まずは『れでぃーふぁあすと』だってばよ!!!
サクラちゃんがいつも言ってるのだ。『これができない男は最低よ!!』って。
その割にはサスケがサクラちゃんの先になにかをしても怒鳴りつけないのはおかしいけれど、やっ
ぱりサクラちゃんの言うことはいつも正しいから。
だから、まずはいのん家だってばよ!!!
君が差し出すその手のひらを
―――Ino's father―――
やまなか花の店主の目に外をそわそわと行き来する金色のぽわぽわが入った。
おや、あの子は確か・・・・・・・・・。
水入れをざっと洗い終わった彼は、外の男の子に声をかけた。
「君、ナルト君だろう?どうしたんだい?」
驚いたにしてはビクッと必要以上に体を震わせた子供はずいぶんと不安そうな眼をしていた。
「あ、あの、サス・・・・・・・・じゃなかった、いのちゃんいますか?」
俯き加減でなるべく目をあわさないように、こわごわとナルトは尋ねた。
その様子にいのの父親は胸を痛ませた。
遠目で―――といっても上忍であるから、随分と距離があったが―――子供達に混じってじゃれ
あっているときは、ほんとうに楽しそうに笑っていたが、大人を前にした今は、可哀想なほどおどおど
としている。
その責任は里の大人が握っていた。
その事実に心底この子にもこの子の父親にも申し訳なく思って―――父親のほうには実にありが
たい読経も共に―――優しく笑いかける。
「いのはまだ帰っていないようだが・・・・・・・・・・・これから君は用事はないかな?」
帰っていない、という言葉を告げると、すぐさま回れ右をしそうだった子供に誘いかける。
「暇だったら、お茶しないかい?」
自分でも言い方が変だと思ったが、目の前で青い大きな目が零れ落ちそうなほど見開いた子供の
顔にどうでも良くなった。
どうにもナンパくさい台詞だったとふと彼は冷静に後で気が付いた。
店の看板をクローズにして、仕事場の奥にある瀟洒なテーブルに子供を促した。このテーブルは花
に囲まれてお茶ができるので、ちょっとした人気になっている。故に何時の間にか、やまなか花では
喫茶店の真似事もやるようになっていた。
「紅茶は好きかな?」
カチンコチンに固まって、椅子に座ったナルトに彼は笑いかける。
「だ、大丈夫だってばよ」
あまりの様子に笑いが誘われて、つい顔がほころんでしまう。
「そんなに緊張しなくてもいいよ」
けれども子供は運んできたアフタヌーンティーセットを見ると、手放しで驚き喜んだ。
「すっげー、お菓子がたくさんあるってばよ!!」
スコーンにマフィン、クッキーにケーキ、それに小さなサンドイッチが華奢な三段の銀の食器に並ん
でいる。
「そんなに喜んでもらえると嬉しいな、これはおじさんが作ったんだ」
「えっ、このケーキもぉ!!?」
その思わず出した自分の大きな声に子供は我に返ったようだった。少し、恥ずかしそうに上目遣い
でこわごわと窺うその青い目に優しく微笑んでやる。
そうしたら、安心したように子供は笑ってくれたのだ。
「おいしそうだってば」
満面の笑みでそう言ってくれた子の手元に紅茶を注いであげた。
この子の場合はシロップとミルクは大目がいいだろう。
すっかり警戒の解けた子供ははしゃぎながら、ここに来た顛末を話してくれた。
「イルカせんせーとね、カカシせんせーがオレにいっぱいクリをくれたの!」
差し出されたこの子が重そうに背負っていた鞄の中には、ほんとうに栗しか入っていなかった。
「イルカせんせーはね、オレのアカデミーのせんせーで、カカシせんせーは今の第七班のせんせー
なんだってば!」
有名なカカシ上忍の話は言うに及ばず、イルカ中忍のこともこの頃では有名になっている。
しかし、これはどっちがどっちでも草葉の陰の彼は激怒すること間違いない。
自分だって、子供の伴侶になる子ならば、妙な男達より可愛いほうが良いに決まってる。
大きく口を開けて、子供はケーキを頬張った。
「けど、おいしーってば!!」
にしししし、と笑った口の端にスコーンに塗ったジャムがくっついていた。それを手を伸ばしてティッ
シュで拭いてあげると、一瞬、この子は泣きそうな顔をした。
「ありがとうってばよ!!」
そしてまた嬉しそうに笑ったのだった。
目の奥に少し涙をにじませながら・・・・・・・・・・・。
それでまた、自分達がこの子にどんなに酷いことをしてきたのか知った。
こんな些細な世話を焼いてあげる人がいない程、この子は独りで生きてきたのだ。
こんな些細な世話を焼いてあげただけで、泣きたいくらい嬉しくなるほど、この子は愛情に飢えてい
たのだ。
例え、この子に何にもしなかったにせよ、これは自分の罪なのだ。
何にもしなかったこその罪なのだ。
「おじさん、ほんとに料理が上手だってば!!」
それでも、ここで屈託なく笑う子供はほんとうに美しい。
「・・・・・・・・それじゃあ今度、ナルト君が持ってきてくれた栗でモンブランを焼いてあげよう」
にっこりと、この子供のためだけに微笑んでやる。
「そのときは呼ぶから、また食べにおいで」
それはそう遠くない未来だろう。
また、目が零れ落ちそうなくらい見開いた。
「あ、ありがとうってば!!!!!」
子供の金色の髪と青い瞳は彼譲りだったが、それでも子供は彼よりずっと綺麗に笑ってくれた。
いい人だったなぁ。
夕焼け小焼けの帰り道。ナルトは元気よく歩きながら、家路を辿る。
おとうさんって、あんな感じなのかな?
自分ではもう望めない、望むことさえ怖い、それでも想わずにいられない人のことを想像する。
大きくて、あったかい手だったなぁ。
優しい目だったなぁ。
ぽかぽか、ぽかぽかと心が温かくなる。
また食べにおいでって言ってくれたってばよ!!オレがもってったクリで、もんぶらんを作ってくれ
るって言ってくれたってばよ!!!
もんぶらんとはクリのケーキののことだと、おじさんは教えてくれた。
お裾分けって、いいことばっかりだってば!!
ナルトは満面の笑みで帰っていった。
「お父さん、何コレ?」
いのが任務を終了させて、くたくたになって帰ってくると、テーブルの上にはすごい量の栗があっ
た。
「ああ、おかえり」
「ただいま。で、なにこの栗?」
紅茶を注いでくれている父親に重ねて訊く。
見れば見るほど常識を知らないくらいの量だ。
「ナルト君が届けてくれたんだよ。お裾分けだそうだ」
もう、夕飯時だというのに、キッチンに向かってこの父親はケーキ作りをしているらしい。鼻歌まで
歌って嬉しそうだ。
「ふ〜ん、お裾分けねぇ」
少し、顔がほころぶのが止まらない。あの子とここまで仲良くできたのが証明されて嬉しいのだ。
ナルトが持ってきたというなら、この大量の栗もわかる。
ならば、普通人に寄越す量を知らなくても当然だし、自分の担当上忍や、親友であるあの子と同じ
班の女の子がこの事の一部始終を面白おかしく聞かせてくれたのだから。
「あの子がねぇ・・・・・・・・っっ!!!」
がしゃん、とソーサーに幾分乱暴にカップを置く。
「・・・・・・・・お父さん?」
いのはようやく、あの子どもが里の大人に理由の分からない悪意を向けられていることを思い出し
たのだ。例え自分の父親だとしても、それは許せないことなのだ。
「あの子に何かした・・・・・・・・?」
甘い匂いがあたりに漂っている。休むことなく、彼は答えた。
「一緒にお茶したよ。素直でいい子だね。お父さんの作ったお菓子を喜んで食べてくれたよ」
非常に機嫌よく父親が素直に言ってくれたのを聞いて、いのは緊張を解いた。
やっぱり私のお父さんね。
きっと今の言葉に嘘はない。それくらいのことはわかるつもりだ。
しかも、父親の機嫌を見て、ナルトの事を気に入ってくれたのだと嬉しくなる。
「何作ってるの?」
「うん?モンブランだよ。ナルト君と約束したんだ、この栗で作ってあげると。上手くできてるといい
なぁ」
どうやら、味見用のケーキがもうすぐ出来上がるらしい。
本命はナルトに食べさせるつもりだろう。
「ナルトは甘目が結構好きよ」
そんなアドバイスをして、いのは口に紅茶を含んだ。
「ああそうか、ありがとう」
父親はマロンクリームの味を確かめた。
「いの、お父さんは無愛想な黒髪黒目の王子様より、金髪碧眼の可愛い子の方が、婿にはいい
なぁ」
いのが紅茶を噴き出したのは言うまでもない。