、
羣青の全ての絵が、下のバーの絵に差し替わるということです。
黒字原稿のクオリティで描いても、決して裕福ではなく
ギリギリ暮らせる程度なので、(というか今度これを下回る
クオリティになると商業漫画の仕事がなくなると思う…。)
羣青に関しては「クオリティの維持をしろ」と言われたら、
もうどの道、赤字を出しまくるしかないのです。
これよりちょっとだけクオリティ上げたらもう赤字なんですよ。
出るの。お金出ちゃうの。もうどうしようもないの。自然現象。
生理。生理痛物凄い生理。毎月。

おまけに黒字原稿は原作付きなので、私がお話を考える時間が
一切含まれていません。つまり編集者と物語について打ち合わせ
する時間が一切ないのです。…まあ終盤の羣青も打ち合わせは
ありませんでしたが。そうは言っても、序盤は粘り強い
打ち合わせがありましたし、打ち合わせがあってもなくても
お話を考える時間は必要なので、黒字を出しに行くとしたら
それらのロスも完全に計算に入れて徹底して節約しないと
無理だと思います。

「そこまでしなくても羣青で黒字の回もあったじゃないか」
なんて思う方もいらっしゃるかも知れませんが、あの経費に
食費も光熱費も家賃も通信費(携帯電話・固定電話)も
何も入ってないですから、黒字は出ていますけど
その月、安心して暮らせる黒字というのは簡単に出ません。

単行本がコンスタントに出ないという条件下にある羣青で
私が借金のない人並みの暮らしを営もうとするならば
(尚且つ、運が良ければ黒字になるのではなく、安定して毎月
必ず黒字が出るように。絶対赤字を出さないようにするならば)
まず第一に、物差しやテンプレートを使った作画を諦めて、
背景は全部フリーハンド。パースは取らずに雰囲気で描く。
トーンは絶対に重ねて貼らないって決めて、なるべくベタで
適当に画面を黒くする。あとは主役のウェーブヘアは廃止して
眼鏡もはずして貰って髪の毛は短髪。絶対に白い服しか着ない。
準主役も肩上まで髪を切ってもらって毛束感を大幅アップ。
(今は細かい毛を1本1本描いているけど、これを全部纏めて
毛というよりは、ヘルメットをかぶせる要領で、頭髪部分を
纏めて描いてしまう。)勿論服は絶対に白い服。なるべく建物の
少ない荒野や原っぱを移動して貰う事にする。背景を避けるため
顔のアップのコマを多めに。台詞は無駄に長くするか文字を
やたら大きくするかしてフキダシを大きめにすることによって
絵を描かなければいけない土地を大幅に削減し、晴天の日と
夜間(いずれも空にトーンを張る必要がある)を避け、原則として
空が白い曇りの日の出来事だけを描く。雨を描くのが面倒なので
雨天の場合は屋外に絶対出ない事。車及び電車の利用は避ける。
(車は、描く時間の問題もあるが、資料収集も面倒くさい上に、
スタッフへの指示も面倒くさい。車の雑誌やカタログに自分の
描きたいアングルで鮮明な写真が載っているとは限らない。
人物より手前にあるものを先に描いて貰うか避けて人物を描き、
車のシートやなんかを描き入れて貰い、尚且つ資料が無い部分は
フレームアウトするようにした上で物語の邪魔をしないカメラ
アングルを選び、狭い空間で読者さんを飽きさせない構図を
いくつも提案する…という作業は、なんだかんだで時間を食う。
描きやすい部分…暖房の温度調節するツマミとか?だけを
描いてもかっこ悪い。時々描く分にはいいと思うけど。
見栄えがする部分…ハンドル周りとか?は入り組んでいて
色数も多いし、奥行きの調整が必要だから物凄く面倒くさい。)
クリックで拡大可能↓

(生原稿のスキャンなので切れていたり、白く濁っている
部分はトーンやマスキングシートです。印刷にこのシート感は
反映されないので、何枚も重ねてトーンを貼っても一重の絵に
見えるようになっています。車の内部は以外と文字が多く、
黒字に白い文字を抜き出すのは結構面倒くさい作業です。
カッコイイ車にお金が掛かるのは、現実の世界でも漫画の
世界でも同じってことですね…。車頑張ると儲かりません。)
あとは部屋の蛍光灯は極力終日に点けておくように。家具は
なるべく置かないようにする。取材するのは勿体無いので
特定の場所は絶対に描かない。言葉で説明できる部分は
言葉で説明する。(コンビニの外観全景を描かずに、自動ドアの
一角だけを描いて「あ、コンビニがあったわ」という台詞と
「いらっしゃいませー」という台詞を描けば意味は伝わる。)
動物の描写は大変だから原則として禁止。(白ヘビ程度ならば可。)
全体的に描く量を減らすため、1ページあたりのコマ数は
4コマ以内に留める。6コマ以上は絶対に描かない。
そして何よりも、丁寧な線を絶対描かない。
コマから線がはみ出しても2mm以内は許す。
丸ペンは使わない。(高いから。)
繊細な線を諦める。
…ここまでやれば暮らせるほどの黒字だと思います。
「お金ないのに何で絵にお金掛けちゃったの」と言うけど、
一体どの程度までクオリティ下げちゃって良かったのだろう…。
厭味ではなくて、本当に、どこまで気にしなくて良かったのか
どこまでお金の事情を優先して良かったのか知りたい。


これももう説明不要と言うか…。
上が黒字経営の病院で、下が赤字経営の病院です。

"××病院"とか描いてませんが、そこは省略しても隣のコマで
「先生…○○の命は…」と言えば病院だとわかるので大丈夫。

文字の有無だけでなくて、昼と夜の違いがあると更に見栄えは
違ってくるものですが、夜っていうのはお金が掛かるものです。
トーン貼らないといけないので。貼る時間も必要なので。
絶対に赤字を出せない原稿では、どんな事でも真昼間か
明るい部屋で繰り広げてもらいます。もちろんセックスも。


続いてはお料理です。お料理っていうほどのものでも
ないですが。赤字のお漬物と、黒字のローストビーフ。

これはね、わざわざお皿までしっかり描いてあるコマと
ピラッと一枚、箸から垂らした(しかもフキダシが上に
かかりまくっている)コマを選んだわけではないのです。

同じものを描こうとしても、同じように"食べ物"を
描こうとしても、黒字を出したければ、こういう描き方。
赤字を出す覚悟でやるなら、ああいう描き方。なんです。
たまたま黒字で済んだコマと、運悪く赤字になったコマを
選んで並べているわけではないのですよ。
偶然の赤や黒ではなく、予定していた赤と黒なのです。

どっちも"料理"を描こうとしたもので、
片方は黒字を出せる料理を描いたコマ。
片方は赤字に繋がる料理を描いたコマ。
たかがお漬物にこれだけ力を入れると、他のコマも勿論
しっかり描かないといけませんから、一箇所頑張ったら
出来る限り満遍なく頑張ることを余儀なくされるのです。

ローストビーフは表面が平らなので、
お箸で持って重力を利用すると描きやすいですよね。
(逆に美しくお皿に盛り付けられている時は描きにくいです。
丸められてたり、隣に野菜が盛られていたりして。)
ローストビーフに見えなくても、最悪チャーシューか何か
ハム的なものには見えるだろうし。

お漬物は、1本だけ食べていても、もしかすると
「何これ?」って思われてしまうかな、と不安だったので
お皿にしました。もっと描きやすい料理も世の中には
いっぱいあるんだけど、この食卓を用意した人物の
設定上、多分お漬物が食卓に乗っているといいなーと思って、
お漬物にしました。ゆで卵とか描いちゃえば楽だったかも。


ドアシリーズに参りましょう。
左が赤字原稿。右が黒字原稿。

これは、実は赤字原稿のほうも大した作業はしていません。
(が、黒字にしたいならガラス戸は描かないことですね…。
何かが映ったり、光ったり、あっち側が見えて面倒だから。)
ただ、手が込んで見えるコマがこのように存在すると、
他のコマも手の込んだコマに見えるようにせねばなりません。
しかし全てのコマで「手を掛けたみたいに見せかけて手軽に
済ませる」事が可能かと言うと、そうではありません。
本気で手の込んだ事をしないと手の込んだコマに見えない
ものも存在します。漫画は2ページいっぺんに開きますね。
本の左のページ(奇数頁)と右のページ(偶数頁)。
これを"見開き"と言います。見開きを見ると、大抵はそこに
いくつものコマが並んでいますよね。その中のたった1コマだけを
頑張って、後は適当に済ませてしまうと、変なバランスの画面に
なるんです。1コマだけ重たい絵を描いてしまうと、全体の
バランスが崩れます。これは仕上がりの満足感の問題では
ありません。頁全体のバランスが崩れると、読者さんの目線を
誘導するプランが崩れてしまうのです。絵の入れ方、仕上げ方を
間違えると、「このフキダシを読んでこの人物の顔を見た後に
隣のコマのここに辿りついて欲しい」というプランが崩れます。
配置の崩れた画面が結果的に"読みにくい漫画"と言われます。
(勿論、台詞の量や、そもそもの絵柄の問題もあるのですが、
一番読みやすさを左右するのは、実は画面の構成なのです。
私は構成を失敗したり、時間切れで予定通りにならなかったりで
読者さんに不便を強いることが非常に多いです。)

仕上がりの面だけに限っても、やはり問題はあります。
例えば見開きの中に同じビルが3つ出てきます。尚且つ
「同じビルだ」と読者に認識して貰う必要があったとします。
1コマ頑張って仕上げてしまったら、どう考えても残りの
2コマも頑張らないといけません。へたすると違うビルに
見えてしまいます。1箇所頑張ってしまったら引き返せません。
だから後々大変な事態にならないように、2ページ単位で見て
折り合いを付けながら仕上げます。右のページと左のページを
担当するスタッフが違った場合は、お互いどうやって処理して
いるのかを気にしつつ見つつ相談しつつ、バランスを取ります。
読者さんに対するサービス業だと思って取り組んでしまうと、
突き詰める箇所が増えて、厄介な頭脳戦になります。

さて
こちらは、赤字のドアを開ける人と、
黒字のドアに入ろうとしている人です。黒字のドアに
入ろうとしている人に顔がないのは名も無きキャラクター
(というかモブ。通行人。)で、赤字のドアを開ける人に
顔があるのは、物語の重要人物であるからです。
そういう格差なので、これは赤字黒字とは関係ありません。

右の背景は、ドアのプレートに使った線が4本、ドアが2本、
床が2本、合計8本の線を引いて仕上げています。
左の背景は……………………なんかもう分かりませんが、
少なくともドアノブだけで8本は越えていると思います。

これらはどちらもまったく描き込んでいない類の絵なので、
"これに関して"という話ではなく全体的な話しなのですが、
絵に掛かった時間や、絵に掛かった経費は
線の本数と比例する場合が殆どではないかな、と思います。
闇雲に線が多ければいいという訳ではありませんが、
線が多い絵の見栄えと言うのは、やはりとんでもないです。

(これは以前雑誌に掲載された赤字原稿の下絵です。)
金のかかる線は1本1本が雑ではなく、緻密です。
野球のピッチャーが勤務中、一球一球に気を遣うように。
描いた人が、その線を描いたことを確かに憶えているのが
確かな仕事です。確かな仕事(これを人はクオリティと
呼ぶのだと思います)を作画スタッフにお願いすると、
そりゃ、お金が掛かります。線1本にも値段があります。


暗い部屋(黒字)


暗い部屋(赤字)

ライトの周りが光っていますよね。
これはカッターでトーンを引っ搔いて、ぼかしています。
大雑把ですが、原稿がどうなっているかの説明↓

わかりやすく上手な説明ができずに申し訳ないです。
ただ、これがもし漫画を描いたことがない読者さんに
簡単に伝わるのだとしたら、新人アシ志望者にも簡単に
原稿作りのノウハウは理解して貰える筈ですよね…。
「やる気だけはあります!」「何でも頑張ります!」と
連呼して入った新人が、だいたい一晩でこのトーン削りに
飽きて、「やる気はあるけど私の技術力ではできません」
「私がいると現場の迷惑になりますから…」って言って
帰ってしまって、まあ、それっきりです。
「私の技術力ではできません」って言って。
画力や技術力じゃなくて、忍耐力と集中力と観察力の
問題なんですけどね。あとその、やる気?の問題。

こういう説明を読者さんに確実に分かって頂けるようにする場合、
仕事を休んで、図説を用意して…ってやらないと無理なので、
なんだか中途半端なんですが、ご容赦ください。
雑誌で見ると分からないと思いますが、実際の原稿では、
用紙の上にこのフィルムが2枚3枚…多いときは4枚5枚
重なっていて、様々な色を出しているのです。
1枚貼って削って、2枚目を貼ってまた削って、3枚目を…
これをひたすら繰り返すのが、トーン担当者の仕事です。
毎日毎日、1週間で100時間以上、ひたすらこれを繰り返して、
白黒だけど色数の多い場面を演出してくれています。
削っている時は修行僧のようです…。

黒字原稿のほうは、時間を掛けられない原稿だったので、
この削りの手法は使わずに、最低限の点々だけカッターの
背中で削ぎとってハイライトを作って、終わりにしてあります。
こちらは7〜8分で済む処理です。
一方赤字原稿は、部屋の明るさを「明るい・薄暗い・暗い」の
3段階に分けているので、その部分のぼかし処理だけでも
黒字原稿の10倍前後の時間が掛かります。



トーンを御覧になったことがない方用に…トーンです。
これは61番と言って、漫画では人物の影などに頻繁に使われます。
先ほどの部屋も、この61番を重ねて構成されています。

この90度・45度に並んでいる点々に対して、
決められた角度で刃先を滑らせると、ぼかすことが出来ます。
45度や90度で削ると一列分の点がごっそり抜けてしまうので、
点々の列に対して22.5度の角度で軽やかーに削ります。
ちなみに点々は削ろうと思えば白く削り取れちゃうので、
ぼかしたい時は鋭い刃先で軽いタッチで処理しないといけません。
強く削りとってしまうと不細工な削りになります。


上から65番、61番、62番。


あと、背景以外にも意外と厄介なのが人物の基礎貼りです。
(基本設定の通りにトーンを貼ること。)
「あんたさえ白髪か金髪になってくれれば…」と、思います。

こういうエアリーなウェーブが掛かっている茶髪の人物は
毛束の1本1本にトーンを載せて切ったり削ったりしないと
いけません。茶髪の人物はコストパフォーマンスが悪いので
極力、主役格は茶髪にしないようにしています。
(金髪も金髪で、画面が白くなりがちというリスクがありますが。)


こちら御覧頂けますか。以前掲載された赤字原稿の1部です。

このコントラストで見ると、雑誌掲載されたものとほぼ同じ
具合(生原稿なので印刷よりは綺麗ですが)に見えます。
でこぼこした感じが全然ありませんよね。
凹凸が見えない角度から写真を撮りました。

こちらが別の角度から撮影した原稿の写真です。
トーンが貼ってある、生原稿の感じがお分かり頂けるでしょうか?


右下の携帯電話。各パーツ貼り分けたり重ねたり。

トーンを貼った後に、ホワイトでキーの文字やロゴを
追加します。トーンに直接描くと取り返しがつかないので
面倒ですが、一回別の紙に黒でこの絵にサイズを合わせた
文字とロゴを描き、その上に透明なシートを置いて
ホワイトでトレスします。乾いたら、文字やロゴが描かれた
透明なシートを生原稿の携帯の上に貼り付けます。
乾いたホワイトが削れないように更にマスキングシートを
被せて圧着(上からこすって貼り付ける作業)をして完成です。
手間が掛かりますが、失敗のリスクが無い、確実な方法です。
しかし丁寧な作業をすると、お金は掛かります。

こちらは画面左の携帯電話。十字キー周辺が
結構凝ったデザインで、色分けが必要です。
これもパーツごとカッターで切って、車やビル群を含めた
全体の仕上がりを計算しながら色を選んで貼っていきます。

こちらは文字が黒なので線画の段階で描いておきます。

画面右手の車の足回り。
奥のビル街も勿論トーンによるもの。


画面中央(一番奥)の高層ビル。

窓を丁寧に削り出しています。
きちんとした直線で削りだしているから綺麗ですが、
これをフリーハンドでやってしまうと印象が変わります。
フリーハンドでやったほうが勿論安いんですけど。

それからフリーハンドもっともっともっと安上がりな方法は、
画面のかっこ良さ、読者さんが頁を捲った瞬間に思う
「わぁ…!」という気持ちを諦めることになりますが、
全面的にビルを建てないで、雲ひとつない夜空にすると
3分程度で済みます。暗めのトーンを1枚貼るだけなので。
更に、現在3台描かれている車を主役の1台のみに減らすと
線画でもトーンでも大幅にコストと見栄えを削減できます。
これは、背景のビル群だけでも10時間以上。

このビルの窓の写真を、パソコンの画面越しでいいので
爪でなぞってみてください。窓をなぞるっていうのは、
横一文字にではなく、窓、つまり白い長方形の
上の辺、下の辺、左の辺、右の辺、の4辺ことです。
この4辺をすべてなぞって、そして1つではなく、
面倒くさくなるまでなぞってみてください。

今、爪でなぞって頂いたそれを原稿用紙の上で、
手にカッターを持って、曲がらないように、歪まないように、
大きさを揃えて、丁寧に丁寧に、だけれどもなるべく早く、
最後まで責任を持って、読者さんが喜んでくれる画面に
なるまで諦めずにひたすら続けるのが、スタッフの仕事です。
それに対する報酬が、私が支払っている人件費です。

日給にすると11500円ですが時給で言うと718円で
これを仕上げて貰いました。
スタッフのお給料はもっともっと上げるべきだと思います。
しかしこんなに安い賃金で雇っていても、私自身は大赤字です。
周囲からは「人件費下げたら?」というアドバイスを貰います。
回を追うごとにスタッフの技術は上がります。賃金は能力給です。
「クオリティを下げられたら困る」という指示を受けました。
スタッフの実力に見合った昇給はなかなか果たせません。
昇給しなくても経済は苦しいです。でも減給してしまったら
今度はスタッフが路頭に迷います。何をどうするのが正しいのか、
当時の私には今以上によく分かりませんでした。

画面中央の黒い車と反対車線から来る白い車。
画面奥のビルも含め、これらの処理は全てカッターで
行っています。一回削ってしまった点々は元には戻らないので、
慎重性と計画性が問われるのがこの作業です。

又、トーン担当者の技術次第で線画の段階で取れていた
画面のバランスが崩壊することもあります。
原稿を制作する上で非常に重要なポストです。
画質を追求しないのであれば最も適当に済ませられる
作業でもあるので、コスト削減の要でもあります。



いかがでしたでしょうか。
もしかしたら私に「暮らせるだけのお金を残して
クオリティを維持すれば良かったんじゃないの?」
「同じ見栄えを別の方法で出せたんじゃないの?」と
仰った編集さんもここを見ているかも知れません。
同じ事を思っていた方もいらっしゃるかも知れません。
まだもし、同じ考えをお持ちでしたら、ご教授ください。
現在のクオリティ、もしくはそこまでいかなくとも、
せめて現在の半分を超えるクオリティを維持した上で、
私が多額の借金をせずに現場を維持できる方法を。
散々考えましたが、私には見つけられませんでした。

「意地を捨ててデジタル化しちゃえば?」
「そうすれば今のクオリティを維持したままかなり
楽できるよ」と仰った編集さんが幾人もいらっしゃいました。
私自身は以前もお話しした通りデジタルでの原稿制作を
好んでおりませんが、仮にデジタルであっても、
(デジタル化により削減できるコストはカナリありますが)
品質を追求すればそれ相応に大変です。それは分かっています。
パソコンは魔法の箱ではありません。脳味噌にUSB突っ込んで
理想を転送すれば一瞬で原稿が出来上がるわけではありません。
デジタルだろうがアナログだろうが、仕上がりのクオリティに
相応した手間と時間とお金は掛かります。
デジタルで出来る"楽"の部分も私はよく知っています。
ベタは一瞬で塗れます。単純化できる作業はあります。
しかし線で描かれたビルは一瞬では建ちません。
(写真を加工して背景にしてしまう方法はまた別ですが、)
道具が何であろうと人が描かなければ絵は生まれません。

編集者であるなら、"絵"の部分までデジタル化で楽が出来る
などとは思わないで頂きたいと願います。
省ける手間と省けない手間があります。話しを考え、
ネームを描き、絵を描き(紙でもPCでも描くのは同じです)。
スタッフに気を遣うのも、資料を揃えるのも、指示を出すのも、
画面の構成を考えるのも、何番のトーンにするか悩むのも
全部一緒。切ったり貼ったり消したり描いたり戻したり
増やしたり、という部分は劇的に効率化が図れるけれど、
現場の現状を打破できる程の手間は省けません。
1週間かかるものが1晩で済むわけではありません。
デジタルは楽な部分もあるし、私も確かにそう言ったけど、
漫画自体が楽じゃないんだから、漫画って時点で大変だから。
アナログよりデジタルの仕上げが楽だっていうだけで、
デジタル漫画が漫画である以上簡単なわけねーーーー!!!!!
正直楽でもなんでもねーーーーーーーーー!!!!!
アナログ漫画家でありつつ、現役デジタルアシスタントであり、
デジタルイラストレーターである、すごく中途半端な立ち位置で
お金を稼いでいる私の思うところです。

消費者としては「作風の好み」という理由でデジタル漫画を
好んでいないし、制作者としてはどうしても紙でやりたいと
思っています。その意思は明確にしておきます。…が、
(デジタル漫画が苦手だと公言した私に気を悪くした作家さんや
読者さんも間違いなくいらっしゃるでしょうけど、)
デジタル化によって楽になる部分の作業以外が大変なのは
きちんと分かっているということも、明確にしておきます。

私はデビュー当時から、万一漫画で成功しても*歳で引退して、
あわよくば家庭を持って、細々と暮らせるだけの仕事を持って
普通に暮らそうと決めた上で今、漫画と絵の仕事をしています。
引退を大前提に、この仕事をしています。
「そんな甘ったれた考え方じゃダメだ」と言われたことも
あります。確かにそうかもな、無責任かもな、とは思います。
でも「生涯漫画家で居る!」と豪語する私なら甘くなくて
そんな私が描く漫画だと今よりずっと面白いのかな?と思うと、
そこは疑問なので、この気持ちは多分覆りません…。
「いつかどうせ辞めるから」と適当な仕事をするわけには
いきません。(黒字を出した原稿を羣青と比べて「適当な原稿」
と呼ばれてしまうかも知れませんが…。)辞めるのがいつなのかを
私自身が分かっているからこそ、それまでの道を出来る限り、
(どうにか暮らしつつも)丁寧に使いたいと思ってきました。
どんなに上手くいっても、私が漫画家でいる期間は、
そう長くはありません。限られた期間の中でやるのだから、
自分が信じる描き方で、デビューから引退まで描き切りたいと
願っています。ですから私はデジタルへの移行は致しません。

と言いつつ、カラーイラストではパソコンを駆使して
涼しい顔をしてお金を貰っているわけで…ああ、なんなの私。
本当に中途半端な私がこれを言うのはなんだか、
白々しいを通り越して、自分でもだいぶ恥ずかしいんですが。

簡単に「デジタル化すれば?」って「楽できるよ」って
仰いますけどね、デジタル作家もアナログ作家も
漫画はどうせ描くんですよ。私達どうせ漫画を描くんですよ。
デジタル作家もアナログ作家も職業は漫画家なんですよ。
漫画が楽なわけないんですよ。写植がデジタルになったって
打ち込みはしますよね。人の手で。カーナビで道調べても、
地図で道調べても、どうせ同じような距離、目的地まで
どーせ自分で車運転しますよね。カーナビがデジタル化で
あって、デジタル化したら車が勝手に目的地に移動するんじゃ
ないわけですよ。そこは相変わらずなわけですよ。
で、今私にとって問題なのは、地図を読む手間のことでは
ないのです。車の運転そのものに関することなのです。

だからなんかそんな「デジタル化すりゃ解決すんだから
さっさとデジタル化すりゃいいのに」みたいな目で
私を見ないでええええええええええええええええええええ!

「スタッフに頑張って貰えばもっと安く済むはず」とか、
「生活費を残すことをまず第一に考えて」とか、
本当に色々なことを言われてしまうのですが、
そういう、パッと思いつける打開策でどうにかなったなら、
現場のほうでも誰かしか思いつきますから、実行しています。
(デジタル化しただけで時間の問題もコストの問題も解決した
イラスト業務のように、もし本当にデジタル化するだけで
漫画の問題の何もかもが解決できるのであれば、私は簡単に
拘りなど捨てて、安定した収入と供給を自分の物にします。)
それらが打開策ではないから、実行しないだけです。

漫画制作の現場(漫画編集の現場ではありません)を
知らない人が思う事は無限大です。何が可能で何が不可能か
実感したことが無ければ、際限なく頭の中だけで
自らが思いついた仮定を前提に「こうすればいいのに」
「ああすればいいのに」を繰り広げることができます。
それは勿論、仕方のないことではあるのですが…。

現場の人間の思う事は有限です。経験に基づいて、
その条件下でできることとできないことを判断します。
もしもこの記事を見て、新たに知ることが多かったとしたら、
まだ私が皆さんにお話ししていない事柄の中にも同じように、
様々な事情が山積していることをご想像ください。


絵を選ぶことは難しいです。私自身、スタッフに指示を
出しながら、金銭的な遣り繰りと、絵をしっかり見てくれる
読者諸氏との狭間でいつも揺れています。
私自身は当然、とことん描いた絵が好きです。
しかしそれは理想であって、私のみの意思で徹底して
強行できるほど、簡単なことではありません。

勘違いされたくはないので、念の為書きますが、私は
「なんでお金ないのに絵にお金掛けちゃったの?」と
言われたことに対して、
「なーんだ、だったらもっと適当に描けば良かったー!」と
思ったわけではありません。かと言って、
「早く言ってくれればここまでお金掛けなかったのに!」と
思わなかったわけでもありません。
この感情と、匙加減をお伝えするのは非常に難しいのですが…。
「だったらもう少し折り合いつけたのにー!」という言葉が
一番私の感情と近いと思います。

この記事に関しては、今回の一件の前後で
多くの方から言われた、「暮らせる分のお金を残した上で
クオリティを維持できなかったのか」ですとか、
「ちょっとクオリティを落とせばお金が残るじゃん」とか、
「お金掛けた背景もお金掛けない背景も大差ないよ。
読者なんかそんなところ見てないから」ですとか、
そうしたご意見に対する、私からの返答です。

これを綴る私の感情は「そう簡単に折り合いなんて
つくか」というものです。たった今、上に記した
「だったらもう少し折り合いつけたのに」とは矛盾します。

矛盾しておりますが、これは、これで合っています。
現在の作風が確立される前の段階、連載初期に
私が雑誌の方針を知っていれば、折り合いをつけるのが
間に合った。ということ。それから、
こうして既に、現在の作風が確立され、腕のいいスタッフが
担当した部分に関しては高いクオリティで仕上がるように
なってしまった今、クオリティを下げてお金を残すような
折り合いなんて簡単につくか。纏まったお金が残るほどの
クオリティを今更下げられるわけがあるか。
ということ。どちらも私の気持ちです。

今後の何もかもが懸かった、初めての連載を
「自分が食べていかれるお金を残して適度にこなす」
ことができなかった私が居たのも事実です。
そういう私が居たからこそ、少しずつではありますが、
現在のクオリティに近付いてきていました。
かと言って、
「クオリティを下げられては困る」という言葉に
プレッシャーを感じなかったわけではありません。
作業中、金銭的にどうしようもないと思ったときに、
「もうこれでいいや、トーン貼ってないけど載せちゃえ」
と思う自分に、この言葉が幾度も歯止めを掛けました。
そして、最低限"前回同様"(又は"前回よりいい")原稿を
維持するために、戦力を投入し続けてきました。
それもまた、私です。
かと言って、
クオリティを落としたかったかというと、
もちろんそんなことはありません。
ただ、普通だったら「でもお金がないから仕方無い」
と思って諦めたところを、プレッシャーに支えられ、
プレッシャーに負けそうになった時には
「私がやりたくてやっているんだから。」
「私だって、クオリティが高ければ嬉しいんだから。」と
言い聞かせ、大金を積む理由を維持してきました。
それから、今から2年ほど前の話ですが、羣青の第二話で
スケジュールが大幅に狂ってしまい、とんでもない状態で
原稿を仕上げたことがありました。(こちらをご参照ください。)
読んでくれた読者さんたちが「絵が酷い」「読む気が失せる」
「絵をなんとかして欲しい」と言っていたのをよく憶えています。
私自身も、未だに二度と見たくないような仕上がりの原稿です。
失礼な原稿を載せてしまった事実が大きな心残りでした。
これも私が多額の出費に耐えてこれた理由の1つです。

なんだかもう、よくわかりませんでした。
こうして記事にするのだから、話を纏めなければとは
思うのですが、私自身未だに「じゃあ結局私どうすれば
こうならずに済んだ?」と毎日考えているので、
纏まりません。ひとつだけ思い当たるのは
「適当なところでストーリーを纏めて連載を終わらせる」
「そしてさっさと単行本を出してもらう」…こうしていれば
今、こうはなっていませんでした。でもこれは
「最後まで全力のストーリーで描きたい」と思った私が
選ばなかった道なので、そう思うと、現在の自分に対して
自己責任をひしひしと感じます。
ただ、やっぱり私も人間なので、後々になってから
実は(編集部からは)作画クオリティなんて問われていなかった
と知ったときは、愕然としました。
きっとそれだけだったら良かったのでしょうけれど、
今までの様々な出来事が、私を大変複雑な気持ちにさせました。
どうしてもう少し、きちんと伝達をして貰えないのだろう、と。

と同時に、「クオリティを維持してくれ」という言葉に対し
それが一体どれほど大きな要求なのか、考えたことが
あったのだろうかと思うと、やり切れませんでした。
現場の人間は、もはや自分達の判断では引き返せませんでした。
ここまで来て、お金がなくなったからと適当な絵を描くことは
できません。編集部側が原稿の質が変わっても構わないと言えば
別だけれども、独断では引き返せませんでした。先方の返事は
「絶対ヒットさせたいから、クオリティを維持してくれ」でした。
了解しました、と思い、腹は括りましたが、不安もありました。
お金が簡単に工面できないことを、私はよく知っています。

単行本は、直談判に行ったからこそ発売の方向で話が
動きましたが、直接粘らなければ当分出ませんでした。
原稿料に関しては、編集長曰くだと「単行本の実績がないと
上げられない。」担当編集曰くは「本誌の作家さんにも
皆これくらい(13000円)でやって貰っているから、これ以上は
もう上がりません。」という事情があるので、上がりません。

どうやってクオリティが維持できると思っていたのでしょうか。
「お金はどこかから借りて、なんとか乗り切って貰うしかない」
とでも思っていたのでしょうか。ひたすらお金を借り続ければ
良いということでしょうか。お金が苦しいという話を最初に
したのは一昨年です。一昨年苦しかったものが、今年苦しくない
わけがありません。それでも単行本を出してくれるわけでもなく、
やっと話が動いたかと思えば二転三転、昨年頭に出せたはずの
一冊だけ発売することに変更。そんなことならもっと早く出して
くれれば良かったのにと伝えたら、"話したことが絶対と思うな"
"掛け合ってくれれば早めに発売だってできたんだから"と仰る。
単行本は連載終了後だ」とキッパリ断られてもまだ、
「この話を絶対じゃない、単行本は連載終了後とは限らない!」
と思うべきだったとは、夢にも思いませんでした。
私が常々赤字だったことも御存知のはずでした。
作画による赤字であると理解できたはずです。何故、初めて
「このお金ではやっていかれない」と相談した頃にでも
「金がないなら絵に金を掛けるな」と仰ってくれなかったのか。
どうして「金のことならどうにかする」と仰ったのか。
"金はどうにかする"という発言から
"金がないなら金を掛けるな"という思想に辿り着く事は、
残念ながら私には不可能でした。


ただ、編集部との認識の違いはさて置き、読者諸氏にも、
勿論私と一緒に仕事をしてくれたスタッフ各位にも
誤解しないで欲しいのですが、私はスタッフに対して
「あーあ、もったいないお金使っちゃった…」などと
思ってはいません。結果として残った数々の絵は、
私にとって誇らしいものです。

私は彼女たちの技術を、とんでもなく安く買いましたが、
本来はもっとお金のある漫画家の元で、大きな金額を貰って
楽な暮らしをすべき人たちだと思っています。
彼女たちが描く高品質な原稿を目の当たりにできたのだから、
安い買い物だった、とも、思えます。10,000,000円で
具現化された理想を買ったのですから、高くはない筈です。
普通売ってませんからね。理想通りの現実なんて。
これは現在現場に居ない人も含め、私の原稿に従事してくれた
スタッフ各位に対する、変わらぬ本心です。

ただ、現実的に考えて一千万円は安くはありませんから
スタッフへの感情と、編集部に対する感情は無関係ですが。

…というわけで、作画とお金に関するお話しでした。
お粗末様でした。

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