「政権選択」を争点に民主圧勝、自民大敗に終わった衆院選。各党とも今回もインターネットを使ったPRに力を入れたが、中でも大きな注目を集めたのは、自民党が積極的に展開した民主党へのネガティブキャンペーンだ。米国では頻繁な選挙戦術の日本での効果を検証した。【岡礼子】
■「政治活動」と
「僕に交代してみないか。子育ても教育費もOK、高速も乗り放題」--。鳩山由紀夫・民主党代表に似た顔の男性がささやく甘い言葉に、女性が「お金は大丈夫?」と不安げに応じるインターネットのアニメーション。そのあとに、「根拠のない自信に人生を預けられますか」とナレーションが続いた。
自民党が公式サイトに開設した「日本の未来が、危ない」というコーナーで、だれでも閲覧できる選挙向けアニメCMの一つだ。鳩山氏似の男性が登場するアニメCMは3作あり、冒頭は「プロポーズ編」。動画共有サイトのユーチューブでは3本合わせて130万回以上、再生された。
自民党はサイトに民主党批判のアニメCMとパンフレットをアップし、パンフレットは自由にダウンロードできるようにした。サイトでは「甘い政策で国民を欺き、本心をひた隠す民主党の実態」と厳しく批判。「労働組合が日本を侵略する日」「民主党には秘密の計画がある」などと不安をあおった。自民党は「これまでは自民党が批判を受ける一方だったので、民主党のおかしさを知らせるために始めた」(広報本部)と説明する。
ネットの利用者に受け入れられている動画を取り入れるべきだとの声が自民党内から上がり、実写と合わせて制作を決めた。テレビCMに比べ、コストがかからないことも利点の一つだったという。05年の前回衆院選までは法定ビラ以外の文書配布を禁じる公職選挙法に配慮して、公示後はホームページを更新しなかったが、自民党は「総務省はネットを使った選挙活動は認めていないが、政治活動は認めている。政治活動の範ちゅう」と更新を続けた。
■低い好感度
有権者はどう受け止めたのか。東京都内の投票所で聞いたところ、無職男性(66)は「非難するばかりじゃだめ」と厳しい。大学院生の男性(27)は「野党と逆転したみたい。ここまできたかと思った」とあきれた様子。このほか、「知らない」「(投票には)関係ない」といった声が目立った。主婦(37)は「若者向けに分かりやすくしていると思った」と話すが、好意的な意見は少数だった。
ネットマーケティングを手がけるカティサーク(東京都)の押切孝雄社長は「セミナーで紹介すると、鳩山氏似の顔の登場人物がずっと出ているので、民主党のCMかと思ったという人がいる。政党を意識せずに見た人も多いのではないか。逆に民主党に注目を集める結果になったとも考えられる」と指摘する。
これに対して、党内からは「選挙が終わってみれば結果は芳しくなかった」(広報本部)との声もあり、麻生太郎首相は先月31日の会見で「選挙戦で効果はあったか、なかったか。両方だ。一概に悪かったとも言えないし、一概によかったとも言えない。ネガティブキャンペーンを主にやって当選した人もいる」と述べるのが精いっぱいだった。
民主党は泥仕合を避けて、取り合わなかった。
■「永田町学院小学校の太田くん」反響--公明「ユーモアで」
公明党は今回、テレビCMをやめて、代わりにネットを重視する戦略をとった。同党ネット企画部によると、テレビCMは1本15秒と短い上に、コストがかかり何本も流せない。しかし、ネットは低コストで動画を流せ、見る人も関心を持って検索しているケースが多く、主張が届きやすいと考えた。「多くの有権者にとってネットが不可欠になっているので広く伝えられるのでは」という。
「永田町学院小学校」のまじめな「太田くん」が登場する動画など、実写とアニメを含め16本を公開。ガラスを割った同級生が、やったのは誰かと問い詰められ「秘書が……」と言い訳するものが注目された。党ホームページのウェブムービー欄では、「太田くん」には、お坊ちゃま育ちで「マンガ好き」の同級生がいると紹介していた。動画は「マニフェストに掲げた『清潔政治を実現』を、ネット向けにユーモアを加味して表現したもので、ネガティブを狙ったものではない」。
票に結びついたかどうかは検証方法がないが、党のホームページだけで計約100万回再生されるなど一定の効果はあったと分析。しかし、敗北を受け「次回のCM戦略は再検討したい」としている。
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早稲田大大学院教授で、政策動画を掲載する「e国政」を運営する早大マニフェスト研究所長の北川正恭氏と、選挙プランナーで、コンサルティングを手がけるアスク社長の三浦博史氏に、今回の選挙のネット戦略について聞いた。
最近の選挙ではマニフェストが重視され、企業や団体ではなく一般有権者に訴えなければならない。インターネットは伝達手段の一つになった。ネガティブなものもポジティブなものも、ネットを使ったキャンペーンは広がっていく。
自民党のネットCMはその一つの兆しではないか。ネットの影響力にようやく気がついて、ネガティブキャンペーンに乗り出したのかもしれないが、戦略的なキャンペーンには見えない。マニフェストなどと合わせ、一貫したキャンペーンが打てれば、ネットCMも投票に結びつく。
今回は、急に思いついてこわごわ展開したという印象で、ネガティブキャンペーンとしては中途半端だった。若干プラスになったかもしれないが、すでに政権交代の大波が来ていたこともあり、「さざなみ」程度の影響だったのではないか。もっとウイットが利いて格好いいとか「まいった」とひざを打つような内容なら、少しは違ったかもしれない。批判パンフレットの方はセンスが悪い。CMは毒にも薬にもならないが、パンフレットは毒になる。
ネットを使ったキャンペーンはスタートしたところで、進化はこれからだとみている。ネガティブなものだけでなく、政策動画のようなポジティブなキャンペーンも、もっとうまくなっていくだろう。
ネガティブキャンペーンの本質は、事実に基づいて相手を攻撃することで、別に悪いことではなく、日本でも普及しつつある。
自民党は96年の衆院選で、当時野党の新進党に対して新聞広告で見事なネガティブキャンペーンを展開した。消費税3%の公約について、新進党がかつて増税論を主張していたことを揶揄(やゆ)してそれは成功した。しかし、今回は失敗だ。ネガティブPRで自民党の票はさらに減ったと思う。票田だった農林水産業や高齢者の支持を失っていたのに、信頼を取り戻す努力をせずに民主党を批判するのは戦略として間違っている。
唯一、ネットのアニメCMは良かった。ネガティブであってもユーモアがあった。インターネット利用者に対しては、戦術を分けた方がいい。勤労者が多く、自民党の支持層は少ない。どちらかと言えば民主党が強いが、それ以上に圧倒的に無党派層が多い。そこでネガティブキャンペーンを展開しても自民党の票は減りにくい。ネガティブキャンペーン発祥地の米国では、選挙戦略に基づいたネット戦術があり、動画配信やブログによる口コミでネガティブキャンペーンを展開するケースが急増している。大統領選でも、候補者の行動を一つ一つ対比させ、勝たせたい方をほめ、負けさせたい方を批判する、という戦術をブログなどを使って無数に展開した。
毎日新聞 2009年9月7日 東京朝刊