森本敏防衛大臣補佐官に聞く
新政権下の防衛諸課題

「安保政策の変更は控えめになるのではないか」と語る森本防衛大臣補佐官(防衛省で)
景気回復、弱者救済などを主な争点とした総選挙で民主党が大勝、間もなく新政権がスタートする。北朝鮮の核開発など日本を取り巻く安全保障環境は極めて厳しいが、内政問題中心の論戦の陰で、新政権の安保・防衛政策の方向性は必ずしも明らかではない。テロとの闘いの一翼を担うインド洋の補給支援やシーレーンの安全を確保する海賊対処、あるいは周辺情勢の変化に対応するための防衛計画大綱の見直しや米軍再編問題など、当面する防衛政策の諸課題はどう展開していくのか。さる8月1日付で初代の防衛大臣補佐官に就任した森本敏・拓殖大学教授に聞いた。(聞き手は川畑伯編集局長)

「防衛問題について内外にメッセージを発したい」と語る森本補佐官と、右は本紙の川畑編集局長(防衛省で)
極端な政策変更は控え
対等な日米関係を模索
多国間協力にも軸足
―― 総選挙の民主党圧勝で間もなく新政権が発足します。選挙中の論戦は主として内政問題だったため、新政権の安全保障・防衛政策についてはあまり明らかではありませんでした。安全保障問題は国際情勢に対応している以上、政権の如何にかかわらず、そう選択肢があるとは思えませんが、例えば民主党はインド洋の補給支援の中止を掲げています。そうした政策の転換はあるでしょうか。
森本敏防衛大臣補佐官 間もなく発足する新政権の安全保障、防衛政策については、民主党が今回の総選挙でこれらの政策を必ずしも大きな争点とせずに選挙を戦って圧勝という結果になりましたが、国家というのは国家の存立があってはじめて、いわゆる生活関連問題を進めることができるわけです。政権を担当すると、安全保障とか防衛問題はその日から決断を迫られるわけで、いわば待ったなしということだと思います。その意味において、政権・与党にとって選挙の争点であったかどうかということと、国として必要な決断をし、政策を進めていかないといけないこととは、いささか趣きを異にすると思うんです。
新政権の優先課題という面から見ると、当面は外交とか防衛、安全保障政策を大きな政策の柱に挙げてドラスチックな政策変更をすることは控えめにしつつ国家の安定を維持して、できれば来夏の参院選挙で民主党が再び圧勝して、より安定した政権をつくりたいと思っているのではないか。そうだとすれば新政権になったからといって安全保障政策や防衛政策が大きな質的な変更を見るということは予期していないのです。
他方、民主党が今まで明らかにしていた政策を分かりやすく言うと、その一部がマニフェストに示されているように、日本がアメリカに対してもっと率直にものを言い、かつ、日米同盟にあまりに大きく依存してきた体質を是正して、もう少しグローバルな国際社会の中での多国間協力に軸足を置いていこうとしているのではないかと考えます。もっとも、それが政策上どういう意味合いを持っているかということは、政権ができてからよく注視しないと、にわかには断定しがたいところがあります。
このコンテキストで今のインド洋の補給支援についていうと、民主党はかねてより、この活動は米国の要請によって始めたものだと考えており、従って法律上の根拠が失効する来年1月には撤退したいと言ってきました。しかし、この活動は必ずしも日米協力という面だけではなく、国際協力という面でも、あるいはインド洋を航行する日本船舶の安全航行に必要な情報収集という面で、それが日本のエネルギーや国家の生存にかかる重要な役割を果たしているということから、日本の国益を追求するのに非常に重要な役割でもあるので、この活動は是非とも続けて欲しいと私は思っていますし、また、そうすべきだと思います。
ただ、政権公約とは言わないまでも政権としての基本的な方針を明らかにしてしまっているので、どのようにしてインド洋だけではなく、アフガン、パキスタンを含めた、地域全体の安定のために日本が包括的な協力ができるか、アフガン協力の全体枠の中でインド洋の活動をどのような形で捉えたらよいのか、新しい大臣にお力をいただきたいと思っています。
―― ソマリア沖の海賊対処については。
森本補佐官 海賊対処は民主党から見ればインド洋と少し違うと思います。インド洋の活動は最初は対米協力という要素もあったけれども、海賊対処は国連安保理決議という根拠に基づき日本の国益に直結する活動として日本の船舶、日本人の安全を維持するために行っている活動ですから、民主党はこれに対し前向きに対応するのだろうと思います。ただ、連立政権としてどういう政策調整ができるかということが重要なカギになるので、ここのところはまだ政権ができてみないと何とも言えないと考えています。
―― 日米同盟一本やりから、より多国間に軸足を置くのではないかと言われましたが、それは米軍再編問題などにどう影響してくるでしょうか。民主党は地位協定の見直しなども提起していますね。
森本補佐官 民主党が考えている日米同盟の姿というのは、従来の日本の保守政権下で、アメリカ側から要求されたから、それを実現することが日米同盟に寄与することだという考えは、日本の安全保障政策の手段と目的が転倒しているという見方をとっている。日米同盟に目的があるのではなく、本来、日本としてどうあるべきかということが政策の基準であって、日米同盟を良くするためにこういう政策を進めたらよいという考え方はやめようということだと思うんです。日本のためにどうしたらいいか、沖縄の利益のために何をどうすべきかが基準にあって、それで必要な交渉を進め、日本のポジションをアメリカに率直に伝え、日米同盟の土台に乗せる。それが基本的な考え方だと思うんです。
その上に立って日本がアメリカといわば対等な気持ちになって言うべきことをきちっと言えるような日米関係にしたい。そういう基本的な考え方が民主党の中に非常に支配的なので、米軍再編もおそらく従来の枠組みを変えるとか、あるいは日米関係がそれによって後退していくというようなことを新しい政権が考えているとは私は思えないし、そうならないと思います。
繰り返しになるが、新しい政権は外交とか防衛とか安全保障政策でドラスチックな政策変更をしようとは考えてはいないが、今までのようにアメリカに要求されたことを引き続きやりますという手法はとらず、あくまで日本として何が言えるかを突き詰めて、言うべきことをきちっと言おうということだと思うんです。
アメリカ側がこうした日本の新しい政権の体質を正しく理解すれば日米同盟は健全で信頼関係のあるものに引き続きもっていけると思うんですが、今のところアメリカの一部のメディア、専門家の中にはマニフェストそのものだけを読んで、それを英語にしたらどう考えても少し反米的だということで懸念が広がっていますが、私は、あくまであのマニフェストに書いてあることは、選挙戦で国民に民主党がどういう党であるかという説得する手段として書いたもので、実際の政策を進める時には書いているとおりにはならないと思います。
例えば日米地位協定の改定を提起すると言っていますが、地位協定の本体を変えることなく、例えば地位協定の下でも日米間の経費の分担とか環境問題、あるいは裁判管轄権といったいろいろな課題に包括的に対応できるような、例えば新しい特別取極めのようなものについて日米で話し合うことができれば、それは自民党政権にはできなかったもので、いわゆる前進になるでしょう。そういう方向になるのではないかと思います。
防衛費 削減に歯止めを
新政権下でもより精強・強固な組織に
―― 日本を取り巻く安全保障環境は現在、極めて厳しいものがあると思いますが、そういう状況下で例えば大綱の見直しを先延ばしにするといった動きもあります。そのへんはどう見ておられますか。
森本補佐官 この一年間ぐらい今の政府・与党の中で検討してきた大綱見直し作業を、もう一度民主党が元に戻して再検討するという作業が本当に進むのかどうか新政権の対応を注視したいと思います。できれば今年末までに現在の大綱を見直す作業が行われ、新しい中期防ができて、来年度予算が編成されることが望ましいと今でも思っております。しかしながら民主党としては、自民党時代に行われた見直し作業をそのまま受け入れるということはしないと繰り返し言っているし、安防懇の報告書が出た直後のテレビ番組でも前原誠司さんが、民主党になったらこれは必ず見直しますと強調しておられました。
新しい政権になって見直しが実行されるというのであれば、少なくとも年末までに作業が全部完了することは、いささか期待しがたい。しかし、これが遅れることによって日本の防衛政策に穴を開けるわけにはいかない、従って来年度予算については、ご指摘のように北東アジアの情勢を考えると、防衛費が7年連続で削減されているという状態は決して健全なものだとは思われないので、防衛費の削減傾向に歯止めをつけて、来年度は少なくとも、前年度比でプラスに転じた予算レベルにしていただき、それを前提として大綱見直しと、新中期防の作成作業を取り急ぎ行っていくということが必要だと考えています。
ただ、安防懇の報告書の1章・2章のところは、政権が変わろうとも、国の根幹にかかわる基本的な認識が表明されていて、少し理解しにくい文章表現もありますが趣旨において大幅な修正が行われる可能性は低いのではないか。3章の現実の政策措置については、これは民主党としての特色を出す必要があるということだと思うのですが。
―― ところで、防衛省改革の一環としてつくられた大臣補佐官制度は、民主党の言う政治主導とも通じるところがありますが、この制度は今後、有効に機能していくでしょうか。
森本補佐官 いかなる制度でも最初の3年、最初の3代の間に、正しい方向付けができるかどうかによって、制度が生きるかどうかが決まるものです。現在の補佐官制度は、石破大臣(当時)の問題意識から始まったものですが、民主党が言っているように官僚制度に依存せず、かつ、天下りの制度として使わないとすれば、それ以外で大臣を補佐できるような有識者をどう育てるかということの方が、重要だと思います。実のところ元次官や統幕長をおやりになった方が、しかるべき時間をおいて、大臣を補佐なさるのが一番正しいが、それは現実の政治の中で難しいということになると、防衛省・自衛隊の経験がない人で、防衛問題で大臣を補佐できるような、そういった有識者がさほどたくさんいるとは思えず、これはなかなか難しい話だと思います。
私がどういう意味で補佐官をお受けしたかというと、補佐官制度の趣旨そのものである大臣の補佐ということもありますが、現在の防衛省の抱えている諸問題についての理解を、内外に広めるために、国民に語りかけること、国際社会に向かってメッセージを発すること、それは大臣1人ではなかなかできないので、それをお手伝いしようということであり、もう一つは、新しい政権ができたときに、民主党を含め与党に各部会ができるので、それに向けて仕事をするには、時間も努力も相当必要だと思います。立法府の人が防衛問題にきちんと精通をし、正しい理解をしていただかないと、我々の政策は正しく動かないわけです。大臣が部会にことごとく出て行って、何かお話になるということは、なかなか難しく、時間の余裕もないでしょう。
だから私がやろうとしていることは、大臣に付いて大臣を補佐することだけでなく、むしろその知識を外に持っていって、外で大臣を補佐する活動をするというのが、私に与えられた役割なのではないかと思っているわけです。
―― 政権が交代しても防衛省・自衛隊の役割に基本的な変化はないわけですが、その点について隊員に伝えたいことがあればお願いします。
森本補佐官 大事なことは、やっぱり国民は生活するための身の回りのことに非常に関心があって、これは国民としては当然のことで、それをうまくマネージするのが政府の重要な役割ですが、しかし我々の生活の日々を豊かにかつ安定させるというのは、国があっての話です。国家というものが基本的に安定していなければ、豊かな国民生活がないわけです。一般の人はあまり身に染みて感じないかもしれませんが、国家の防衛力というものがきちっとしていない国というのは必ず国内が不安定になり、周りに狙われる。国の中が豊かであるためには、きちっとした防衛力を、しかも精鋭な状態で持つということが必要です。
新しい政権の下で、今申し上げたように防衛政策というのは少しの間プライオリティーが低いかもしれない。そういうときに、隊員の方々にめげてもらっては困る。そこは自分たちの組織の存在目的をしっかり考えて、よりコンパクトで精鋭な、かつ強固な組織をつくりあげようという意識に立ってもらわないと、いざというときに使えない国防力は国の任務には役に立たない。政権のプライオリティーとは別に我々は当然やるべきことを整斉としてやるべしということを隊員の方々に知ってもらうと同時に、日本社会にそのメッセージを発することが私の重要な役割ではないかと思っています。