『羣青』連載終了のお知らせ
日頃、ご贔屓にしてくださった読者の皆様には
大変申し訳のないお知らせです。
編集部の判断により、モーニング・ツー連載作『羣青』は
6月22日発売23号に掲載された第13話をもちまして、
物語の途中ではございますが、連載終了となりました。
決定したのは先月ですが、関係者への連絡と、
私自身、諸々を整理する必要があり、お時間頂戴致しました。
2年間、拙作を支え続けてくださった読者の皆様方、
各誌にて拙作をご推薦くださったライターの皆様には
大変感謝をしております。と同時に、最後まで皆様から
頂戴したご声援にお応えし切れなかった事、
自身の不甲斐無さ、忍耐力の無さを切々と感じております。
何が起きたのか分からない、きちんと知りたい…という方、
またこの記事について思う事をどこかに書く予定のある方は
恐れ入りますが、事前に関連記事を通して御覧ください。
【この件に関する記事の一覧】
多くのこと…と思われてしまっても致し方無いほどに
細かな事情を、先月下旬のブログ記事に綴りましたが、
(何もかも終わってしまった今綴っているこの記事でさえ、)
語れる事以外は語っていません。
それと同時に、何もかもを突然ブログで発表したのだとは、
考えないでください。編集部側の関係者に対する私の感情の
最初の発表手段が、ブログであったとは決めないでください。
(ブログ記事という手軽な方法で伝わる程度の
ごく単純な事情で私が編集部と対立したのであれば
私の社会性は、欠如どころか、欠く程も無いでしょう。)
私は、
相手が真剣に受け止めて、心底から話を聞いてくれた時に初めて
"話を聞いてもらった"という状態が成り立つと考えています。
しかしながら、
"話をした"という状態は、それらの条件が揃っていなくとも
成り立つ筈だと考えています。(でなければ、警察に話したのに
真に受けて貰えなかったストーカー事件の被害者などは軒並み
"警察に話をしていない"…ということになってしまうわけで…。)
(又、私自身が雇用をする側である時、スタッフの切実な言葉を
いい加減に聞き流してきた非常に気まずい過去があるので、
"伝わってないことは話していないことだ"などとは言えません。)
相手が真剣に受け止めてくれて、心底から話を聞いてくれるまで
"伝わるように話した"という事実が認められないのであれば、
私はもう今後、人と関わる中での多くを諦めます。
伝えようと試みたにも拘らず真剣に受け止めて貰えなかった事、
聞き流されてしまった事に関して、「何も知らなかった」と、
言われてしまったとき、「何故直接話さずブログに書いたんだ」
と、問い質されたとき、どうしたらいいのか私は知りません。
(じゃあ、話す以外にどう話せば良かったでしょうか。)
残念ながら、連載終了と同時に取り消しとなりましたが、
単行本は話し合いの末『上巻450ページ・10月発売』
第1話〜第10話及び番外編を収録、で決定しておりました。
この決定自体は喜ばしいことのように思えもするのですが、
手放しで喜べる状態でもありませんでした。
「"中村さんの希望通り"上巻を」と言い張る先方の姿勢も勿論、
結論が出るのに時間がかかったこと以外の謝罪は一切無く、
編集部側の関係者には私が何に怒っているのか、
何に異を唱えているのか、お解り頂けていないようでした。
私が、原稿料が上がらない事に怒り、単行本が出ない事
(そのもの)に怒り、単行本の体裁が変わったことに怒り
…そうした、表面的な事に対して駄々をこねていると
編集部側には思われてしまったのだと解釈しております。
連載終了を告げるメールにも「この一ヶ月間のこと」と
記されていたので、つまり先方は6月の直談判以降の
1ヶ月間に対して私が憤っていると、認識していたのだと
読者諸氏には思って頂いて差し支えないと思います。
この件に関する先方の解釈を前提とした場合、私の姿は
『"単行本のことで1ヶ月モメた"というそれだけで
ブログに内部の事情を書いてしまう我慢の利かない新人』に
見えるのだと思います。
私にとっては新人賞受賞以降の2年間に感じた残念な気持ち、
それを引き摺って連載を始めてからの更に2年間。
…昨日今日始まったことではなかったのですが。
私と編集部側の誰かしかが関わった"日常的な出来事"と
今まで再三お話ししてきた内容を綴ったブログ記事を読み、
「中村さんの真意を知らなかった」「初めて知りました」と
驚かれてしまったので、私も驚いています。
先月の電話の後、現場では続きの原稿と単行本作業を進めつつ、
同時期に単行本に関する契約書の雛形も頂き、契約内容に
関する相談も進んでいたので、勝手に「譲って頂けたのか…」と
思い込んでおりました。(これは私の考えの甘いところでした。)
契約書の雛形を頂戴したのが、件のブログ記事公開後のこと
だった上に、インターネット上各所で話題になり、私のブログには
1日に1万人近い人が(サイトのほうにも数千人の人が)訪れて
いたので、(又、他社の編集者から何件も「話題になってますよ」
という連絡が入ってきていたので、)当然モーニング編集部でも
話題になってしまったのだろうな、と。思っておりました。
その後で、契約書の雛形が送られてきたのだから、
発売は決定なのだろうな、と。(…そうは思いつつも、
「でも発売するまでは発売決定じゃないんじゃない?」と
スタッフに笑いながら話したりもしていましたが。)
契約書の雛形を貰った段階で
「ブログを御覧になった上で、契約書をくださったんですよね?」
と聞けば良かったのだろうと思います。
とは言え、アシスタントの待遇は私の現場に限っての問題ですし、
編集部側との出来事は、今まであったことの一部分を控えめに
書いただけなので、連載終了と単行本の発売取り消しを告げる
メールに書かれた編集部側の「初耳です」というような反応は、
私にとって一驚を喫するものでした。
(私の驚きは連載終了や単行本取り消しに対してではありません。)
編集部側には、私がこういう行動に踏み切ったということ自体に
驚いた部分も勿論あるのでしょうけれど、ブログに綴られた情報は
新しいものではありません。私が業務上相手にするのは
現場スタッフと編集者のみなので、私と致しましては
「渦中ご一緒したではないですか」としか申し上げられません。
「私こういう記事をブログに書きたいのですが」と
プロットをお送りすれば掲載の許可が降りたでしょうか。
仮にブログ記事と同じ文章をお手紙としてお渡ししたら、
今と同じ重みで受け止めてくださったでしょうか。
くださらないでしょう。お手紙で済ませていれば、
連載終了も、単行本発売の取り消しも免れた筈ですが、
私の思うところは何一つ伝わらないまま流れたのだと思います。
お伝えしようとしても伝わらないまま終わった今までの通りに。
残念ながら、メールには「中村さんの本心を初めて知りました」
というような旨の文章が並んでいました。いずれにしても
編集部にとって芳しくない記事であることは一目瞭然なので
(実際は私自身にとっても、自身のイメージダウンに繋がる
不利益な記事であったと思いますし、)私が極めて大人的に
何もかもを噛み殺して黙っていれば今頃モーニング・ツーには
『10月22日発売 モーニング・ツー27号で連載再開』
『羣青(上巻) 10月23日発売!』
…という広告が入っていたのだと思います。
これはもう私自身、ごまかしようもなく、私バカでした。
水面下で起きている事が同じでも、私が第三者に話さなければ
万事丸く収まった。というわけですから。(…ですよね?)
"モーニング・ツーで連載することを中村さんは望んでいない"
"うちから単行本を出すことは状況悪化に繋がる"という言葉と
共に連載終了と単行本発売取り消しの旨が綴られていました。
前後の文面から推察するに、私が綴った記事を読んだ上で
私の気持ちに対して出した結論だと、仰っているようでした。
私は"「中村の真意、気持ち、が綴られた文章に対しての返答が
これである」と先方は言っているのだ"と、解釈してまいす。
しかしながら私は、これは第三者に向けて発信された
私の気持ちであったからこその返答であって、恐らくは
まったく同じ私の気持ちを、密かに編集者に宛てていたら、
違った結論を頂戴できたのだろうと想像しています。
例え私が「他の選択肢を考えます」と言い切ったとしても。
私の気持ちに対する返答では無く、公の場で内部事情を
明らかにした私、中村珍の蛮行に対する返答だと解釈しています。
上巻だけ出してもらってしまった後に、
「実はこんなことがあって」と同じ内容をブログに綴ったら、
やはりその段階で連載は終わってしまうのか、それとも、
売り上げが芳しければ流して貰えたのかは良く分かりません。
今思えば、とりあえず暫くは大人しく黙っておいて、
出すだけ出して貰ってしまえば良かったか、とも思います。
けれど、発売した後で出した者勝ちのような、
自分が(少なくとも今居る場所よりは)安全地帯に
避難してから何か申し上げるという事に抵抗があったので、
休載期間中に、記事を掲載するに至りました。
発売前、契約前。何もかもを白紙に戻せるこの段階で、
私が今までの(編集部側と私の間に日常的に起きていた、
ごくありふれた、ごく普通の)出来事を正直に話したら、
私と、私の今までの仕事が無かったことになるのか、
私の手元から単行本の可能性は消えて借金だけが容赦無く
残る状態になってしまうのか、それとも、
こんな最低の行為に出た新人に対してでも、「事実は事実」と
言ってもらえるのか、編集部がどういう判断をするのか
(これからのお仕事のことも考えて、)どうしても
知っておきたかったという気持ちがありました。
それからこれは、自惚れた「もしも」の話ですが、もしも、
暮らしがある程度楽になるほど単行本が売れて
私がそういう、大きなお金を手に入れてしまった後で、
「実は単行本発売前はこうでした」と、同じ事を話しても
(事後なので、これ以上に込み入った話を暴露したとしても)
きっとそれは、ただの苦労話になってしまうと思ったのです。
うまくいった人の「あの頃は辛かった」になってしまうと。
同じ話だと言うのに、今すれば、どうしようもない私の話。
後ですると、結果的にどうにかなった人の苦労話。
これは、連載初期の出来事を綴った記事に書いた
第四話の一件に対して思うことにも通じている気持ちです。
この仕事、確かに物事をある程度楽観視できないと
やっていかれないという面もあるお仕事だとは思うのですが
「結果的にうまくいったんだから良かったじゃん」というのは、
何だかやっぱり、少し違うのではないかな…と感じます。
終わり良ければ全て良し、という考え方自体は、私自身
それほど嫌いではないですが、それを強いられる事は
好みません。人を励ますときと、自分だけの問題の時は
この考え方で(恐らく)差し支えないとは思うのですが。
例えば私の心が相当弱くて、数百万円の借金に耐え切れずに、
「羣青の制作費を工面するのが辛い」等という遺書を残して
首でも吊って死んでしまった時には、私の葬儀の席で
(既に、私の葬式は出すなという希望を喪主になる可能性が
あるすべての人間に伝えてあるので、本来私の葬儀などは
行われる筈はないのですが、もしも私の葬儀があったなら、)
編集部の関係者は、私の側に居る誰かしかに、謝罪(もしくは
後悔)に似た言葉を溢すのだろうと、勝手に想像しています。
心からであるか、形式上であるか、「面倒なことになった」と
思ってするか、何を思ってそうするのか私は存じませんが、
大抵の場合、一応頭を下げて頂けるのではないでしょうか。
でも私はそんな形式的な対応は見たくありません。
「中村さん、お金ないのに何で絵にお金掛けちゃったの?」
と、棺に向かって言って欲しいし、
「中村さんが借金苦で死ぬ危険はあったけど、クオリティが
落ちるのはやっぱり困ると僕は思っていたから、中村さんは
死んだけど、僕の判断が間違っていたとは絶対思いません!」
と、私の亡骸に言って欲しいと願います。
(それからもしもこう思っていたら、これも言って頂きたいです。
「編集部だけ悪いみたいな言い方して死ぬんじゃねーよ!」。)
そこまでの弔辞を頂戴できれば私も浮かばれると思います。
というかもう浮かびます。
一説によると、会社経営者等ではない、民間人の借金は、
300万円を超えたあたりから自殺を考え始め、400万円あたりで
実行に移す人が多いそうです。人によっては100万や200万でも
死んでしまったり自暴自棄になってしまうわけですけども…。
(…逆に、借金数億円のまま平気で暮らしているという強者も
存在するので、吹っ切れた人は物凄く強いのかも知れません。)
私はこの前24歳になりました。自ら言うのは変かと思いますが、
それでも一応、世間的には"24歳の女の子"と分類される事が
まだまだ多いです。編集者さんからも勿論ですし、読者さん
からも、クライアントさんからも、そう扱われる事が多いです。
(別にそれが嫌だ、という話ではありません。)
20代前半、その前後の年代。傍目に見れば些細なことでも
死ぬ人は死んでしまいます。たとえ暮らしに困っていなくても、
職場や学校での人間関係で簡単に自殺する人も居ますし、
百万円程度のどうにかできそうな借金で死ぬ人も居ます。
(この"些細な"、"簡単に"、"どうにかできそうな"という
第三者の見方が当事者を追い込む?突き放す?わけですが。)
つまるところ、私が今後も引き続き末永〜く涼しい顔をして、
平気で生きている保証などは、実際どこにもないわけです。
200万300万の借金で首を吊るいい歳のおじさんが存在する以上、
所詮24歳が、それ以上の借金で死なない保証は無いわけです。
(すべてが制作費ではありません。私個人の生活費も含まれます。)
勿論、編集部側に「中村は絶対に借金では死なない」という
理由を伴う確信があるのであれば、話しは別なのですが、
少なくとも私自身は、私が借金で死なない理由を持っていません。
実際、今コロッと死んだら絶対に楽だといつも思います。
楽だと思うだけで、具体的に今死のう、死にたいなどと
積極的に行動したり願ったりはしませんけど、私も人なので、
この先この借金を返済しなければならないことを考えて、
ふと恐ろしくなります。酷く酔っ払ってしまったら恐いので、
最近、お酒を飲みたい時は誰かを誘うようにしています。
お酒が入ると、飲酒運転が良くないことだという判断が
できなくなって、車に乗って知らず知らずのうちに
人を撥ね殺してしまう人が居るように、私も素面の時以外は
正しい自己管理をする自信がそれほど無いので、万が一の
事態に備えて、意識がはっきりしている素面の時に、
アルコールによる判断力の低下が起きてしまっても、
明日も生き延びて、引き続き仕事ができるように…という、
最低限の自己管理をするようにしています。
そういう現状です。
私は将来、自分がどんなにお金持ちになれたとしても
今の自分を「結果良ければすべて良しだから」なんて
笑って思い出したりはしないだろうと思います。
ただ、これを思い出に昇華できないのはきっと私だけで、
もし私の暮らしが好転した場合には、私以外の関係者は
この現状を思い出にしてしまうのでしょうから、
(というか、いちいち思い出にはならないかも知れません。)
現状が現状であるうちに、話したかったのです。
私のために。
私は負債が編集部のせいだと喚いている訳ではありません。
しかし、ところどころで残念なことが起きた事実はあります。
各関係者の個人的な判断により私が被った赤字は、たかだか
20万や30万では収まらないわけです。それを埋めるために
暫定的なお金を作れば、新たな悪循環がそこに発生するのです。
私は編集部にお金を求めているわけではありません。
編集部側の関係者に、誠実性と慎重性を求めているのです。
読者諸氏、そして一部の編集者諸氏が虚像として
抱いておられる中村珍という何かが、
皆様と変わらない、一個人であること。ご想像ください。
あなたと会えば、ただの人間であること。生身であること。
また、個人に背負える物事の限界があること、
個人が企業と対峙すること、その時、何もかもを賭けること、
私と対峙している編集者が個人ではなく組織の一員であること、
生活の懸かった者と、生活の懸かっていない者とがする
二人三脚。如何なるものか、ご想像ください。
裸足で走る者とスパイクで走る者との二人三脚であったように
思います。地面に落ちていた物が足に刺さる瞬間も痛いのですが、
スパイクで素足を踏まれた時の痛みと比べたら何でもありません。
無痛で走る相棒に追いつかねば、「こいつはダメだ。甘い」と
ガッカリされる可能性が高いので、頑張って隣を走りますが、
隣を走っていると、スパイクに踏まれる機会は増えます。
それでも、踏まれる痛みより走れない苦痛のほうが漫画家には
耐え難いのです。だから、踏まれる分にも一緒に走るのです。
鯖読んだ〆切を伝えらたことで、間に合わせられるだけの
アシスタントを手配し、数十万円の人件費、交通費を
用立てる必要があったこと。雑誌・作者の方針と異なる方向に
物語を導かれ、丸1ヶ月間の作業が無駄になったこと。
編集長に一言「今後の方向性なんですが」と確認を取れば
済むようなことだったのではないでしょうか。後日私に
言われてから「あの時はほんとすいませんでした」と謝るより
よほど楽でしたでしょうし、よほど良い原稿が間に合ったと
私は想像しているのですが。それによって生じた人件費が
二十万円という大金であったこと。原稿料の支払い手続きを
丸ごと忘れられてしまった中、こうした急な出費が影響して
書面に表れている以上の赤字が次々生まれ嵩んで行くこと。
手元の現金を急に使い尽くせば、当然生活に歪みは生じます。
〆切を間違えられたことによって起きたスタッフの増員や
キャンセル。細切れで呼ばなければならずに生じた倍額の
交通費。待機手当て。諸々の穴埋め。
憶えておいででしょうか。
編集者本人がこれらの補償をする事はありません。
仮にこうしたことの末に金銭が動くことがあっても、
会社のお金が動くだけなので、自身の財産を損失することは
ありません。それこそ担当作家に殺されでもしない限り、
何を失敗しようと大抵の場合、人生は脅かされないのです。
だから、私が物凄く怒っているということが理解できなくても
仕方ないかなとは思います。知らないことは理解できない事、
それは仕方ありません。知識として知っていることを、
身に沁みて知っている事と勘違いしてしまう方は多いですが。
どれもこれも、編集者にとっては日常的な、取るに足らない
些細なことだったと想像しています。「あ、すいません」で済む、
ちょっとした予定変更のつもりだったのだろうと。
「お詫びのしようもありません」と一行、携帯メールが届いたり、
電話の冒頭で「この間はすいませんでしたほんと。で、今日の
用件なんですけど」と言われる程度なので、それにしても本当に、
何もかもが、どうってことない事だったのだと思います。
お詫びのしようもありませんとは言いますが、そうは言っても
「すみません」だとか「申し訳ありません」だとか「ごめんなさい」
だとか。いくらでもお詫びのしようはあると思うのですが…。
万が一この40年間「すいません」しか知らないまま生きてきて
しまったのであれば、もしくは年長者や目上の人、上司以外に
僕は屈しない!というポリシーでもあれば、私のような若輩に
「すみません」でないと済みませんケースの場合は、どうしても
お詫びのしようがないのかも知れないですが。大変残念です。
モーニングの漫画で、「すいませんじゃなくてすみません!」と
直された編集者の漫画があったように記憶しているのですが、
あれは漫画なのでファンタジーなのでしょうか。
どんなことでも、現場にとってはとても大きな事だったのです。
すいませんでは済みません。
連載開始当初は自腹で交通費を払い、原稿を届け、
漫画喫茶に宿泊して帰っていましたが、
連載の途中から、宿を取ってもらえるようになりました。
家賃より高い宿泊費の宿や、家賃に迫る宿泊費の宿に泊まる
贅沢は、(有り難いと思いますが、)とても複雑な気持ちでした。
ただ会うだけで食べられる高いお食事も、一食分のこのお金で
領収を切って貰えたら、スタッフの食費が1〜2ヶ月分
簡単に浮くのに、と思うと変な気分でした。
結局私はそれを口にして、美味しいと思ってしまうのですが。
私だけに万券くずさなくていいですから、うちのスタッフに
一人千円好きなもの食べさせてやって貰えませんか。
ハンバーガーにポテトがついただけで大喜びする人たちです。
「会社の金ですから、バンバン領収切っちゃってください」と、
お付き合いで言ったのでしょうけど、言われた時には
唖然としました。(この時の感覚は電車が動いている時間に
「いや、今日は僕もう疲れたので」と言ってタクシーに
乗って帰った姿を見た時に感じた羨望にも似ています。
ここ高田馬場なんだから、杉並区すぐそこですよね。でも
会社の金ですから、バンバン領収切っちゃってください。
この羨望は、打ち合わせに来て貰えるまで10時間近く
飲食店を梯子しながら徹夜で待って、1時間半で済むような
打ち合わせを終わらせて、これから電車を乗り継いで
地方まで帰らなければならない私だから抱いたものであって、
普通の人は抱かないのでしょうか。私の感覚醜いですか?)
以来、取材費等領収が切れる経費に関しては切っていますが。
会社のお金ではありますが、人気作家さんたちが描いた
原稿で稼いだお金でもありますね。(だから私の漫画の
一部は、先輩作家さんたちが支えてくれているわけです。)
こういう現状の中で描いてきた私の漫画も万一売れた場合には、
後進が描く漫画の血肉になるか、美味しい焼肉になるんですね。
連載を続けるにつれて、私が直面している日常と、
編集者と一緒に居る時の待遇の差がどんどん広がっていって、
最近ではもう、わけがわからなくなってきてしまいました。
モーニング・ツーでの連載開始前、私がまだ読切の
打ち合わせをしていた頃、「この日なら打ち合わせが
可能だから、東京に来たら連絡をください」と言われたので、
真に受けて東京に行ってしまったことがありました。
それまでの打ち合わせは大抵、当日に細かい時間を決めていた
ので、私は今回もそうなのだろうと思っていました。
連絡を入れたら、正月休みで出社していないとの事でした。
「休み明けに見るから会社にFAXを」という電話を
受けるためだけに私は、地方からわざわざ自腹で新幹線に乗り、
ネームを持って上京してしまったのでした。
もしかして、今回の「東京に来たら」に限っては、
「たまたま東京に来ていたら」の略だったのかも知れません。
でも仮にそうだったとした場合、私にとってこの上京が
たまたまではなかっただけで、「東京に来たら打ち合わせ可能」
という部分は、まったく果たされていないわけですけれども。
ド新人が、プロの編集者にネームを見て頂けるのですから、
(見て頂けないと新しい漫画家は誕生しないわけですが…。)
それだけでも嬉しいという部分は、今思い返しても、あります。
ただ、そうは言っても現実的に万単位の出費は苦しかったです。
更に、用事がないのに上京してしまったというのは、何とも
虚しいものでした。(東京が珍しい土地で、観光ができるなら
良かったのですが、私は東京都民だった事もあるので本当に、
何の用事もないのに遠出をしただけで終わったのでした。)
ちょうどその日は、「上京せずに済んだら成人式に出られた」
という、プライベートの私にとっては大事な日だったので、
特に鮮明に憶えています。…単に、頑張って買った振袖を
着たかっただけですが、打ち合わせのほうが大事だったので、
成人式はあっさりキャンセルしました。ただその打ち合わせが
上京して、ネームの送り方を電話で一瞬打ち合わせる内容なら
やっぱり振袖を着て成人式のほうが良かったです。
今だったら「あ、すいません」とか、
「ほんとにすいませんでした」とか、
きちんと謝って頂けますが、当時は今以上に新人でしたので、
謝って頂くことはありませんでした。
当時私は、他社の青年誌に(主に)お世話になっていたので、
打ち合わせの出費が嵩むことを避けるため、モーニングと
直接会って行う打ち合わせは、交通費が支給される他誌に
呼ばれたときだけにするように、予定の調整をしていました。
他誌の打ち合わせが終わった後に、モーニングの担当者の
「打ち合わせができます」という言葉を真に受けて、
ずっと待っていたら、連絡もないまま数時間が過ぎ、
最終の新幹線も出てしまい、電話をしたら「あと数時間で。」
朝まで待ったら「今日この後はキツイのでごめんなさい」。
宿に泊まって待った時にも(もちろん自腹)、明け方に
「別件が押して難しいので、後日FAXします」。
勿論、後日の後日まで待てどFAXは来ませんでした。
(結局何のFAXだったのか未だに分かりません…。)
こんな事を4〜5回繰り返せばあっという間に10万円です。
貯めておいたお金は、どんどん減っていきます。それらが
打ち合わせという建設的な行為に対する投資であるならば
何も構わないのですが、大抵の場合は、元東京都民による
東京見物という浪費で終わってしまいました。残念です。
それで「中村さん貯金は無いんですか?」などと聞かれては
さすがの私も、たまったもんではありません。
勿論お金も、貯まったもんではありません。
押した別件が気に食わないのではないのです。
自分より別件を優先されたことに立腹したりはしていません。
(別件というのは当然、雑誌にとって大切な作家さんの件
でしょうから、そちらが優先されるのは至極真っ当な事です。)
そういうことではないのです。
打ち合わせの予定は、間違いなく打ち合わせができる時だけ
組んで頂きたかったと、思っていただけです。
もしくは、(編集者が「打ち合わせをしましょう」と言った時、
それを真に受けない新人は社会的にどうなのだろうと、私は
思っていますが、)「もしよっぽど僕が暇で疲れていなければ
打ち合わせをしてあげられる可能性もなくはないので、
そう思っていてください。ただ、都内に滞在したりする事は
自己責任の範囲内で行ってくださいね」等と前もって言って
頂ければ、私も編集者さんが言う"打ち合わせ"を、気紛れな
行事として解釈できたので、助かったのだけど…と、思います。
他社から交通費が出ている(金銭の損失がない)のだから
この打ち合わせがなくなっても何の問題もないだろう、
新人なんだから待ってフられて当然だろう、程度に
考えていらっしゃったのだろうとは思いますが、
新人が新人でなくなった時の事を想像されないのでしょうか。
連載開始後暫くしてからは、経費で落として貰えるように
なりましたが、それ以前の私は、打ち合わせの出費が
痛手だったので、公園での野宿か、24時間営業のお店を
転々として夜を越すようにしていました。仕方ありません。
どうしようもなく疲れていて、尚且つお金に余裕がある時は
漫画喫茶に行きました。(運が良いとリクライニングチェアか
マッサージチェアの部屋に入れます。運が悪いと椅子です。)
確かに漫画を描き始める前の、専業フリーター時代も結構な
貧乏加減でしたが、だからと言って「だから中村さん、
こういうの平気ですよね?」とは言われたくありません。
公園に泊まる時は、遊具やベンチで寝ました。
雨の日は屋根付きの遊具もありますし、最悪トイレの
個室がありますから、濡れずに泊まることはできます。
適当に朝を待った日は130円の切符を買って、山手線の中で
寝るのが常でした。何周かして目覚めたら切符を買った駅の
隣の駅で降ります。こうすると宿泊費が130円で済みます。
他社から交通費が出ていようと、滞在が長引けば宿が必要です。
宿代が出せなければ、出せない人相応の過ごし方を
強行するしかありません。出先なので無駄な食費も嵩みます。
飲食店に滞在して夜を明かす場合にも必ずお金が掛かります。
何だって、無料ではありませんし、仮に私が(野宿する等して)
無料で済ませたとしても、それは私が無料にしたのであって、
本来は、安く済むものではありません。
以前、「宿には泊まらないんですか?」と聞かれた時に、
「勿体無いし、高くて払えないですから」と答えました。
続けて「だから山手線か公園に泊まるんですよ」と笑ったら
「中村さんて、バカですね!(笑)」と言われました。
その後に、言葉自体が何だったかは忘れてしまいましたが、
"好き好んでサバイバルをするって言うか"だったか、
"自らおかしなことをするって言うか"だったか、何か、
そんなようなことを笑いながら仰っていました。
悪気はなかったのだろうと思いますが、惨めでした。
まさか食って掛かるわけにはいきませんから、当時は
笑うしかありませんでしたし、私自身こういうことを
笑い事で済ませないと、やっていられませんでした。
野宿が大変だったら講談社に泊まっていいですよと
言われましたが、どうやら他社の用事か個人の用事で
上京した時に宿が無いのだと思っているようだったので
(それであれば、講談社のスペースを貸しますよ、という
話し方だったので)、なんだか遣る瀬無くなってしまい、
適当に(じゃあ、デビューしたら。と)お断りしました。
結局、デビューして、連載第1話の原稿を届けた時は、
泊まる場所もなく、原稿を受付に預けた後、
漫画喫茶に泊まりましたが。(ちなみに受付より奥地
…つまり社内、編集部の中には勝手に入れるものでは
ありません。「ちょっと泊めて」というわけには
いかないのです。受付で用件と言うか、どこどこの
編集部の誰それに用事があって、自分はどこの誰で、
自分の電話番号はこれで、その編集部の誰々さんと
今日会う約束があるのかないのか、それらをきちんと
係の人に提示した上で、来客バッヂをつけて入館する
…という段取りをきちんと踏まなければなりません。
担当編集者不在の状態で、気軽に寄って気軽に泊まれる
場所ではないのです。特に当時は、編集部内に
担当編集以外に連絡を取れる編集者は居なかったので。
最近だったら、どなたでも編集部に居る方に受付まで
ご足労頂いて「すみません羣青の中村ですけど…」で、
多分どうにでもなったところなのでしょうけれど。)
誰だって、自分が新人の間は「新人なんだから仕方無い」と
思って、多少の(業界的には不条理ではないかも知れないが
人間的には不条理に思えるような)不条理や理不尽に対して
言葉を飲み込むものだと思います。飲み込むものですが、
言葉に出来ていないだけで、思う事は人並みに思うのです。
新人だから何にでも耐えますが、耐えている新人は人間です。
"何も言わずに耐えた"と、"何も思わなかった"は、違います。
編集者の連絡を今か今かと待ちながら3時間4時間、果ては
5時間6時間、用のない街を歩き回って、結局中止になって
駅の窓口になけなしの万札を出してとぼとぼ帰る自分を
(そして、私の相手が誰であったのかを)忘れたりはしません。
打ち合わせの時、私の担当編集がよく言っていました。
「最近の新人は、なかなか育たない。」というようなことを。
本人のせいで育たない新人が多く居ることは事実ですが、
そこを差し引いても、…そうでしょうね。と思ってしまった
部分はありました。私のように底意地の悪い新人であれば、
「いつか見てろよ」という叛骨の一心だけで生き残る可能性も
無くはないと思いますが、「こんなことならもう…」と
漫画から離れていく新人も実際は居るのでしょう。
テレビが見たいだの、ゲームがしたいだの、遊びたいだの
という雑念に負けてペンを置いてきた人たちは論外ですが、
漫画を描く人間はそれなりに、原稿に対する愛着や、
漫画という存在に対する何とも言えない愛情を持っている
ものだと思います。元々漫画家になるつもりなどなく、
はずみで漫画業界に入った私でさえも、今、漫画に対する情は
尋常ではありません。きちんと漫画を描いてきた描き手が
ペンを手放したとき、又は手放しそうになった時、
「あんたの漫画への気持ちはその程度のものか」と、
乱暴に言う人も残念ながら存在しますが、
実際のところ、"漫画に対する気持ちがその程度"だった
わけではないと思うのです。私は、漫画に対する愛情や
読者に対する感謝を凌駕する可能性が一番高い厄介な感情は、
自分が関わった編集者に対する落胆か失望だと思っています。
漫画に対する気持ちそのものが減るというケースは
実のところ少ない筈だと思っています。(そう思いたいです。
漫画に対する切実な気持ちを減らさなかった人、人一倍
漫画に拘った人がプロの漫画家になっているわけですから。)
もし「あなたの漫画に対する気持ちはそんなもの?」という
漫画家の心を抑え付け好き勝手に動かせる魔法の言葉を唱える
可能性のある方がここを見ていたら、使う前に考えてください。
その言葉はあなたにとって相手の非を問う武器なのか、
それとも、自分の非を誤魔化す盾なのか。
何だかんだ言いましたが、(過去の自分や今の自分の該当部分を
含めて、)「何の役にも立たない新人に好待遇を!」とは
全く思っていません。先々の事を考えて、度を越えない程度に、
"人並み"の誠実さがあるといいですよね、というお話です。
残念ながら今となってはもう、どちらでも良いことですが。
それにしても、そもそもの認識が擦れ違っているな…と
思うのですが、編集部側の言うように、"この1ヶ月"の
問題であれば、私も然してああだこうだとは思わないのです。
この1ヶ月の件もまた、今まで来た連載開始からの2年間、
それ以前の事も含めて考えてしまうのであれば4年間の
延長線上に、残念ながら何の違和感もなく存在している
出来事であるので、私にとっては、何もかもひっくるめて、
1本の道だったわけです。その積み重ねに対して思う事が
あるだけであって、編集部側の言うような、"突然の事"では
ないのです。今回の一件が編集部の関係者には、突如発生した
地割れのようなものに見えたのだと思いますが、私にとっては
いつも続いていた、毎日歩く単なる道なのです。いつも通りの
景色であって、地割れのような、急な変化はありません。
歩けば歩くほど急勾配になるな…とは思っていましたが。
連載が終わり単行本の発売が取り消しになったことも、
多少驚きはしましたが、多分スタッフや読者諸氏ほど
驚いてはいないというか、違和感は感じていません。
いつも笑っている人が、突然物凄い形相で怒り出したら
人は驚き、違和感を覚えるものですが、いつも笑っている人が
いつもより大胆に笑ったところで、何とも思わないものです。
今まで現場に起きていた急な予定変更と似たような感じなので、
(本業の)失業に対するどうしよう、という事と、読者諸氏への
どうしよう、申し訳ない、この漫画をどうやって届けよう、
という気持ちは勿論切実にあるのですが、この措置そのものに
対して、私はきっと皆さんほど驚いてはいません。
記事をアップした段階である程度の覚悟をしていた、というのも
私が驚いていない理由になるのかも知れませんが…。
一回の原稿に対する予定変更は現実的な問題として
「どうしよう、1週間以内にあと15万円工面しなきゃ」だとか
「月末までに40万円用意しなきゃ…」だとか、「今から急に
ヘルプを募集したところで、原稿を仕上げられる腕のある
アシスタントが見つかるもんだろうか…」だとか。とにかくもう
すぐさま解決しなければならない目先の不安のオンパレードです。
尚且つそれらは「どうにかしようと思えばどうにかなりそう」な
事柄であるせいで、それを私がどうにか解決しないことには、
世間的には私の努力不足、対応力不足になってしまいます。
(そして果ては「中村は描くのが遅いからなぁ…」と言われ。)
私としては、原稿を載せなければいけないという責任と、
個人のプライドと、両方を賭けて、どうにかしないわけには
いきません。何しろ傍目に見て、どうにかできそうな事ですから。
ところが今回のように、話の規模があまりに大きく、
「羣青ごと終わりでーす」みたいな状態になると、
これはもう(私が起こしたことではあるけれど、)私個人に
どうにかできる規模の問題ではないので、諦めがつくと言うか、
驚くどころか(本当にもう不謹慎な発言だとは思うのですが、)
もう借金増えなくて済むんだ…と、安心までする始末でした。
この安心を覚えたとき、読者諸氏には本当に申し訳ないと
思いながらも、私は、でも、本当に安心したのでした。
多分今まで、物凄く先のことを恐がっていたのだと思います。
自覚以上に。(たとえ単行本が1冊出ようと、出まいと。)
ごめんなさい。
単行本発売取り消しの報と、連載終了の報はメールでした。
私は、こういう打ち切りに類する連絡は担当編集者が
肉声で行うものかと思い込んでおりましたが、
昨今は電子メールで連載が終わるのですね。
最後にお会いした2週間後に連載終了のメールが届きました。
少しだけ驚きました。(しかしそれは思い込みを裏切られた
という驚きであって、この対応に違和感は感じません。)
お会いしてから一ケ月経ちますが、以来、
肉声は一度も聞いておりません。
思い通りの原稿料を出して貰えればなにもかも解決したか、
すぐさま思い通りの単行本を出して貰えたら何もかもを
水に流して、晴れやかな気持ちになれたのか。
…実際、そんな見込みは殆どありませんでした。
そうでもして貰わなければやっていけない末期の状態であり、
逆にそういう表面的な埋め合わせが為されないのであれば、
何を支えに赤字を重ね続けたら良いのか、もはや分からない
状態でした。お金もない、担当者との信頼関係もない。
そうでなくとも、ストーリーの方向性やキャラクターの
扱いという、漫画の本分に対する意見が合致していない中、
印税もない。連載は続く。稿料は単行本発売まで上がらない。
単行本はなかなか出ない。掛けた制作費は10,000,000円。
(1ヶ月あたり40万の人件費でも2年で960万円なので不思議な額ではありません。)
現場は毎月動いています。毎月スタッフが居ます。
私は社会人である必要があります。自棄という甘え方が
許されていいわけはありませんでした。物事は夢物語の中で
動いているわけではありません。すべて現実的な出来事です。
漫画の中に生きているわけではないのです。
又、脇役が祈っただけで主人公がシュートを決める。…私達は
そういう世界の住人ではありません。現実の人間です。
どんなに無茶苦茶を言った後でも信じていれば原稿が間に合う。
そんなわけありません。漫画の主人公が非人道的な逆境に耐え、
人から言われるあらゆる言葉を前向きに捉えて成長できるのは、
そういう設定だからです。元々その言葉に怒らないように
できている設定だからです。生身の人間が漫画的な言葉に
対して、漫画的で都合の良い反応をするとは限りません。
漫画の台詞が心に響くようにできているのは、作者が
前後の展開を利用して、その台詞が読者の心に響くように
計算ずくで作っているからです。キメ台詞がキまるのは
キメ台詞がキまるようにプロがネームを切るからです。
主人公にスキを作ってあるからです。キメ台詞よりはバカに、
それまでの主人公を描いているからです。台詞が主人公より
愚かだと「そりゃあね」と主人公に言われて、場が白けます。
漫画の中の感覚と実生活の感覚を混ぜるのは危険なことです。
わざわざ「作家、中村珍にとってはすべての経験が仕事の…」
などと業務連絡中唐突にわれなくとも、百も承知で漫画家です。
何の人間関係も出来上がっていない、担当編集者というだけの
素性の知れない赤の他人に対して、私の人生がどうであったかを
事細かに話し、死ぬまで誰にも話したくなかったような事情を
話しながら2年間、この漫画を描いてきたのです。私の経験が
漫画のネタになっていることを私が知らずに描いていたとでも?
それは物語を描く人間が、他人に教わることではありません。
切り売りせざるを得ないんだということを、逃げ場の無さを、
切った本人だけが心底、痛感するのです。
原稿料だけでは制作費は絶対に足りません。発生した赤字を
潰すために必要なのが印税です。これが無ければ(それまで
纏まった貯金を作れる環境に居た人や、原稿の描き溜め期間が
あった人、又、その原稿だけやっていれば暮らしていられた等の
好条件にあった人以外は)、現場の健全な方法による維持は、
実質不可能です。昨日今日入った編集者でない限り、
まず間違いなくすべての編集者が知っている事であり、
新人である私でも知っています。知っているので、最初はどの道、
赤字に耐えるしかないということも分かっています。そして、
苦境に耐える作家の精神力を削ぐも補うも担当編集者次第です。
人間関係ひとつです。確かに、何十万円が積み重なって何百万円
という額になった赤字は、私にとって大変苦しいものです。
私は漫画か他の仕事で、全額完済するその日まで負債の責任を
負い続け、投げ出せない暮らしを堅実にこなすしかありません。
しかしながらそれに耐えられるだけの気持ちを分けて貰えれば、
話は少し変わってくるのです。(現に、そんな関係が一切なかった
私でさえ2年間普通に漫画を続けて生きてきたわけですから、
信頼関係があれば見える景色は格段と違うのだろうと思います。)
であるからこそ、担当者への感謝を惜しまず、赤字でも楽しく
仕事をする漫画家がこの業界の中に今も存在しているのです。
(勿論その人たちが常にお金の事を気にせず、軽やかな気持ちで
仕事をしているとは思っていませんが…。)その反面で、
担当者の名前を見ただけで(もしくは似た漢字を見ただけで)
吐き気を催してしまう漫画家も居たり、果ては、自分の担当者が
突然死んでくれればいいのにと思っている漫画家も実在します。
実際に担当者が急死した時に、悲しくないどころかホッとしたと
いう人まで居る始末です。(…かと思えば、担当編集者と結婚する
漫画家もいるわけですから、何にしても、"人による"のですが。)
人と人で仕事をしているのですから、相手を"自分と同じ"
一人の人間として意識すれば、大抵のことはうまくいくのです。
残念ながら、『自分はそういう意識を持って仕事をしている』
…という自覚を強く持って安心して仕事をしている人数に対して、
そういう意識で仕事をしている人数は、少ないように感じますが。
原稿を含む漫画関係の書類を丁寧に扱い、人の話を聞き、
精神的に邪魔をせず、余計な発言をして心に波風を立てず、
エゴではない面白い漫画を追求してくれるだけで良いのですが、
これは(人によっては)贅沢な要求なのでしょうか。
私には『連載の途中で(こちらの希望で)担当編集者を
代えて貰う事は絶対にしない』という決まり事があります。
これは私個人の決まり事です。
"簡単に代えられるのだ"と思ってやっていたら、些細な事で
我慢が利かなくなってしまいます。また、終わってみれば
和解(もしくは相手の本意に対する理解)できたかも知れない
ものが、終わりまで添い遂げるチャンスを失うことによって、
気持ちが離れたままになってしまうのは非常に残念なことです。
上層部に「担当編集者を変えないで欲しい」というお願いを
した事がありました。これは連載が始まる前ではありません。
連載が始まって、読者諸氏にお話しした今までの諸々があって
その上で、まだ最近の話です。こういう形で終わってしまった
今となってはもう分かりませんが、連載が終わってみれば、
素直に、「この人で良かった」と思えたかも知れません。
そういう可能性を易々と潰したくはありませんでした。
今思えば、一人の担当編集者との関係への期待など捨てて、
連載の途中だろうと新しい担当者と組んで再出発してしまえば
良かったのかも知れません。私は漫画そのものと、自分の漫画に
関わる人との関係と、重視するほうを間違えたのかも知れません。
"思うところ"が渦巻いている現在の私を上手に扱うことは
私自身容易なことではありません。心穏やかに仕事が出来たら
私にとっては何よりです。次の漫画もモーニングで描くであろう
(という予定があった)私自身の為に、終わってみたら良かったと
思えるものなのか、それとも単なる理想で終わってしまうのか、
確かめたかったのです。だからこそ私には現在の担当編集者と
この連載を遣り遂げる必要が、どうしてもありました。
と同時に、新しい担当編集者と落ち着いて仕事をするためにも、
今回の連載を円満に終わらせたいという希望を持っていました。
とは言え、そんな期待を強く持ちつつも、限界を感じていた
ことも事実なのですが。ならば関係の改善は見込めなくとも、
悪化だけは防ごう…と長い事思ってきました。
私にとってモーニング(ツー)編集部という組織は、わざわざ
叛旗を翻す真似をしてまで対峙したい相手ではありません。
個人的感情の面でも社会的立場の面でも、どの面から見ても
対立して得のある相手ではないのです。
今回の連載を円満に終えた時、得るものは大きかった筈です。
本当に、今にして思えば、本当に馬鹿な拘りを持ち続けて
自滅してしまったものだと思いますが、私には
『連載中に担当編集者を代えて欲しくない』という希望が
どうしてもありました。それを大前提とした時に、
雁字搦めになってしまった事は否めません。
先月、単行本の発売形式に関する電話を小一時間しながら、
私と編集部側との間にある溝、認識の違いを痛感してしまい、
電話を終えることになりました。(その認識というのは勿論、
単行本の発売方法という表面的な物のことではありません。)
あの一時、私は確かに「あーもうダメだ」と思い、
羣青が始まって以来初めて、急に様々なものを
投げ出したい気持ちになりました。今迄ふざけながら
何度もスタッフに口走ってきた「やってらんないよ」を
心底思ってしまって、初めて心底痛感してしまったので、
あの日は珍しくスタッフに「やってられないよ」とは
言いませんでした。ふざけて言えなかったからです。
「もうダメだ」(もうこの人とやれない)と思った結果
電話の向こうに居る担当編集者に対して、私が放ってしまった
言葉が、「他の選択肢を考えます。」でした。
(移籍の目処など全くついていないというのに。)
『担当編集者を代えないで欲しい』という理由の一つに、
誰かがこの連載の担当を引き継いだ場合、罪の無い人が
前任者の時に起きてしまった様々な問題諸共引き継ぐことに
なるのか…と考えると、忍びなかった…というのがありました。
ささくれ立ってしまった部分が数多くある以上、最後まで
同じ人に責任を取ってもらいたいと思っていました。
それに加えて(これに関しては私の意地かも知れません。)
"担当さんの大好きなものでいっぱいの、担当さんが読みたい
だけの漫画"、"担当さんの好きなものを出さないとネームが
通らなかった打ち合わせ"に耐え続け、自腹で東京に通った
連載開始当初(またはそれ以前)の私は一体何だったのだろう
と思うと、途中で担当編集者が代わってしまうというのは、
私にとって遣り切れないものでした。この人とこれから先
長い連載をやらなければいけないのだから、という理由で
大くの事を堪えた私は一体何だったのだろうかと思うと、
馬鹿馬鹿しい努力をしてしまったようで、無念です。
担当編集者の意見がすべて盛り込まれた場合にも、
漫画の名義は私です。
「この部分だけつまらなかった」という意見を読者諸氏から
多く貰った時、つまらなかった部分が担当編集者の発案による
部分だった時の悔しさと言ったら。
「これさえ無ければ最高だった」と言われた「これ」が
担当編集者による仕事だった時の遣る瀬無さと言ったら。
何を描いても何を描かされても、私の名前で載るのです。
自分が受けた試験に自分が落ちるのは構いませんが、
他人が自分の名前で受けた試験で落ちたら、嫌です。
担当して頂いてから今にちに至るまで、
(少なくとも私の主観では)
「どうしてこれが面白いと思い込んでいるのだろう」
「この展開、新人賞だったら負けますよ?」という提案を
ひたすら繰り出し続ける相手が、私の漫画が載るか否か
(つまり私の漫画家人生の何もかも)を掌握しているのだという
不安は、とてつもなく大きいものでした。この不安を自力で
覆してから終わりにしたいという気持ちがありました。
私には担当者に、「編集者が思う面白い漫画が読者にとって
必ずしも面白いとは限らないのだ」という最低限の自覚を
して貰う必要がどうしてもありました。他の編集者のことは
私の与り知るところではありませんが、私の担当編集者には、
「こうすれば漫画は絶対面白い!こうすれば人気が出る!」
という稚拙な思い込みの域を抜け出して貰う必要がありました。
編集者のためではなく、担当される私自身のために。(附随して、
今後担当される新人諸氏のためにもなると思いますが。)
自分のためだからこそですが、たとえ〆切直前であっても
漫画の内容に関する議論を徹底する努力をしてきました。
結局、私の議論に応じすぎる姿勢(常時臨戦態勢だった?)
のせいか、いつしか打ち合わせらしい打ち合わせは無くなり、
結果的に私が勝手に描いている昨今の羣青ですが…。
こう書くと、「担当の意見に聞く耳を持たない自己中心的な
漫画家だ」とか、「結局自分のアイデアが通らなかった事が
嫌だったんでしょ」とか、思われてしまうかも知れませんが、
気分的に嫌だった、というだけの問題ではありません。
ごくごく個人の主観や趣味嗜好に偏った発案を論破するために
〆切までの限られた時間の中で長い時間を割かなければ
ならないことは(そうでなくてもお金も時間も無い中、
他の仕事もしてお金を稼がなければならない中で)
業務上、非常に困ることなのです。
私が商業ベースの業務から廃絶して欲しいと願っているのは
"この食卓にはこの料理が並んでいるべきだと思う。"
"なぜなら僕の好物だし、僕の周りの人もみんな好きだから。"
"だから読者も好きなはず!"
…というレベルの(…にも関わらず1時間以上、
時には日を跨がないと終わらない)打ち合わせです。
これはディティールについての打ち合わせではありません。
この漫画の主人公のディティールと、
担当編集者の人生のディティールと、
どちらを私の原稿に描くか、どちらを取るか、という
食うか食われるかの争いなのです。掲載を決定する権限を
先方が持っている以上、こんなことでも真剣に話し合って、
(特に相手が自分の好みに対して相当に頑固だった場合には)
徹底的に論破していかなければならないのです。
これを怠るとネームが担当編集者の好みで染まり、
運悪くその漫画が失敗してしまった時などは間違いなく
「あの人が自分の好みばっかり押し付けたから…」と
恨む事になってしまいます。それは避けなければなりません。
誰も恨まないためにも、納得行くまで話し合う必要が
漫画家には絶対にあります。又、編集者にも、自分の意見が
一個人としての意見なのか、一編集者としての意見なのか
見極める必要が不可欠であると、私は考えています。
無差別な対話の拒絶はしません。時間を削ってまで話すなら、
話し合いの中身は、載せる原稿(又はネーム)の作業時間を
削るだけの価値のある内容であって欲しいと願うだけです。
雑談を拒んでいるのとも違います。
そういうやり方をしてきた上で、こういう衝突が起きてきた
事実があった上で、私は私、担当編集者は担当編集者、各々
自分が支持した展開や設定に読者がどういう反応を示すのか、
最終的にこの漫画がどう終わるのか、何が読者の心に残るのか、
共に見届けるべきであるし、共に見届けたいと思っていました。
又、最終回までにはきちんと、制作の段階から担当する状態に
戻って頂きたいと思っていましたし、第1話から最終話まで
携わることによって、見直して貰いたいものが多くありました。
そのためにも私は『この人と最後まで』を、強く望んでいました。
そして最後に、担当編集者に対する、今も残っている
純粋な感謝による『代えないで』という気持ちも、実はあります。
(感謝の内訳は、細かく説明できないものなので割愛します。
離婚する妻が夫に「あなたには感謝もしてるわ」と言う時の
複雑な感じと似ているのではないかと思います。)
当たり前ですが、私の連載ネームを担当し、連載開始に至る
プロセスの中に間違いなく存在していた人です。
私の不手際(のみ)で原稿が間に合わなくなった際、各方面に
ご迷惑をお掛けした際、現場と編集部・製版所・印刷所の
間に立ってくれるのは間違いなく私の担当編集者です。
そういう時に感じた申し訳無さや不甲斐無さ、感謝は
私の中に残っています。きちんとした打ち合わせをした頃も、
確かにありました。建設的な打ち合わせも幾度もありました。
それらも私の中にしっかりと残っています。
それでいて、他の様々な問題も並行して起きてしまうので
こちらも感情のコントロールがとても難しいのですが…。
傍目に見ればくだらない拘りのように思えるかも知れませんし、
怨み辛みと、こういう感情が共存することを疑問に思う方も
いらっしゃるかも知れませんが、私にとって、今の担当者と、
『この人と最後までやる』ということは、大切なことでした。
そして、勿論その「ありがとうございました」は
(健全な家庭で育てられた)子が母に言う
「ありがとう」のような純度の高い清々しいものでは
ありませんが、様々な感情を内包したものであろうとも、
できることなら「ありがとうございました」と言える程度まで
関係を持ち直してから、連載を終えたかったと思います。
感謝したり、恨めしく思ったり、一緒に仕事をしていると、
気持ちが物凄く忙しくなるのです。どの感情も私の中に
強く実在しているので、なんだかどうしようもありません。
個人的な拘りによって、単行本の発売をち続けてくれた
読者の皆様方を裏切る結果になってしまったこと、
最悪の結果を招いた今、どうお詫びして良いか分かりません。
ごめんなさいと言うべきかどうか悩みながら、果たして
"御免"という言葉で免じて頂けるものかどうか考えております。
こうした情けない逡巡については、本当にごめんなさい。
「作画クオリティを落とされては困る」「絶対ヒットさせたい」
「そのためにも、作品のクオリティを維持して貰わなければ」
…という担当編集者による意見。
それならばと思いクオリティの維持を続けた末に待っていた、
「モーニング・ツーは制作費を掛けずとも面白い漫画が
できることを証明するために作った雑誌だった」
「お金ないのに何で絵にお金掛けちゃったの?」
…という上層部からの言葉。
聞く順番が違っていたら、少しは違ったのではないかと
思わずにはいられません。赤字は勿論出たでしょうけれど、
もう少しやりようがあった筈…と思ってしまいます。
「人件費大変でしょうね」と言いながら「今回の絵は良かった」
「このページのこの背景は格好良かった」と褒め、その上で
「クオリティを落とされては困る」などと言うのだから、
つまり制作費が苦しいことを知りつつ、質の高い作画を求めている
…"経済は苦しくて当然。クオリティは高くて当然。"という
難しい要求をされているのだと思い込んで今まで描いてきました。
制作費が苦しいことを承知の上で、クオリティの維持を求める
…ということは、制作費が苦しくて当然のクオリティで仕上げろ
…ということであると、解釈し続けてきました。
それから、品質を落とさないことに気を遣った理由の一つに
"単行本作業"の問題もありました。雑誌掲載時のミスや
どうしても間に合わなかった箇所などの加筆修正をする段取りを
"単行本作業"等と呼びます。
表紙や、描き下ろしのイラスト、オマケ漫画もこれに含まれます。
これらの作業に原稿料は一切発生しません。
私の場合は、単行本は連載終了後と言われていたので、
上下巻であったとしても1000頁。
上中下巻であった場合には1500頁という物凄い量の単行本作業を、
無収入の状態で行うことになります。
現場としては、これは非常に恐いことなのです。
これがある限り、落ち着いて次の連載に移れません。
かと言って、雑誌掲載時でさえクオリティを求められていたのに、
そんな編集部から出す単行本がいい加減なクオリティでいい筈が
ありません。(と、私は解釈していました。)
一体どの程度の期間で終わるのか想像もつきません。
終わるまでに人件費が持つかどうかも分かりませんでした。
だから単行本の作業量を雑誌掲載時に減らす必要がありました。
つまり、直さなくて済むクオリティの原稿を雑誌に載せてしまい、
それをそのまま単行本に収録する、ということです。
そうすることによって、単行本作業量の増加を食い止めることが
できます。これに関して担当者も意義を唱えなかったので、
やはり、徹底したクオリティの単行本を仕上げることを
求められているのだな、と、私は解釈していました。
現場のキャパシティを超えた商品の制作を強行し続けたことは
経営者として失格であると自覚しています。ただ、漫画家が
(まして、今作に自分の将来が懸かっている新人作家が)
クライアントの要求を聞き流すことが出来たろうかと考えると、
今考えてもいつ考えても、難しいところだったと感じます。
「クオリティをさげるな」「維持しろ」と言われたら、
疑問を抱かず、そうする新人が殆どだと思っています。
(戦地に赴いて死ね!を疑問に思わない軍人のようなものだと
思います。なんとなく、玉砕してもそれまでみたいな感覚が
私にもありました。)
…文章だけで黒字の作画と赤字の作画の説明をしても
分かりにくいと思うので、これに関しては別の記事を
用意しました。ご一読頂けますと幸いです。
(→関連記事:制作費の赤と黒)
編集部対漫画家の話題が目立ってきている昨今ですから
こうした件の度に、読者諸氏の間に「編集部ってやつは…」
という認識が定着しつつあるのを感じます。
舞台裏の話を暴露している私が言っても、果たして
どれだけの人が真に受けてくださるかわからないのですが
編集部は悪の巣窟ではありません。(中には漫画ではなく
漫画家の人生を編集してしまう人も居ますが…基本的には)
漫画を編集をする人たちが集まっている場所が編集部です。
色んな人が編集者をやっているだけです。その組織が
編集部と呼ばれています。悪魔の集団ではありません。
一般企業の一部署です。
私は、今回の件を綴るとき
"編集部"という全員を一遍に指す名詞を極力避けています。
基本的には、個人(又は該当者の立ち位置)を示す言葉を
選んで記事を綴りました。編集部という組織(それはつまり、
様々な個人の集合、またその集合体に属しているすべての
個人)に対しての特別な感情は、抱いていないからです。
大体私は「編集部が」と言えるほど、編集部の人と面識が
ありません。編集部のすべてを知りません。
その編集部に所属する全ての編集者に担当されるまで漫画家は
「××編集部はダメだ」などとは絶対に言うべきでありません。
(そんなご縁はもうないでしょうけれど、万が一今後
私に声を掛けてくださるような編集者が居たとしたら
私はその人と積極的に漫画を作ってみると思います。
たとえその人の所属が、モーニング編集部であっても。
私とその人の間にはまだ、何も起きていないわけですから。)
今回の連載が終了した今現在、私には
一般的な漫画雑誌に5人の担当編集者が居ます。
漫画の仕事は悪いことばかりではありません。
編集者と会うことは業務上楽しみのひとつでもあります。
私は打ち合わせが好きだし、頑張った原稿を担当編集に
渡す瞬間はとても嬉しいし、自分の担当者が胸を張って
自分の担当をしてくれたらいいなと思って漫画を描きます。
「私の担当さんに恥かかせるような原稿は描かないでくれ」
と、スタッフにも頻繁にお願いしてきました。
問題が起きた時にしか編集者の話題は出ません。編集者の
個人名は出ないので、"編集部の一件"として話題に上ります。
日々淡々と、時に忙しなく、漫画家と共に働いている
編集者が世間で話題に上ることなど先ずありません。
私は今後も(自身で決めている引退の時期までは)
漫画の仕事を続けるつもりでいます。一緒に仕事をしたい
担当編集者が居るからです。紙を隔てた世界に暮らす
漫画の中の人間に対しても、それらを紡ぐ作者に対しても、
誰に対しても誠実な編集者を私は今後も信じます。
僭越ながら、願わくは私が、漫画を大切にする編集者の
片腕になれるように。こうなった今、今後の中村珍が
進むべき方向を共に考え、前向きな提案をしてくれるのは
私の担当編集者です。
それから、雑誌「モーニング・ツー」が私を追い出したとは
思わないでください。モーニング編集部という組織の全てを
非道だとは、決して思わないでください。件の記事掲載後、
読者の皆様から「モーニング2なんて二度と買いません」という
お便りを何通も頂きました。それは私に対する応援であったのだと
解っていますが(ありがとうございます。)あなたの好きな漫画が
載っている限りは、是非読んでください。あの雑誌に載っている
漫画を描いている皆さんは、私と同じ漫画家です。様々な苦労を
して今に至った漫画家です。モーニング・ツー連載作家諸氏は
この件とは一切関係ありません。又、諸先生方が信頼している
(であろう)担当編集者が、モーニング・ツーを編集しています。
雑誌がなくなった時、路頭に迷うのは編集者ではありません。
漫画家を応援してくださるのであれば、漫画を買ってください。
私は、従来の増刊に対して挑発的な増刊、モーニング・ツーで
連載できたこと、又、そういうことができる編集者の居た雑誌で
連載ができたことを、離れた今でも変わらず、誇りに思います。
私を世に出してくれたのは、モーニング・ツー編集部でした。
こうして私が何かを綴っていると、皆様から見れば
私の頭の中である程度整理ができているように見えるのかも
知れません。(見えない?)
しかしながら今はまだ、様々な思いが交錯しております。
かと言って、いつまでもこのままでは居られないので、
これから、羣青の受け入れ先(又は出版方法)を模索しつつ、
読切漫画や挿絵、廉価版コミックなど、とにかく
実原稿が発生するお仕事を頂戴できるように努めながら、
暮らしていこうと思っています。
今まで応援してくださった読者の皆さん、ごめんなさい。
羣青がこの先どうなってしまうのかまだ分かりませんが、
最善は尽くそうと思います。尽くそうとは思っていますが、
一つの区切りですので。最後になりましたが…、
ご愛読ありがとうございました。
(中村先生の次回作にご期待下さい…。)
また誌面でお会いすることができたら、
それが羣青でなくとも、ページを捲って頂ければ幸いです。
ただ、もう一度皆様に羣青のページを捲って貰いたいと
願っています。本当にごめんなさい。
ありがとうございました。
……………………最後にちょっとだけ余談。
皆さんはスクリーントーンを御存知でしょうか。
漫画原稿で影とかを表現するために貼る点々がプリントされた
フィルムのことなんですけどね。
袋の裏に注意書きがあるんですよ。(クリックで拡大できます。)
「コピー機に通したらダメよ」って当たり前のことですけど、
書いてあるんですよ。コピー機に通してはいけないのです。
通すっていうのはつまり、パッタンパッタンするフタを開けて
書類を置いてフタを閉めて、スタートを押してコピーするという
コンビニコピーのような方法のことではなくて、
自動読取装置はご存知ですか?FAXとかにもある機能なんですが、
それはもう便利な機能で、束にした書類をセットしておくと
イッキにスキャンして、イッキにコピーしてくれるんです。
それでコピーをする時に元になる原稿を「通す」と言うのです。
図説してみました。自動読取が可能なコピー機は、フタの上に
この装置がついていて、手軽なコピーを楽しめるのです。
…皮肉にも会社のシーンを描いた時に資料にした
モーニング編集部のコピー機の写真がありました。
この機能、一般的な業務上の書類のコピーには便利ですが、
通った書類がグニャーっと曲がるので、漫画原稿には適しません。
しかもローラーみたいなのが原稿を流していくので、
トーンも剥がれてしまうし、トーンが中で絡まるとコピー機ごと
壊れてしまいます。漫画原稿にこれを使うメリットと言えば
『運良く何も起きなければ、手軽に手早く原稿のコピーが取れる』
ということ。後は特に思い当たりません。(ハラハラできるとか?)
普通の厚さの何も貼っていない書類でも時々詰まってしまいますが
普通の紙より厚く、更にはトーンまで貼ってある漫画の生原稿は
この機械に非常に詰まり易いのです。
詰まってしまうと原稿は次々飲み込まれつつ次々グシャグシャに
なり、破れたり折れたり裂けたりします。多分コピー機も壊れます。
賭けです。これはギャンブルなのです。
漫画の生原稿をコピー機に通すというのは、まず有り得ない、
「新入社員がやったらぶっ殺す」と言う編集者が居るほど
それはもう、出版業界でも都市伝説クラスのハプニングです。
「昔、生原稿をコピー機に通したバイトがこの世のどこかに
居たらしい」と聞いただけでも、大抵の編集者は腰を抜かします。
私それ、目の前で自分の原稿でやられて、担当編集者に。
もう本当にびっくりして、えーこの人、世界に2つとない
生原稿にもしものことがあった時のために取るコピーで、
もしものことが非常に起こりやすい自動読取機に
トーンだらけの生原稿突っ込んだー…と思って。
もう本当に、あの時は本当にびっくりして声も出なくて、
と言うか、あまりにも自然に堂々とやるから、
もしかしてモーニング編集部のやり方って全員こうで、
(※最近、モーニングの編集者に聞いたら勿論違いました。)
だからもし私がここで激昂して、担当編集者の胸倉を掴んで
「てめー私の人生より重い原稿に何すんだ食らすぞ!」って
(大げさだと思われるかも知れないですが、人件費を数十万円、
そして長い時間をかけて、一点物の原稿を作っているのです。)
怒鳴ったりしたら、もしかして私アウェーですか?と当時は思って
何も言えずに帰ってきた…というかもう、その時はパニックで
自分が見ている景色が本物かどうかを頭の中で疑うことで忙しくて
でもコピーされてきたやつ見たら私の描いた漫画のコピーが
出てきたからやっぱりそうなんですけど、これを見ながら私、
そりゃ、そりゃ1話目でトーンばっさり切れてるよ〜!と
思ったのでした。(1話目の項目参照)
悪気という自覚があってやったならまだいいけど、
ぼんやりして無意識にやったんだとしたら、
誰の原稿でも、通される可能性があるので不安です…。
原稿落ちるぐらいならいいけど物理的に裂けるとこだった…。
まさか『原稿がコピー機に巻き込まれて休載です』なんて。
又は『原稿急病のため、回復まで休載です』…?
結果的には、無事だったけど。(この件に関しても
既に編集長にお話ししてあります。「うそぉ、寝てなくて
ボーッとしてたんじゃないの!?」と半笑いで言われました。)
原稿がコピー機に通される時の気持ちは、
道路の真ん中に我が子を仰向けに寝かせて、その上を
ダンプカーが何台も走っていくところを見続けるような
気持ちです。この子が私の全てなのに…。
いろんなことあった。
何のはずみで言ったか知らないけれど、
心のどこかでそう思われていたらなら、
どう扱われても仕方なかったのかなー、と思う。
昨年の9月、
私の家に第八話の原稿を取り来てくれた担当編集が
玄関先まで見送りに出た私に
こう言って帰っていった。
えー(笑) そっかー。
そっかぁ。
私自身、諸々を整理する必要があり、お時間頂戴致しました。
2年間、拙作を支え続けてくださった読者の皆様方、
各誌にて拙作をご推薦くださったライターの皆様には
大変感謝をしております。と同時に、最後まで皆様から
頂戴したご声援にお応えし切れなかった事、
自身の不甲斐無さ、忍耐力の無さを切々と感じております。
何が起きたのか分からない、きちんと知りたい…という方、
またこの記事について思う事をどこかに書く予定のある方は
恐れ入りますが、事前に関連記事を通して御覧ください。
【この件に関する記事の一覧】
多くのこと…と思われてしまっても致し方無いほどに
細かな事情を、先月下旬のブログ記事に綴りましたが、
(何もかも終わってしまった今綴っているこの記事でさえ、)
語れる事以外は語っていません。
それと同時に、何もかもを突然ブログで発表したのだとは、
考えないでください。編集部側の関係者に対する私の感情の
最初の発表手段が、ブログであったとは決めないでください。
(ブログ記事という手軽な方法で伝わる程度の
ごく単純な事情で私が編集部と対立したのであれば
私の社会性は、欠如どころか、欠く程も無いでしょう。)
私は、
相手が真剣に受け止めて、心底から話を聞いてくれた時に初めて
"話を聞いてもらった"という状態が成り立つと考えています。
しかしながら、
"話をした"という状態は、それらの条件が揃っていなくとも
成り立つ筈だと考えています。(でなければ、警察に話したのに
真に受けて貰えなかったストーカー事件の被害者などは軒並み
"警察に話をしていない"…ということになってしまうわけで…。)
(又、私自身が雇用をする側である時、スタッフの切実な言葉を
いい加減に聞き流してきた非常に気まずい過去があるので、
"伝わってないことは話していないことだ"などとは言えません。)
相手が真剣に受け止めてくれて、心底から話を聞いてくれるまで
"伝わるように話した"という事実が認められないのであれば、
私はもう今後、人と関わる中での多くを諦めます。
伝えようと試みたにも拘らず真剣に受け止めて貰えなかった事、
聞き流されてしまった事に関して、「何も知らなかった」と、
言われてしまったとき、「何故直接話さずブログに書いたんだ」
と、問い質されたとき、どうしたらいいのか私は知りません。
(じゃあ、話す以外にどう話せば良かったでしょうか。)
残念ながら、連載終了と同時に取り消しとなりましたが、
単行本は話し合いの末『上巻450ページ・10月発売』
第1話〜第10話及び番外編を収録、で決定しておりました。
この決定自体は喜ばしいことのように思えもするのですが、
手放しで喜べる状態でもありませんでした。
「"中村さんの希望通り"上巻を」と言い張る先方の姿勢も勿論、
結論が出るのに時間がかかったこと以外の謝罪は一切無く、
編集部側の関係者には私が何に怒っているのか、
何に異を唱えているのか、お解り頂けていないようでした。
私が、原稿料が上がらない事に怒り、単行本が出ない事
(そのもの)に怒り、単行本の体裁が変わったことに怒り
…そうした、表面的な事に対して駄々をこねていると
編集部側には思われてしまったのだと解釈しております。
連載終了を告げるメールにも「この一ヶ月間のこと」と
記されていたので、つまり先方は6月の直談判以降の
1ヶ月間に対して私が憤っていると、認識していたのだと
読者諸氏には思って頂いて差し支えないと思います。
この件に関する先方の解釈を前提とした場合、私の姿は
『"単行本のことで1ヶ月モメた"というそれだけで
ブログに内部の事情を書いてしまう我慢の利かない新人』に
見えるのだと思います。
私にとっては新人賞受賞以降の2年間に感じた残念な気持ち、
それを引き摺って連載を始めてからの更に2年間。
…昨日今日始まったことではなかったのですが。
私と編集部側の誰かしかが関わった"日常的な出来事"と
今まで再三お話ししてきた内容を綴ったブログ記事を読み、
「中村さんの真意を知らなかった」「初めて知りました」と
驚かれてしまったので、私も驚いています。
先月の電話の後、現場では続きの原稿と単行本作業を進めつつ、
同時期に単行本に関する契約書の雛形も頂き、契約内容に
関する相談も進んでいたので、勝手に「譲って頂けたのか…」と
思い込んでおりました。(これは私の考えの甘いところでした。)
契約書の雛形を頂戴したのが、件のブログ記事公開後のこと
だった上に、インターネット上各所で話題になり、私のブログには
1日に1万人近い人が(サイトのほうにも数千人の人が)訪れて
いたので、(又、他社の編集者から何件も「話題になってますよ」
という連絡が入ってきていたので、)当然モーニング編集部でも
話題になってしまったのだろうな、と。思っておりました。
その後で、契約書の雛形が送られてきたのだから、
発売は決定なのだろうな、と。(…そうは思いつつも、
「でも発売するまでは発売決定じゃないんじゃない?」と
スタッフに笑いながら話したりもしていましたが。)
契約書の雛形を貰った段階で
「ブログを御覧になった上で、契約書をくださったんですよね?」
と聞けば良かったのだろうと思います。
とは言え、アシスタントの待遇は私の現場に限っての問題ですし、
編集部側との出来事は、今まであったことの一部分を控えめに
書いただけなので、連載終了と単行本の発売取り消しを告げる
メールに書かれた編集部側の「初耳です」というような反応は、
私にとって一驚を喫するものでした。
(私の驚きは連載終了や単行本取り消しに対してではありません。)
編集部側には、私がこういう行動に踏み切ったということ自体に
驚いた部分も勿論あるのでしょうけれど、ブログに綴られた情報は
新しいものではありません。私が業務上相手にするのは
現場スタッフと編集者のみなので、私と致しましては
「渦中ご一緒したではないですか」としか申し上げられません。
「私こういう記事をブログに書きたいのですが」と
プロットをお送りすれば掲載の許可が降りたでしょうか。
仮にブログ記事と同じ文章をお手紙としてお渡ししたら、
今と同じ重みで受け止めてくださったでしょうか。
くださらないでしょう。お手紙で済ませていれば、
連載終了も、単行本発売の取り消しも免れた筈ですが、
私の思うところは何一つ伝わらないまま流れたのだと思います。
お伝えしようとしても伝わらないまま終わった今までの通りに。
残念ながら、メールには「中村さんの本心を初めて知りました」
というような旨の文章が並んでいました。いずれにしても
編集部にとって芳しくない記事であることは一目瞭然なので
(実際は私自身にとっても、自身のイメージダウンに繋がる
不利益な記事であったと思いますし、)私が極めて大人的に
何もかもを噛み殺して黙っていれば今頃モーニング・ツーには
『10月22日発売 モーニング・ツー27号で連載再開』
『羣青(上巻) 10月23日発売!』
…という広告が入っていたのだと思います。
これはもう私自身、ごまかしようもなく、私バカでした。
水面下で起きている事が同じでも、私が第三者に話さなければ
万事丸く収まった。というわけですから。(…ですよね?)
"モーニング・ツーで連載することを中村さんは望んでいない"
"うちから単行本を出すことは状況悪化に繋がる"という言葉と
共に連載終了と単行本発売取り消しの旨が綴られていました。
前後の文面から推察するに、私が綴った記事を読んだ上で
私の気持ちに対して出した結論だと、仰っているようでした。
私は"「中村の真意、気持ち、が綴られた文章に対しての返答が
これである」と先方は言っているのだ"と、解釈してまいす。
しかしながら私は、これは第三者に向けて発信された
私の気持ちであったからこその返答であって、恐らくは
まったく同じ私の気持ちを、密かに編集者に宛てていたら、
違った結論を頂戴できたのだろうと想像しています。
例え私が「他の選択肢を考えます」と言い切ったとしても。
私の気持ちに対する返答では無く、公の場で内部事情を
明らかにした私、中村珍の蛮行に対する返答だと解釈しています。
上巻だけ出してもらってしまった後に、
「実はこんなことがあって」と同じ内容をブログに綴ったら、
やはりその段階で連載は終わってしまうのか、それとも、
売り上げが芳しければ流して貰えたのかは良く分かりません。
今思えば、とりあえず暫くは大人しく黙っておいて、
出すだけ出して貰ってしまえば良かったか、とも思います。
けれど、発売した後で出した者勝ちのような、
自分が(少なくとも今居る場所よりは)安全地帯に
避難してから何か申し上げるという事に抵抗があったので、
休載期間中に、記事を掲載するに至りました。
発売前、契約前。何もかもを白紙に戻せるこの段階で、
私が今までの(編集部側と私の間に日常的に起きていた、
ごくありふれた、ごく普通の)出来事を正直に話したら、
私と、私の今までの仕事が無かったことになるのか、
私の手元から単行本の可能性は消えて借金だけが容赦無く
残る状態になってしまうのか、それとも、
こんな最低の行為に出た新人に対してでも、「事実は事実」と
言ってもらえるのか、編集部がどういう判断をするのか
(これからのお仕事のことも考えて、)どうしても
知っておきたかったという気持ちがありました。
それからこれは、自惚れた「もしも」の話ですが、もしも、
暮らしがある程度楽になるほど単行本が売れて
私がそういう、大きなお金を手に入れてしまった後で、
「実は単行本発売前はこうでした」と、同じ事を話しても
(事後なので、これ以上に込み入った話を暴露したとしても)
きっとそれは、ただの苦労話になってしまうと思ったのです。
うまくいった人の「あの頃は辛かった」になってしまうと。
同じ話だと言うのに、今すれば、どうしようもない私の話。
後ですると、結果的にどうにかなった人の苦労話。
これは、連載初期の出来事を綴った記事に書いた
第四話の一件に対して思うことにも通じている気持ちです。
この仕事、確かに物事をある程度楽観視できないと
やっていかれないという面もあるお仕事だとは思うのですが
「結果的にうまくいったんだから良かったじゃん」というのは、
何だかやっぱり、少し違うのではないかな…と感じます。
終わり良ければ全て良し、という考え方自体は、私自身
それほど嫌いではないですが、それを強いられる事は
好みません。人を励ますときと、自分だけの問題の時は
この考え方で(恐らく)差し支えないとは思うのですが。
例えば私の心が相当弱くて、数百万円の借金に耐え切れずに、
「羣青の制作費を工面するのが辛い」等という遺書を残して
首でも吊って死んでしまった時には、私の葬儀の席で
(既に、私の葬式は出すなという希望を喪主になる可能性が
あるすべての人間に伝えてあるので、本来私の葬儀などは
行われる筈はないのですが、もしも私の葬儀があったなら、)
編集部の関係者は、私の側に居る誰かしかに、謝罪(もしくは
後悔)に似た言葉を溢すのだろうと、勝手に想像しています。
心からであるか、形式上であるか、「面倒なことになった」と
思ってするか、何を思ってそうするのか私は存じませんが、
大抵の場合、一応頭を下げて頂けるのではないでしょうか。
でも私はそんな形式的な対応は見たくありません。
「中村さん、お金ないのに何で絵にお金掛けちゃったの?」
と、棺に向かって言って欲しいし、
「中村さんが借金苦で死ぬ危険はあったけど、クオリティが
落ちるのはやっぱり困ると僕は思っていたから、中村さんは
死んだけど、僕の判断が間違っていたとは絶対思いません!」
と、私の亡骸に言って欲しいと願います。
(それからもしもこう思っていたら、これも言って頂きたいです。
「編集部だけ悪いみたいな言い方して死ぬんじゃねーよ!」。)
そこまでの弔辞を頂戴できれば私も浮かばれると思います。
というかもう浮かびます。
一説によると、会社経営者等ではない、民間人の借金は、
300万円を超えたあたりから自殺を考え始め、400万円あたりで
実行に移す人が多いそうです。人によっては100万や200万でも
死んでしまったり自暴自棄になってしまうわけですけども…。
(…逆に、借金数億円のまま平気で暮らしているという強者も
存在するので、吹っ切れた人は物凄く強いのかも知れません。)
私はこの前24歳になりました。自ら言うのは変かと思いますが、
それでも一応、世間的には"24歳の女の子"と分類される事が
まだまだ多いです。編集者さんからも勿論ですし、読者さん
からも、クライアントさんからも、そう扱われる事が多いです。
(別にそれが嫌だ、という話ではありません。)
20代前半、その前後の年代。傍目に見れば些細なことでも
死ぬ人は死んでしまいます。たとえ暮らしに困っていなくても、
職場や学校での人間関係で簡単に自殺する人も居ますし、
百万円程度のどうにかできそうな借金で死ぬ人も居ます。
(この"些細な"、"簡単に"、"どうにかできそうな"という
第三者の見方が当事者を追い込む?突き放す?わけですが。)
つまるところ、私が今後も引き続き末永〜く涼しい顔をして、
平気で生きている保証などは、実際どこにもないわけです。
200万300万の借金で首を吊るいい歳のおじさんが存在する以上、
所詮24歳が、それ以上の借金で死なない保証は無いわけです。
(すべてが制作費ではありません。私個人の生活費も含まれます。)
勿論、編集部側に「中村は絶対に借金では死なない」という
理由を伴う確信があるのであれば、話しは別なのですが、
少なくとも私自身は、私が借金で死なない理由を持っていません。
実際、今コロッと死んだら絶対に楽だといつも思います。
楽だと思うだけで、具体的に今死のう、死にたいなどと
積極的に行動したり願ったりはしませんけど、私も人なので、
この先この借金を返済しなければならないことを考えて、
ふと恐ろしくなります。酷く酔っ払ってしまったら恐いので、
最近、お酒を飲みたい時は誰かを誘うようにしています。
お酒が入ると、飲酒運転が良くないことだという判断が
できなくなって、車に乗って知らず知らずのうちに
人を撥ね殺してしまう人が居るように、私も素面の時以外は
正しい自己管理をする自信がそれほど無いので、万が一の
事態に備えて、意識がはっきりしている素面の時に、
アルコールによる判断力の低下が起きてしまっても、
明日も生き延びて、引き続き仕事ができるように…という、
最低限の自己管理をするようにしています。
そういう現状です。
私は将来、自分がどんなにお金持ちになれたとしても
今の自分を「結果良ければすべて良しだから」なんて
笑って思い出したりはしないだろうと思います。
ただ、これを思い出に昇華できないのはきっと私だけで、
もし私の暮らしが好転した場合には、私以外の関係者は
この現状を思い出にしてしまうのでしょうから、
(というか、いちいち思い出にはならないかも知れません。)
現状が現状であるうちに、話したかったのです。
私のために。
私は負債が編集部のせいだと喚いている訳ではありません。
しかし、ところどころで残念なことが起きた事実はあります。
各関係者の個人的な判断により私が被った赤字は、たかだか
20万や30万では収まらないわけです。それを埋めるために
暫定的なお金を作れば、新たな悪循環がそこに発生するのです。
私は編集部にお金を求めているわけではありません。
編集部側の関係者に、誠実性と慎重性を求めているのです。
読者諸氏、そして一部の編集者諸氏が虚像として
抱いておられる中村珍という何かが、
皆様と変わらない、一個人であること。ご想像ください。
あなたと会えば、ただの人間であること。生身であること。
また、個人に背負える物事の限界があること、
個人が企業と対峙すること、その時、何もかもを賭けること、
私と対峙している編集者が個人ではなく組織の一員であること、
生活の懸かった者と、生活の懸かっていない者とがする
二人三脚。如何なるものか、ご想像ください。
裸足で走る者とスパイクで走る者との二人三脚であったように
思います。地面に落ちていた物が足に刺さる瞬間も痛いのですが、
スパイクで素足を踏まれた時の痛みと比べたら何でもありません。
無痛で走る相棒に追いつかねば、「こいつはダメだ。甘い」と
ガッカリされる可能性が高いので、頑張って隣を走りますが、
隣を走っていると、スパイクに踏まれる機会は増えます。
それでも、踏まれる痛みより走れない苦痛のほうが漫画家には
耐え難いのです。だから、踏まれる分にも一緒に走るのです。
鯖読んだ〆切を伝えらたことで、間に合わせられるだけの
アシスタントを手配し、数十万円の人件費、交通費を
用立てる必要があったこと。雑誌・作者の方針と異なる方向に
物語を導かれ、丸1ヶ月間の作業が無駄になったこと。
編集長に一言「今後の方向性なんですが」と確認を取れば
済むようなことだったのではないでしょうか。後日私に
言われてから「あの時はほんとすいませんでした」と謝るより
よほど楽でしたでしょうし、よほど良い原稿が間に合ったと
私は想像しているのですが。それによって生じた人件費が
二十万円という大金であったこと。原稿料の支払い手続きを
丸ごと忘れられてしまった中、こうした急な出費が影響して
書面に表れている以上の赤字が次々生まれ嵩んで行くこと。
手元の現金を急に使い尽くせば、当然生活に歪みは生じます。
〆切を間違えられたことによって起きたスタッフの増員や
キャンセル。細切れで呼ばなければならずに生じた倍額の
交通費。待機手当て。諸々の穴埋め。
憶えておいででしょうか。
編集者本人がこれらの補償をする事はありません。
仮にこうしたことの末に金銭が動くことがあっても、
会社のお金が動くだけなので、自身の財産を損失することは
ありません。それこそ担当作家に殺されでもしない限り、
何を失敗しようと大抵の場合、人生は脅かされないのです。
だから、私が物凄く怒っているということが理解できなくても
仕方ないかなとは思います。知らないことは理解できない事、
それは仕方ありません。知識として知っていることを、
身に沁みて知っている事と勘違いしてしまう方は多いですが。
どれもこれも、編集者にとっては日常的な、取るに足らない
些細なことだったと想像しています。「あ、すいません」で済む、
ちょっとした予定変更のつもりだったのだろうと。
「お詫びのしようもありません」と一行、携帯メールが届いたり、
電話の冒頭で「この間はすいませんでしたほんと。で、今日の
用件なんですけど」と言われる程度なので、それにしても本当に、
何もかもが、どうってことない事だったのだと思います。
お詫びのしようもありませんとは言いますが、そうは言っても
「すみません」だとか「申し訳ありません」だとか「ごめんなさい」
だとか。いくらでもお詫びのしようはあると思うのですが…。
万が一この40年間「すいません」しか知らないまま生きてきて
しまったのであれば、もしくは年長者や目上の人、上司以外に
僕は屈しない!というポリシーでもあれば、私のような若輩に
「すみません」でないと済みませんケースの場合は、どうしても
お詫びのしようがないのかも知れないですが。大変残念です。
モーニングの漫画で、「すいませんじゃなくてすみません!」と
直された編集者の漫画があったように記憶しているのですが、
あれは漫画なのでファンタジーなのでしょうか。
どんなことでも、現場にとってはとても大きな事だったのです。
すいませんでは済みません。
連載開始当初は自腹で交通費を払い、原稿を届け、
漫画喫茶に宿泊して帰っていましたが、
連載の途中から、宿を取ってもらえるようになりました。
家賃より高い宿泊費の宿や、家賃に迫る宿泊費の宿に泊まる
贅沢は、(有り難いと思いますが、)とても複雑な気持ちでした。
ただ会うだけで食べられる高いお食事も、一食分のこのお金で
領収を切って貰えたら、スタッフの食費が1〜2ヶ月分
簡単に浮くのに、と思うと変な気分でした。
結局私はそれを口にして、美味しいと思ってしまうのですが。
私だけに万券くずさなくていいですから、うちのスタッフに
一人千円好きなもの食べさせてやって貰えませんか。
ハンバーガーにポテトがついただけで大喜びする人たちです。
「会社の金ですから、バンバン領収切っちゃってください」と、
お付き合いで言ったのでしょうけど、言われた時には
唖然としました。(この時の感覚は電車が動いている時間に
「いや、今日は僕もう疲れたので」と言ってタクシーに
乗って帰った姿を見た時に感じた羨望にも似ています。
ここ高田馬場なんだから、杉並区すぐそこですよね。でも
会社の金ですから、バンバン領収切っちゃってください。
この羨望は、打ち合わせに来て貰えるまで10時間近く
飲食店を梯子しながら徹夜で待って、1時間半で済むような
打ち合わせを終わらせて、これから電車を乗り継いで
地方まで帰らなければならない私だから抱いたものであって、
普通の人は抱かないのでしょうか。私の感覚醜いですか?)
以来、取材費等領収が切れる経費に関しては切っていますが。
会社のお金ではありますが、人気作家さんたちが描いた
原稿で稼いだお金でもありますね。(だから私の漫画の
一部は、先輩作家さんたちが支えてくれているわけです。)
こういう現状の中で描いてきた私の漫画も万一売れた場合には、
後進が描く漫画の血肉になるか、美味しい焼肉になるんですね。
連載を続けるにつれて、私が直面している日常と、
編集者と一緒に居る時の待遇の差がどんどん広がっていって、
最近ではもう、わけがわからなくなってきてしまいました。
モーニング・ツーでの連載開始前、私がまだ読切の
打ち合わせをしていた頃、「この日なら打ち合わせが
可能だから、東京に来たら連絡をください」と言われたので、
真に受けて東京に行ってしまったことがありました。
それまでの打ち合わせは大抵、当日に細かい時間を決めていた
ので、私は今回もそうなのだろうと思っていました。
連絡を入れたら、正月休みで出社していないとの事でした。
「休み明けに見るから会社にFAXを」という電話を
受けるためだけに私は、地方からわざわざ自腹で新幹線に乗り、
ネームを持って上京してしまったのでした。
もしかして、今回の「東京に来たら」に限っては、
「たまたま東京に来ていたら」の略だったのかも知れません。
でも仮にそうだったとした場合、私にとってこの上京が
たまたまではなかっただけで、「東京に来たら打ち合わせ可能」
という部分は、まったく果たされていないわけですけれども。
ド新人が、プロの編集者にネームを見て頂けるのですから、
(見て頂けないと新しい漫画家は誕生しないわけですが…。)
それだけでも嬉しいという部分は、今思い返しても、あります。
ただ、そうは言っても現実的に万単位の出費は苦しかったです。
更に、用事がないのに上京してしまったというのは、何とも
虚しいものでした。(東京が珍しい土地で、観光ができるなら
良かったのですが、私は東京都民だった事もあるので本当に、
何の用事もないのに遠出をしただけで終わったのでした。)
ちょうどその日は、「上京せずに済んだら成人式に出られた」
という、プライベートの私にとっては大事な日だったので、
特に鮮明に憶えています。…単に、頑張って買った振袖を
着たかっただけですが、打ち合わせのほうが大事だったので、
成人式はあっさりキャンセルしました。ただその打ち合わせが
上京して、ネームの送り方を電話で一瞬打ち合わせる内容なら
やっぱり振袖を着て成人式のほうが良かったです。
今だったら「あ、すいません」とか、
「ほんとにすいませんでした」とか、
きちんと謝って頂けますが、当時は今以上に新人でしたので、
謝って頂くことはありませんでした。
当時私は、他社の青年誌に(主に)お世話になっていたので、
打ち合わせの出費が嵩むことを避けるため、モーニングと
直接会って行う打ち合わせは、交通費が支給される他誌に
呼ばれたときだけにするように、予定の調整をしていました。
他誌の打ち合わせが終わった後に、モーニングの担当者の
「打ち合わせができます」という言葉を真に受けて、
ずっと待っていたら、連絡もないまま数時間が過ぎ、
最終の新幹線も出てしまい、電話をしたら「あと数時間で。」
朝まで待ったら「今日この後はキツイのでごめんなさい」。
宿に泊まって待った時にも(もちろん自腹)、明け方に
「別件が押して難しいので、後日FAXします」。
勿論、後日の後日まで待てどFAXは来ませんでした。
(結局何のFAXだったのか未だに分かりません…。)
こんな事を4〜5回繰り返せばあっという間に10万円です。
貯めておいたお金は、どんどん減っていきます。それらが
打ち合わせという建設的な行為に対する投資であるならば
何も構わないのですが、大抵の場合は、元東京都民による
東京見物という浪費で終わってしまいました。残念です。
それで「中村さん貯金は無いんですか?」などと聞かれては
さすがの私も、たまったもんではありません。
勿論お金も、貯まったもんではありません。
押した別件が気に食わないのではないのです。
自分より別件を優先されたことに立腹したりはしていません。
(別件というのは当然、雑誌にとって大切な作家さんの件
でしょうから、そちらが優先されるのは至極真っ当な事です。)
そういうことではないのです。
打ち合わせの予定は、間違いなく打ち合わせができる時だけ
組んで頂きたかったと、思っていただけです。
もしくは、(編集者が「打ち合わせをしましょう」と言った時、
それを真に受けない新人は社会的にどうなのだろうと、私は
思っていますが、)「もしよっぽど僕が暇で疲れていなければ
打ち合わせをしてあげられる可能性もなくはないので、
そう思っていてください。ただ、都内に滞在したりする事は
自己責任の範囲内で行ってくださいね」等と前もって言って
頂ければ、私も編集者さんが言う"打ち合わせ"を、気紛れな
行事として解釈できたので、助かったのだけど…と、思います。
他社から交通費が出ている(金銭の損失がない)のだから
この打ち合わせがなくなっても何の問題もないだろう、
新人なんだから待ってフられて当然だろう、程度に
考えていらっしゃったのだろうとは思いますが、
新人が新人でなくなった時の事を想像されないのでしょうか。
連載開始後暫くしてからは、経費で落として貰えるように
なりましたが、それ以前の私は、打ち合わせの出費が
痛手だったので、公園での野宿か、24時間営業のお店を
転々として夜を越すようにしていました。仕方ありません。
どうしようもなく疲れていて、尚且つお金に余裕がある時は
漫画喫茶に行きました。(運が良いとリクライニングチェアか
マッサージチェアの部屋に入れます。運が悪いと椅子です。)
確かに漫画を描き始める前の、専業フリーター時代も結構な
貧乏加減でしたが、だからと言って「だから中村さん、
こういうの平気ですよね?」とは言われたくありません。
公園に泊まる時は、遊具やベンチで寝ました。
雨の日は屋根付きの遊具もありますし、最悪トイレの
個室がありますから、濡れずに泊まることはできます。
適当に朝を待った日は130円の切符を買って、山手線の中で
寝るのが常でした。何周かして目覚めたら切符を買った駅の
隣の駅で降ります。こうすると宿泊費が130円で済みます。
他社から交通費が出ていようと、滞在が長引けば宿が必要です。
宿代が出せなければ、出せない人相応の過ごし方を
強行するしかありません。出先なので無駄な食費も嵩みます。
飲食店に滞在して夜を明かす場合にも必ずお金が掛かります。
何だって、無料ではありませんし、仮に私が(野宿する等して)
無料で済ませたとしても、それは私が無料にしたのであって、
本来は、安く済むものではありません。
以前、「宿には泊まらないんですか?」と聞かれた時に、
「勿体無いし、高くて払えないですから」と答えました。
続けて「だから山手線か公園に泊まるんですよ」と笑ったら
「中村さんて、バカですね!(笑)」と言われました。
その後に、言葉自体が何だったかは忘れてしまいましたが、
"好き好んでサバイバルをするって言うか"だったか、
"自らおかしなことをするって言うか"だったか、何か、
そんなようなことを笑いながら仰っていました。
悪気はなかったのだろうと思いますが、惨めでした。
まさか食って掛かるわけにはいきませんから、当時は
笑うしかありませんでしたし、私自身こういうことを
笑い事で済ませないと、やっていられませんでした。
野宿が大変だったら講談社に泊まっていいですよと
言われましたが、どうやら他社の用事か個人の用事で
上京した時に宿が無いのだと思っているようだったので
(それであれば、講談社のスペースを貸しますよ、という
話し方だったので)、なんだか遣る瀬無くなってしまい、
適当に(じゃあ、デビューしたら。と)お断りしました。
結局、デビューして、連載第1話の原稿を届けた時は、
泊まる場所もなく、原稿を受付に預けた後、
漫画喫茶に泊まりましたが。(ちなみに受付より奥地
…つまり社内、編集部の中には勝手に入れるものでは
ありません。「ちょっと泊めて」というわけには
いかないのです。受付で用件と言うか、どこどこの
編集部の誰それに用事があって、自分はどこの誰で、
自分の電話番号はこれで、その編集部の誰々さんと
今日会う約束があるのかないのか、それらをきちんと
係の人に提示した上で、来客バッヂをつけて入館する
…という段取りをきちんと踏まなければなりません。
担当編集者不在の状態で、気軽に寄って気軽に泊まれる
場所ではないのです。特に当時は、編集部内に
担当編集以外に連絡を取れる編集者は居なかったので。
最近だったら、どなたでも編集部に居る方に受付まで
ご足労頂いて「すみません羣青の中村ですけど…」で、
多分どうにでもなったところなのでしょうけれど。)
誰だって、自分が新人の間は「新人なんだから仕方無い」と
思って、多少の(業界的には不条理ではないかも知れないが
人間的には不条理に思えるような)不条理や理不尽に対して
言葉を飲み込むものだと思います。飲み込むものですが、
言葉に出来ていないだけで、思う事は人並みに思うのです。
新人だから何にでも耐えますが、耐えている新人は人間です。
"何も言わずに耐えた"と、"何も思わなかった"は、違います。
編集者の連絡を今か今かと待ちながら3時間4時間、果ては
5時間6時間、用のない街を歩き回って、結局中止になって
駅の窓口になけなしの万札を出してとぼとぼ帰る自分を
(そして、私の相手が誰であったのかを)忘れたりはしません。
打ち合わせの時、私の担当編集がよく言っていました。
「最近の新人は、なかなか育たない。」というようなことを。
本人のせいで育たない新人が多く居ることは事実ですが、
そこを差し引いても、…そうでしょうね。と思ってしまった
部分はありました。私のように底意地の悪い新人であれば、
「いつか見てろよ」という叛骨の一心だけで生き残る可能性も
無くはないと思いますが、「こんなことならもう…」と
漫画から離れていく新人も実際は居るのでしょう。
テレビが見たいだの、ゲームがしたいだの、遊びたいだの
という雑念に負けてペンを置いてきた人たちは論外ですが、
漫画を描く人間はそれなりに、原稿に対する愛着や、
漫画という存在に対する何とも言えない愛情を持っている
ものだと思います。元々漫画家になるつもりなどなく、
はずみで漫画業界に入った私でさえも、今、漫画に対する情は
尋常ではありません。きちんと漫画を描いてきた描き手が
ペンを手放したとき、又は手放しそうになった時、
「あんたの漫画への気持ちはその程度のものか」と、
乱暴に言う人も残念ながら存在しますが、
実際のところ、"漫画に対する気持ちがその程度"だった
わけではないと思うのです。私は、漫画に対する愛情や
読者に対する感謝を凌駕する可能性が一番高い厄介な感情は、
自分が関わった編集者に対する落胆か失望だと思っています。
漫画に対する気持ちそのものが減るというケースは
実のところ少ない筈だと思っています。(そう思いたいです。
漫画に対する切実な気持ちを減らさなかった人、人一倍
漫画に拘った人がプロの漫画家になっているわけですから。)
もし「あなたの漫画に対する気持ちはそんなもの?」という
漫画家の心を抑え付け好き勝手に動かせる魔法の言葉を唱える
可能性のある方がここを見ていたら、使う前に考えてください。
その言葉はあなたにとって相手の非を問う武器なのか、
それとも、自分の非を誤魔化す盾なのか。
何だかんだ言いましたが、(過去の自分や今の自分の該当部分を
含めて、)「何の役にも立たない新人に好待遇を!」とは
全く思っていません。先々の事を考えて、度を越えない程度に、
"人並み"の誠実さがあるといいですよね、というお話です。
残念ながら今となってはもう、どちらでも良いことですが。
それにしても、そもそもの認識が擦れ違っているな…と
思うのですが、編集部側の言うように、"この1ヶ月"の
問題であれば、私も然してああだこうだとは思わないのです。
この1ヶ月の件もまた、今まで来た連載開始からの2年間、
それ以前の事も含めて考えてしまうのであれば4年間の
延長線上に、残念ながら何の違和感もなく存在している
出来事であるので、私にとっては、何もかもひっくるめて、
1本の道だったわけです。その積み重ねに対して思う事が
あるだけであって、編集部側の言うような、"突然の事"では
ないのです。今回の一件が編集部の関係者には、突如発生した
地割れのようなものに見えたのだと思いますが、私にとっては
いつも続いていた、毎日歩く単なる道なのです。いつも通りの
景色であって、地割れのような、急な変化はありません。
歩けば歩くほど急勾配になるな…とは思っていましたが。
連載が終わり単行本の発売が取り消しになったことも、
多少驚きはしましたが、多分スタッフや読者諸氏ほど
驚いてはいないというか、違和感は感じていません。
いつも笑っている人が、突然物凄い形相で怒り出したら
人は驚き、違和感を覚えるものですが、いつも笑っている人が
いつもより大胆に笑ったところで、何とも思わないものです。
今まで現場に起きていた急な予定変更と似たような感じなので、
(本業の)失業に対するどうしよう、という事と、読者諸氏への
どうしよう、申し訳ない、この漫画をどうやって届けよう、
という気持ちは勿論切実にあるのですが、この措置そのものに
対して、私はきっと皆さんほど驚いてはいません。
記事をアップした段階である程度の覚悟をしていた、というのも
私が驚いていない理由になるのかも知れませんが…。
一回の原稿に対する予定変更は現実的な問題として
「どうしよう、1週間以内にあと15万円工面しなきゃ」だとか
「月末までに40万円用意しなきゃ…」だとか、「今から急に
ヘルプを募集したところで、原稿を仕上げられる腕のある
アシスタントが見つかるもんだろうか…」だとか。とにかくもう
すぐさま解決しなければならない目先の不安のオンパレードです。
尚且つそれらは「どうにかしようと思えばどうにかなりそう」な
事柄であるせいで、それを私がどうにか解決しないことには、
世間的には私の努力不足、対応力不足になってしまいます。
(そして果ては「中村は描くのが遅いからなぁ…」と言われ。)
私としては、原稿を載せなければいけないという責任と、
個人のプライドと、両方を賭けて、どうにかしないわけには
いきません。何しろ傍目に見て、どうにかできそうな事ですから。
ところが今回のように、話の規模があまりに大きく、
「羣青ごと終わりでーす」みたいな状態になると、
これはもう(私が起こしたことではあるけれど、)私個人に
どうにかできる規模の問題ではないので、諦めがつくと言うか、
驚くどころか(本当にもう不謹慎な発言だとは思うのですが、)
もう借金増えなくて済むんだ…と、安心までする始末でした。
この安心を覚えたとき、読者諸氏には本当に申し訳ないと
思いながらも、私は、でも、本当に安心したのでした。
多分今まで、物凄く先のことを恐がっていたのだと思います。
自覚以上に。(たとえ単行本が1冊出ようと、出まいと。)
ごめんなさい。
単行本発売取り消しの報と、連載終了の報はメールでした。
私は、こういう打ち切りに類する連絡は担当編集者が
肉声で行うものかと思い込んでおりましたが、
昨今は電子メールで連載が終わるのですね。
最後にお会いした2週間後に連載終了のメールが届きました。
少しだけ驚きました。(しかしそれは思い込みを裏切られた
という驚きであって、この対応に違和感は感じません。)
お会いしてから一ケ月経ちますが、以来、
肉声は一度も聞いておりません。
思い通りの原稿料を出して貰えればなにもかも解決したか、
すぐさま思い通りの単行本を出して貰えたら何もかもを
水に流して、晴れやかな気持ちになれたのか。
…実際、そんな見込みは殆どありませんでした。
そうでもして貰わなければやっていけない末期の状態であり、
逆にそういう表面的な埋め合わせが為されないのであれば、
何を支えに赤字を重ね続けたら良いのか、もはや分からない
状態でした。お金もない、担当者との信頼関係もない。
そうでなくとも、ストーリーの方向性やキャラクターの
扱いという、漫画の本分に対する意見が合致していない中、
印税もない。連載は続く。稿料は単行本発売まで上がらない。
単行本はなかなか出ない。掛けた制作費は10,000,000円。
(1ヶ月あたり40万の人件費でも2年で960万円なので不思議な額ではありません。)
現場は毎月動いています。毎月スタッフが居ます。
私は社会人である必要があります。自棄という甘え方が
許されていいわけはありませんでした。物事は夢物語の中で
動いているわけではありません。すべて現実的な出来事です。
漫画の中に生きているわけではないのです。
又、脇役が祈っただけで主人公がシュートを決める。…私達は
そういう世界の住人ではありません。現実の人間です。
どんなに無茶苦茶を言った後でも信じていれば原稿が間に合う。
そんなわけありません。漫画の主人公が非人道的な逆境に耐え、
人から言われるあらゆる言葉を前向きに捉えて成長できるのは、
そういう設定だからです。元々その言葉に怒らないように
できている設定だからです。生身の人間が漫画的な言葉に
対して、漫画的で都合の良い反応をするとは限りません。
漫画の台詞が心に響くようにできているのは、作者が
前後の展開を利用して、その台詞が読者の心に響くように
計算ずくで作っているからです。キメ台詞がキまるのは
キメ台詞がキまるようにプロがネームを切るからです。
主人公にスキを作ってあるからです。キメ台詞よりはバカに、
それまでの主人公を描いているからです。台詞が主人公より
愚かだと「そりゃあね」と主人公に言われて、場が白けます。
漫画の中の感覚と実生活の感覚を混ぜるのは危険なことです。
わざわざ「作家、中村珍にとってはすべての経験が仕事の…」
などと業務連絡中唐突にわれなくとも、百も承知で漫画家です。
何の人間関係も出来上がっていない、担当編集者というだけの
素性の知れない赤の他人に対して、私の人生がどうであったかを
事細かに話し、死ぬまで誰にも話したくなかったような事情を
話しながら2年間、この漫画を描いてきたのです。私の経験が
漫画のネタになっていることを私が知らずに描いていたとでも?
それは物語を描く人間が、他人に教わることではありません。
切り売りせざるを得ないんだということを、逃げ場の無さを、
切った本人だけが心底、痛感するのです。
原稿料だけでは制作費は絶対に足りません。発生した赤字を
潰すために必要なのが印税です。これが無ければ(それまで
纏まった貯金を作れる環境に居た人や、原稿の描き溜め期間が
あった人、又、その原稿だけやっていれば暮らしていられた等の
好条件にあった人以外は)、現場の健全な方法による維持は、
実質不可能です。昨日今日入った編集者でない限り、
まず間違いなくすべての編集者が知っている事であり、
新人である私でも知っています。知っているので、最初はどの道、
赤字に耐えるしかないということも分かっています。そして、
苦境に耐える作家の精神力を削ぐも補うも担当編集者次第です。
人間関係ひとつです。確かに、何十万円が積み重なって何百万円
という額になった赤字は、私にとって大変苦しいものです。
私は漫画か他の仕事で、全額完済するその日まで負債の責任を
負い続け、投げ出せない暮らしを堅実にこなすしかありません。
しかしながらそれに耐えられるだけの気持ちを分けて貰えれば、
話は少し変わってくるのです。(現に、そんな関係が一切なかった
私でさえ2年間普通に漫画を続けて生きてきたわけですから、
信頼関係があれば見える景色は格段と違うのだろうと思います。)
であるからこそ、担当者への感謝を惜しまず、赤字でも楽しく
仕事をする漫画家がこの業界の中に今も存在しているのです。
(勿論その人たちが常にお金の事を気にせず、軽やかな気持ちで
仕事をしているとは思っていませんが…。)その反面で、
担当者の名前を見ただけで(もしくは似た漢字を見ただけで)
吐き気を催してしまう漫画家も居たり、果ては、自分の担当者が
突然死んでくれればいいのにと思っている漫画家も実在します。
実際に担当者が急死した時に、悲しくないどころかホッとしたと
いう人まで居る始末です。(…かと思えば、担当編集者と結婚する
漫画家もいるわけですから、何にしても、"人による"のですが。)
人と人で仕事をしているのですから、相手を"自分と同じ"
一人の人間として意識すれば、大抵のことはうまくいくのです。
残念ながら、『自分はそういう意識を持って仕事をしている』
…という自覚を強く持って安心して仕事をしている人数に対して、
そういう意識で仕事をしている人数は、少ないように感じますが。
原稿を含む漫画関係の書類を丁寧に扱い、人の話を聞き、
精神的に邪魔をせず、余計な発言をして心に波風を立てず、
エゴではない面白い漫画を追求してくれるだけで良いのですが、
これは(人によっては)贅沢な要求なのでしょうか。
私には『連載の途中で(こちらの希望で)担当編集者を
代えて貰う事は絶対にしない』という決まり事があります。
これは私個人の決まり事です。
"簡単に代えられるのだ"と思ってやっていたら、些細な事で
我慢が利かなくなってしまいます。また、終わってみれば
和解(もしくは相手の本意に対する理解)できたかも知れない
ものが、終わりまで添い遂げるチャンスを失うことによって、
気持ちが離れたままになってしまうのは非常に残念なことです。
上層部に「担当編集者を変えないで欲しい」というお願いを
した事がありました。これは連載が始まる前ではありません。
連載が始まって、読者諸氏にお話しした今までの諸々があって
その上で、まだ最近の話です。こういう形で終わってしまった
今となってはもう分かりませんが、連載が終わってみれば、
素直に、「この人で良かった」と思えたかも知れません。
そういう可能性を易々と潰したくはありませんでした。
今思えば、一人の担当編集者との関係への期待など捨てて、
連載の途中だろうと新しい担当者と組んで再出発してしまえば
良かったのかも知れません。私は漫画そのものと、自分の漫画に
関わる人との関係と、重視するほうを間違えたのかも知れません。
"思うところ"が渦巻いている現在の私を上手に扱うことは
私自身容易なことではありません。心穏やかに仕事が出来たら
私にとっては何よりです。次の漫画もモーニングで描くであろう
(という予定があった)私自身の為に、終わってみたら良かったと
思えるものなのか、それとも単なる理想で終わってしまうのか、
確かめたかったのです。だからこそ私には現在の担当編集者と
この連載を遣り遂げる必要が、どうしてもありました。
と同時に、新しい担当編集者と落ち着いて仕事をするためにも、
今回の連載を円満に終わらせたいという希望を持っていました。
とは言え、そんな期待を強く持ちつつも、限界を感じていた
ことも事実なのですが。ならば関係の改善は見込めなくとも、
悪化だけは防ごう…と長い事思ってきました。
私にとってモーニング(ツー)編集部という組織は、わざわざ
叛旗を翻す真似をしてまで対峙したい相手ではありません。
個人的感情の面でも社会的立場の面でも、どの面から見ても
対立して得のある相手ではないのです。
今回の連載を円満に終えた時、得るものは大きかった筈です。
本当に、今にして思えば、本当に馬鹿な拘りを持ち続けて
自滅してしまったものだと思いますが、私には
『連載中に担当編集者を代えて欲しくない』という希望が
どうしてもありました。それを大前提とした時に、
雁字搦めになってしまった事は否めません。
先月、単行本の発売形式に関する電話を小一時間しながら、
私と編集部側との間にある溝、認識の違いを痛感してしまい、
電話を終えることになりました。(その認識というのは勿論、
単行本の発売方法という表面的な物のことではありません。)
あの一時、私は確かに「あーもうダメだ」と思い、
羣青が始まって以来初めて、急に様々なものを
投げ出したい気持ちになりました。今迄ふざけながら
何度もスタッフに口走ってきた「やってらんないよ」を
心底思ってしまって、初めて心底痛感してしまったので、
あの日は珍しくスタッフに「やってられないよ」とは
言いませんでした。ふざけて言えなかったからです。
「もうダメだ」(もうこの人とやれない)と思った結果
電話の向こうに居る担当編集者に対して、私が放ってしまった
言葉が、「他の選択肢を考えます。」でした。
(移籍の目処など全くついていないというのに。)
『担当編集者を代えないで欲しい』という理由の一つに、
誰かがこの連載の担当を引き継いだ場合、罪の無い人が
前任者の時に起きてしまった様々な問題諸共引き継ぐことに
なるのか…と考えると、忍びなかった…というのがありました。
ささくれ立ってしまった部分が数多くある以上、最後まで
同じ人に責任を取ってもらいたいと思っていました。
それに加えて(これに関しては私の意地かも知れません。)
"担当さんの大好きなものでいっぱいの、担当さんが読みたい
だけの漫画"、"担当さんの好きなものを出さないとネームが
通らなかった打ち合わせ"に耐え続け、自腹で東京に通った
連載開始当初(またはそれ以前)の私は一体何だったのだろう
と思うと、途中で担当編集者が代わってしまうというのは、
私にとって遣り切れないものでした。この人とこれから先
長い連載をやらなければいけないのだから、という理由で
大くの事を堪えた私は一体何だったのだろうかと思うと、
馬鹿馬鹿しい努力をしてしまったようで、無念です。
担当編集者の意見がすべて盛り込まれた場合にも、
漫画の名義は私です。
「この部分だけつまらなかった」という意見を読者諸氏から
多く貰った時、つまらなかった部分が担当編集者の発案による
部分だった時の悔しさと言ったら。
「これさえ無ければ最高だった」と言われた「これ」が
担当編集者による仕事だった時の遣る瀬無さと言ったら。
何を描いても何を描かされても、私の名前で載るのです。
自分が受けた試験に自分が落ちるのは構いませんが、
他人が自分の名前で受けた試験で落ちたら、嫌です。
担当して頂いてから今にちに至るまで、
(少なくとも私の主観では)
「どうしてこれが面白いと思い込んでいるのだろう」
「この展開、新人賞だったら負けますよ?」という提案を
ひたすら繰り出し続ける相手が、私の漫画が載るか否か
(つまり私の漫画家人生の何もかも)を掌握しているのだという
不安は、とてつもなく大きいものでした。この不安を自力で
覆してから終わりにしたいという気持ちがありました。
私には担当者に、「編集者が思う面白い漫画が読者にとって
必ずしも面白いとは限らないのだ」という最低限の自覚を
して貰う必要がどうしてもありました。他の編集者のことは
私の与り知るところではありませんが、私の担当編集者には、
「こうすれば漫画は絶対面白い!こうすれば人気が出る!」
という稚拙な思い込みの域を抜け出して貰う必要がありました。
編集者のためではなく、担当される私自身のために。(附随して、
今後担当される新人諸氏のためにもなると思いますが。)
自分のためだからこそですが、たとえ〆切直前であっても
漫画の内容に関する議論を徹底する努力をしてきました。
結局、私の議論に応じすぎる姿勢(常時臨戦態勢だった?)
のせいか、いつしか打ち合わせらしい打ち合わせは無くなり、
結果的に私が勝手に描いている昨今の羣青ですが…。
こう書くと、「担当の意見に聞く耳を持たない自己中心的な
漫画家だ」とか、「結局自分のアイデアが通らなかった事が
嫌だったんでしょ」とか、思われてしまうかも知れませんが、
気分的に嫌だった、というだけの問題ではありません。
ごくごく個人の主観や趣味嗜好に偏った発案を論破するために
〆切までの限られた時間の中で長い時間を割かなければ
ならないことは(そうでなくてもお金も時間も無い中、
他の仕事もしてお金を稼がなければならない中で)
業務上、非常に困ることなのです。
私が商業ベースの業務から廃絶して欲しいと願っているのは
"この食卓にはこの料理が並んでいるべきだと思う。"
"なぜなら僕の好物だし、僕の周りの人もみんな好きだから。"
"だから読者も好きなはず!"
…というレベルの(…にも関わらず1時間以上、
時には日を跨がないと終わらない)打ち合わせです。
これはディティールについての打ち合わせではありません。
この漫画の主人公のディティールと、
担当編集者の人生のディティールと、
どちらを私の原稿に描くか、どちらを取るか、という
食うか食われるかの争いなのです。掲載を決定する権限を
先方が持っている以上、こんなことでも真剣に話し合って、
(特に相手が自分の好みに対して相当に頑固だった場合には)
徹底的に論破していかなければならないのです。
これを怠るとネームが担当編集者の好みで染まり、
運悪くその漫画が失敗してしまった時などは間違いなく
「あの人が自分の好みばっかり押し付けたから…」と
恨む事になってしまいます。それは避けなければなりません。
誰も恨まないためにも、納得行くまで話し合う必要が
漫画家には絶対にあります。又、編集者にも、自分の意見が
一個人としての意見なのか、一編集者としての意見なのか
見極める必要が不可欠であると、私は考えています。
無差別な対話の拒絶はしません。時間を削ってまで話すなら、
話し合いの中身は、載せる原稿(又はネーム)の作業時間を
削るだけの価値のある内容であって欲しいと願うだけです。
雑談を拒んでいるのとも違います。
そういうやり方をしてきた上で、こういう衝突が起きてきた
事実があった上で、私は私、担当編集者は担当編集者、各々
自分が支持した展開や設定に読者がどういう反応を示すのか、
最終的にこの漫画がどう終わるのか、何が読者の心に残るのか、
共に見届けるべきであるし、共に見届けたいと思っていました。
又、最終回までにはきちんと、制作の段階から担当する状態に
戻って頂きたいと思っていましたし、第1話から最終話まで
携わることによって、見直して貰いたいものが多くありました。
そのためにも私は『この人と最後まで』を、強く望んでいました。
そして最後に、担当編集者に対する、今も残っている
純粋な感謝による『代えないで』という気持ちも、実はあります。
(感謝の内訳は、細かく説明できないものなので割愛します。
離婚する妻が夫に「あなたには感謝もしてるわ」と言う時の
複雑な感じと似ているのではないかと思います。)
当たり前ですが、私の連載ネームを担当し、連載開始に至る
プロセスの中に間違いなく存在していた人です。
私の不手際(のみ)で原稿が間に合わなくなった際、各方面に
ご迷惑をお掛けした際、現場と編集部・製版所・印刷所の
間に立ってくれるのは間違いなく私の担当編集者です。
そういう時に感じた申し訳無さや不甲斐無さ、感謝は
私の中に残っています。きちんとした打ち合わせをした頃も、
確かにありました。建設的な打ち合わせも幾度もありました。
それらも私の中にしっかりと残っています。
それでいて、他の様々な問題も並行して起きてしまうので
こちらも感情のコントロールがとても難しいのですが…。
傍目に見ればくだらない拘りのように思えるかも知れませんし、
怨み辛みと、こういう感情が共存することを疑問に思う方も
いらっしゃるかも知れませんが、私にとって、今の担当者と、
『この人と最後までやる』ということは、大切なことでした。
そして、勿論その「ありがとうございました」は
(健全な家庭で育てられた)子が母に言う
「ありがとう」のような純度の高い清々しいものでは
ありませんが、様々な感情を内包したものであろうとも、
できることなら「ありがとうございました」と言える程度まで
関係を持ち直してから、連載を終えたかったと思います。
感謝したり、恨めしく思ったり、一緒に仕事をしていると、
気持ちが物凄く忙しくなるのです。どの感情も私の中に
強く実在しているので、なんだかどうしようもありません。
個人的な拘りによって、単行本の発売をち続けてくれた
読者の皆様方を裏切る結果になってしまったこと、
最悪の結果を招いた今、どうお詫びして良いか分かりません。
ごめんなさいと言うべきかどうか悩みながら、果たして
"御免"という言葉で免じて頂けるものかどうか考えております。
こうした情けない逡巡については、本当にごめんなさい。
「作画クオリティを落とされては困る」「絶対ヒットさせたい」
「そのためにも、作品のクオリティを維持して貰わなければ」
…という担当編集者による意見。
それならばと思いクオリティの維持を続けた末に待っていた、
「モーニング・ツーは制作費を掛けずとも面白い漫画が
できることを証明するために作った雑誌だった」
「お金ないのに何で絵にお金掛けちゃったの?」
…という上層部からの言葉。
聞く順番が違っていたら、少しは違ったのではないかと
思わずにはいられません。赤字は勿論出たでしょうけれど、
もう少しやりようがあった筈…と思ってしまいます。
「人件費大変でしょうね」と言いながら「今回の絵は良かった」
「このページのこの背景は格好良かった」と褒め、その上で
「クオリティを落とされては困る」などと言うのだから、
つまり制作費が苦しいことを知りつつ、質の高い作画を求めている
…"経済は苦しくて当然。クオリティは高くて当然。"という
難しい要求をされているのだと思い込んで今まで描いてきました。
制作費が苦しいことを承知の上で、クオリティの維持を求める
…ということは、制作費が苦しくて当然のクオリティで仕上げろ
…ということであると、解釈し続けてきました。
それから、品質を落とさないことに気を遣った理由の一つに
"単行本作業"の問題もありました。雑誌掲載時のミスや
どうしても間に合わなかった箇所などの加筆修正をする段取りを
"単行本作業"等と呼びます。
表紙や、描き下ろしのイラスト、オマケ漫画もこれに含まれます。
これらの作業に原稿料は一切発生しません。
私の場合は、単行本は連載終了後と言われていたので、
上下巻であったとしても1000頁。
上中下巻であった場合には1500頁という物凄い量の単行本作業を、
無収入の状態で行うことになります。
現場としては、これは非常に恐いことなのです。
これがある限り、落ち着いて次の連載に移れません。
かと言って、雑誌掲載時でさえクオリティを求められていたのに、
そんな編集部から出す単行本がいい加減なクオリティでいい筈が
ありません。(と、私は解釈していました。)
一体どの程度の期間で終わるのか想像もつきません。
終わるまでに人件費が持つかどうかも分かりませんでした。
だから単行本の作業量を雑誌掲載時に減らす必要がありました。
つまり、直さなくて済むクオリティの原稿を雑誌に載せてしまい、
それをそのまま単行本に収録する、ということです。
そうすることによって、単行本作業量の増加を食い止めることが
できます。これに関して担当者も意義を唱えなかったので、
やはり、徹底したクオリティの単行本を仕上げることを
求められているのだな、と、私は解釈していました。
現場のキャパシティを超えた商品の制作を強行し続けたことは
経営者として失格であると自覚しています。ただ、漫画家が
(まして、今作に自分の将来が懸かっている新人作家が)
クライアントの要求を聞き流すことが出来たろうかと考えると、
今考えてもいつ考えても、難しいところだったと感じます。
「クオリティをさげるな」「維持しろ」と言われたら、
疑問を抱かず、そうする新人が殆どだと思っています。
(戦地に赴いて死ね!を疑問に思わない軍人のようなものだと
思います。なんとなく、玉砕してもそれまでみたいな感覚が
私にもありました。)
…文章だけで黒字の作画と赤字の作画の説明をしても
分かりにくいと思うので、これに関しては別の記事を
用意しました。ご一読頂けますと幸いです。
(→関連記事:制作費の赤と黒)
編集部対漫画家の話題が目立ってきている昨今ですから
こうした件の度に、読者諸氏の間に「編集部ってやつは…」
という認識が定着しつつあるのを感じます。
舞台裏の話を暴露している私が言っても、果たして
どれだけの人が真に受けてくださるかわからないのですが
編集部は悪の巣窟ではありません。(中には漫画ではなく
漫画家の人生を編集してしまう人も居ますが…基本的には)
漫画を編集をする人たちが集まっている場所が編集部です。
色んな人が編集者をやっているだけです。その組織が
編集部と呼ばれています。悪魔の集団ではありません。
一般企業の一部署です。
私は、今回の件を綴るとき
"編集部"という全員を一遍に指す名詞を極力避けています。
基本的には、個人(又は該当者の立ち位置)を示す言葉を
選んで記事を綴りました。編集部という組織(それはつまり、
様々な個人の集合、またその集合体に属しているすべての
個人)に対しての特別な感情は、抱いていないからです。
大体私は「編集部が」と言えるほど、編集部の人と面識が
ありません。編集部のすべてを知りません。
その編集部に所属する全ての編集者に担当されるまで漫画家は
「××編集部はダメだ」などとは絶対に言うべきでありません。
(そんなご縁はもうないでしょうけれど、万が一今後
私に声を掛けてくださるような編集者が居たとしたら
私はその人と積極的に漫画を作ってみると思います。
たとえその人の所属が、モーニング編集部であっても。
私とその人の間にはまだ、何も起きていないわけですから。)
今回の連載が終了した今現在、私には
一般的な漫画雑誌に5人の担当編集者が居ます。
漫画の仕事は悪いことばかりではありません。
編集者と会うことは業務上楽しみのひとつでもあります。
私は打ち合わせが好きだし、頑張った原稿を担当編集に
渡す瞬間はとても嬉しいし、自分の担当者が胸を張って
自分の担当をしてくれたらいいなと思って漫画を描きます。
「私の担当さんに恥かかせるような原稿は描かないでくれ」
と、スタッフにも頻繁にお願いしてきました。
問題が起きた時にしか編集者の話題は出ません。編集者の
個人名は出ないので、"編集部の一件"として話題に上ります。
日々淡々と、時に忙しなく、漫画家と共に働いている
編集者が世間で話題に上ることなど先ずありません。
私は今後も(自身で決めている引退の時期までは)
漫画の仕事を続けるつもりでいます。一緒に仕事をしたい
担当編集者が居るからです。紙を隔てた世界に暮らす
漫画の中の人間に対しても、それらを紡ぐ作者に対しても、
誰に対しても誠実な編集者を私は今後も信じます。
僭越ながら、願わくは私が、漫画を大切にする編集者の
片腕になれるように。こうなった今、今後の中村珍が
進むべき方向を共に考え、前向きな提案をしてくれるのは
私の担当編集者です。
それから、雑誌「モーニング・ツー」が私を追い出したとは
思わないでください。モーニング編集部という組織の全てを
非道だとは、決して思わないでください。件の記事掲載後、
読者の皆様から「モーニング2なんて二度と買いません」という
お便りを何通も頂きました。それは私に対する応援であったのだと
解っていますが(ありがとうございます。)あなたの好きな漫画が
載っている限りは、是非読んでください。あの雑誌に載っている
漫画を描いている皆さんは、私と同じ漫画家です。様々な苦労を
して今に至った漫画家です。モーニング・ツー連載作家諸氏は
この件とは一切関係ありません。又、諸先生方が信頼している
(であろう)担当編集者が、モーニング・ツーを編集しています。
雑誌がなくなった時、路頭に迷うのは編集者ではありません。
漫画家を応援してくださるのであれば、漫画を買ってください。
私は、従来の増刊に対して挑発的な増刊、モーニング・ツーで
連載できたこと、又、そういうことができる編集者の居た雑誌で
連載ができたことを、離れた今でも変わらず、誇りに思います。
私を世に出してくれたのは、モーニング・ツー編集部でした。
こうして私が何かを綴っていると、皆様から見れば
私の頭の中である程度整理ができているように見えるのかも
知れません。(見えない?)
しかしながら今はまだ、様々な思いが交錯しております。
かと言って、いつまでもこのままでは居られないので、
これから、羣青の受け入れ先(又は出版方法)を模索しつつ、
読切漫画や挿絵、廉価版コミックなど、とにかく
実原稿が発生するお仕事を頂戴できるように努めながら、
暮らしていこうと思っています。
今まで応援してくださった読者の皆さん、ごめんなさい。
羣青がこの先どうなってしまうのかまだ分かりませんが、
最善は尽くそうと思います。尽くそうとは思っていますが、
一つの区切りですので。最後になりましたが…、
ご愛読ありがとうございました。
(中村先生の次回作にご期待下さい…。)
また誌面でお会いすることができたら、
それが羣青でなくとも、ページを捲って頂ければ幸いです。
ただ、もう一度皆様に羣青のページを捲って貰いたいと
願っています。本当にごめんなさい。
ありがとうございました。
……………………最後にちょっとだけ余談。
皆さんはスクリーントーンを御存知でしょうか。
漫画原稿で影とかを表現するために貼る点々がプリントされた
フィルムのことなんですけどね。
袋の裏に注意書きがあるんですよ。(クリックで拡大できます。)
「コピー機に通したらダメよ」って当たり前のことですけど、
書いてあるんですよ。コピー機に通してはいけないのです。
通すっていうのはつまり、パッタンパッタンするフタを開けて
書類を置いてフタを閉めて、スタートを押してコピーするという
コンビニコピーのような方法のことではなくて、
自動読取装置はご存知ですか?FAXとかにもある機能なんですが、
それはもう便利な機能で、束にした書類をセットしておくと
イッキにスキャンして、イッキにコピーしてくれるんです。
それでコピーをする時に元になる原稿を「通す」と言うのです。
図説してみました。自動読取が可能なコピー機は、フタの上に
この装置がついていて、手軽なコピーを楽しめるのです。
…皮肉にも会社のシーンを描いた時に資料にした
モーニング編集部のコピー機の写真がありました。
この機能、一般的な業務上の書類のコピーには便利ですが、
通った書類がグニャーっと曲がるので、漫画原稿には適しません。
しかもローラーみたいなのが原稿を流していくので、
トーンも剥がれてしまうし、トーンが中で絡まるとコピー機ごと
壊れてしまいます。漫画原稿にこれを使うメリットと言えば
『運良く何も起きなければ、手軽に手早く原稿のコピーが取れる』
ということ。後は特に思い当たりません。(ハラハラできるとか?)
普通の厚さの何も貼っていない書類でも時々詰まってしまいますが
普通の紙より厚く、更にはトーンまで貼ってある漫画の生原稿は
この機械に非常に詰まり易いのです。
詰まってしまうと原稿は次々飲み込まれつつ次々グシャグシャに
なり、破れたり折れたり裂けたりします。多分コピー機も壊れます。
賭けです。これはギャンブルなのです。
漫画の生原稿をコピー機に通すというのは、まず有り得ない、
「新入社員がやったらぶっ殺す」と言う編集者が居るほど
それはもう、出版業界でも都市伝説クラスのハプニングです。
「昔、生原稿をコピー機に通したバイトがこの世のどこかに
居たらしい」と聞いただけでも、大抵の編集者は腰を抜かします。
私それ、目の前で自分の原稿でやられて、担当編集者に。
もう本当にびっくりして、えーこの人、世界に2つとない
生原稿にもしものことがあった時のために取るコピーで、
もしものことが非常に起こりやすい自動読取機に
トーンだらけの生原稿突っ込んだー…と思って。
もう本当に、あの時は本当にびっくりして声も出なくて、
と言うか、あまりにも自然に堂々とやるから、
もしかしてモーニング編集部のやり方って全員こうで、
(※最近、モーニングの編集者に聞いたら勿論違いました。)
だからもし私がここで激昂して、担当編集者の胸倉を掴んで
「てめー私の人生より重い原稿に何すんだ食らすぞ!」って
(大げさだと思われるかも知れないですが、人件費を数十万円、
そして長い時間をかけて、一点物の原稿を作っているのです。)
怒鳴ったりしたら、もしかして私アウェーですか?と当時は思って
何も言えずに帰ってきた…というかもう、その時はパニックで
自分が見ている景色が本物かどうかを頭の中で疑うことで忙しくて
でもコピーされてきたやつ見たら私の描いた漫画のコピーが
出てきたからやっぱりそうなんですけど、これを見ながら私、
そりゃ、そりゃ1話目でトーンばっさり切れてるよ〜!と
思ったのでした。(1話目の項目参照)
悪気という自覚があってやったならまだいいけど、
ぼんやりして無意識にやったんだとしたら、
誰の原稿でも、通される可能性があるので不安です…。
原稿落ちるぐらいならいいけど物理的に裂けるとこだった…。
まさか『原稿がコピー機に巻き込まれて休載です』なんて。
又は『原稿急病のため、回復まで休載です』…?
結果的には、無事だったけど。(この件に関しても
既に編集長にお話ししてあります。「うそぉ、寝てなくて
ボーッとしてたんじゃないの!?」と半笑いで言われました。)
原稿がコピー機に通される時の気持ちは、
道路の真ん中に我が子を仰向けに寝かせて、その上を
ダンプカーが何台も走っていくところを見続けるような
気持ちです。この子が私の全てなのに…。
いろんなことあった。
何のはずみで言ったか知らないけれど、
心のどこかでそう思われていたらなら、
どう扱われても仕方なかったのかなー、と思う。
昨年の9月、
私の家に第八話の原稿を取り来てくれた担当編集が
玄関先まで見送りに出た私に
こう言って帰っていった。
えー(笑) そっかー。
そっかぁ。