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自公政権崩壊/新しい政治への扉/2/命脈尽きた延命装置2009.09.03 日刊紙 1頁 総合 (全1,268字)
「自民党は10年前に公明党と連立を組み、政党としての自立性を失っていった。公明党の側では、『平和の党』『福祉の党』という看板を投げ捨て、医療改悪や自衛隊海外派兵に大きく舵を切った。双方『生き残り』のため、政党としての独自の理念を投げ捨て、ただ権力にとどまりたいという政治的堕落だった」 2003年の総選挙で東京12区(北区と足立区の一部)の自公協力による公明党幹部擁立に反対し、自民党を除名になった安田勝彦北区議会議員はこう述べます。そのときの候補が公明党の太田昭宏現代表でした。
「今回の選挙では自民党支持者には、二重の閉塞感があった。『構造改革』を進めてきた自民党の選挙をやること自体に対する閉塞感。選挙協力で公明党の選挙をやらされることに対する閉塞感だ」。安田氏は実感をこめて語ります。
基盤崩れ 実際、「自公協力」の裏では、自民党の支持基盤の大きな崩れが起きていました。「医師会は強引に『太田』でまとめたが、下からの突き上げでかなりの部分が民主で動いている」「神社の総代会など典型的な保守が『今度は民主』といって動かない」-。自民党関係者からはこんな声が次々ともれてきました。
「自公政権退場」を求めるごうごうたる世論を前に、危機感を募らせた公明党・創価学会は、全国動員のもとにすさまじい「追い上げ」をはかりました。
公明新聞8月26日付1面に「太田危うし!」の大見出しが躍ると、太田代表は全国遊説を中止し、選挙区にはりつきました。宣伝カーを2台走らせ(1台は「比例」用)、「負けられない」と「絶叫」。自民党地元区議、都議らも宣伝カーに乗せて「太田支持」を叫びました。
最終盤には、創価学会員の芸能人を先頭に「万単位」の学会員が戸別訪問で選挙区内を歩き、有権者からは「怖い」という声も出ました。
自公合同の選対会議では、こうした公明党・創価学会の動きに対し、「自民党の名簿を使って訪問や電話をするのはやめてくれ」という声も上がったといいます。
しかし、そうした声もかき消され、「鹿島」「大成建設」など複数の大手ゼネコンから建設下請け関係者に「太田支持」の電話が入ったという証言もありました。
それでも太田氏は、衆院解散後に立候補表明した民主党の青木愛候補に1万票以上離され惨敗。日本共産党の池内沙織候補は「政策の軸が明確で論理もある」と共感を広げ、3万1475票と健闘。「反自公」の票は「自公連合」に4万票以上の大差をつけました。
8区全敗 今回の選挙で公明党は、候補者を擁立した8小選挙区で全敗。太田氏をはじめ、北側一雄幹事長、冬柴鉄三元国土交通相など、党幹部が軒並み議席を失い、「党存亡の危機」とさえ指摘されています。公明党候補を自民党が総力を挙げて支援する「逆協力」区の敗北は、自公政権の「崩壊」を象徴しています。
歴史的退潮にあった自民党を学会員票で支え、小選挙区での当選を可能にしてきた自公選挙協力は、「自民党政治の延命装置」でした。しかし、今回の選挙で自公全体が大惨敗を喫し、命脈も尽きたことを示しました。
(つづく)
しんぶん赤旗