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社説

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9・11から8年―「テロとの戦い」を超えて

 画面に映し出されたブッシュ米大統領の張り詰めた表情を思い出す。

 8年前の9月11日、ハイジャックされた旅客機がニューヨークの世界貿易センターや首都の国防総省に突っ込み、3千人以上が犠牲になった。

 テレビを通じて「これは戦争行為だ」と語ったブッシュ氏は犯人への報復を誓い、国際テロに対する「戦争」を宣言した。

 アフガン攻撃で始まった「ブッシュ氏の戦争」はイラク攻撃につながっていく。イラクだけで9・11テロの犠牲者数を超える米軍兵士が命を落とした。それをはるかに上回るイラクの民間人が犠牲になった。

 そして今年、「対テロ戦争」の正義を訴え続けたブッシュ氏に代わって、オバマ大統領が登場した。新政権のキーワードは「イスラムとの和解」である。「対テロ戦争」は「暴力的過激主義との対決」にとって代わられた。

 8年間に及ぶすさまじい破壊と犠牲、悲しみと怒り。その教訓に立っての変化である。相手を「テロリストか否か」で単純に二分し、「テロリスト」とみなせば圧倒的な軍事力でたたくという路線からの転換だ。

 非民主的な政治や不正義、貧困、経済の停滞といった、過激派への支持を生んでいる土壌に切り込む。文化や宗教の異なる人々とも対話を通じて信頼を築いていく。そんな新しい戦略が読み取れる。

 この方向性を世界は歓迎した。日本でも、ブッシュ流の対テロ戦争支持の自民党から、イラク戦争に反対した民主党に政権が交代する。自民党時代とは違う、日本の主体的な外交や支援の取り組みを構築すべき時である。

 だが、いったん始めた戦争は簡単に終わらせられない。対話を掲げるオバマ大統領が直面するのは、この冷厳な現実だ。とりわけアフガンにはオバマ氏自身が、必要な戦争として米軍の増派を進めている。しかし、状況は悪化の一途をたどっているように見える。

 政権を追われたタリバーンが勢力を盛り返した。現地政権の統治能力にはもともと疑問符がつく。欧州諸国などが派遣する国際部隊にも犠牲者が急増している。相次ぐ誤爆で多くの民間人が犠牲になってもいる。各国で駐留継続への疑問が高まり、英独両国は治安回復に向けた国際会議を提唱した。

 部隊増派を繰り返しても結局解決できず、不名誉な撤退を強いられる。そんな「第二のベトナム化」の懸念さえ米国の内外で語られ始めている。

 アフガニスタンをどう再建するか。いま世界が直面するもっとも難しい課題の一つだ。しかし、はっきりしていることがある。イスラム社会との対話を深めることなしに、イスラム過激主義にうち勝つ道は見いだせないということである。

財界―政治とともに変わる時だ

 自民党政権を支え続けてきた財界が、政治との関係について転換を迫られようとしている。

 民主党中心の鳩山連立政権の誕生後どういう役割を果たしていくのか。問われているのはそのことだ。

 自公政権下では日本経団連会長らが経済財政諮問会議の民間議員として政策づくりに深くかかわった。新政権は諮問会議を廃止し、新設の国家戦略局で政策の骨格を決めるという。財界幹部からは「意見を聞いてくれなくなるだろう」との嘆きが漏れる。

 だが、政権交代は新しい時代の始まりである。財界は自らの役割を見直し、政治の大変動に対応して変化の道を探る勇気を持つべきだ。

 90年代後半からの自公政権の最優先課題は「経済の再生」だった。「失われた10年」のまっただ中で産業競争力を強める政策が求められた。

 企業活動の自由度を高めた商法改正や派遣社員を拡大した労働者派遣法改正など、産業界が求める政策が実行された。財界の声も力も一丸となり、発言力も強まった。

 しかし、今後は一枚岩の財界が政権与党に経済政策を求めるという構図ではなくなるだろう。その具体例が地球温暖化対策だ。

 民主党の鳩山代表は温室効果ガスについて「2020年に90年比25%削減」という目標を打ち出した。経営への影響が大きい鉄鋼や電力などの業界は反発を強めているが、エコ商品などの需要拡大を期待する業界では評価する声もある。新政権の環境政策を巡って財界内部での意見の相違が目立つ場面も増えるのではないか。

 過去を振り返っても、財界と自民党政府の息が常に合ったわけではない。高度成長期には政府による経営への関与を財界がはねつけようとしたし、コメ開放を長らく拒んだ自民党の農業政策にも財界は不満だった。経団連会長が「財界総理」と呼ばれたころの石坂泰三氏は閣僚らに「もう君には頼まない」と啖呵(たんか)を切り、丁々発止の関係だったとされる。

 新政権は企業・団体献金廃止を掲げるが、経済界は自発的に献金をやめるべきである。与党とのお金を通じた関係を絶ち、そのうえで政策を巡って政府と意見を交わすことがこの国の民主主義の発展にとって重要だ。

 企業がその活動や納税、雇用などで社会に貢献している限り、献金などしなくても発言の資格はある。

 産業界からみた経済分析や政策提言はどのような政権にも有意義だろう。国民生活の向上に企業活力は不可欠だ。産業と雇用の将来像についても、自由に意見を言ってもらいたい。

 企業の利益だけでなく、幅広い「国民益」のための政策提言組織に財界が自ら脱皮していくことを期待したい。

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