學術用語の統一と『國語協會』の設立 (六の4)

   昭和四年十二月二日、總理大臣は「資源に關する用語統一」につき資源審議會に諮問した。その諮問に基づき翌五年一月二十四日、資源局に藥品用語調査委員會が設置され、昭和六年一月三十一日内閣告示第一號を以て「資源に關する用語統一」を公布すると共に「藥品標準用語」(九百九十七語)を發表し、藥品用語の統一を期した。その際、「爾今各官廳ニ於テハ此等標準用語ノ使用普及ニ力ヲ致シ、率先シテ之ガ使用ヲ勵行スルト共ニ廣ク關係各方面ニ勸獎シテ一般ニ其ノ使用ヲ習熟セシムルニ努メ、以テ用語統一ノ趣旨ヲ徹底セシムルニ付萬遺憾ナキヲ期スベシ」といふやうな内閣訓令號外を添へてゐる。その一例を擧げれば「林檎酸」が「リンゴ酸」に、「鯡油」「鰊油」が「ニシン油」に改められてゐる。その後、昭和七年七月に「燃料、油脂、塗料及顔料標準用語」(三百三十九語)、十年正月に「機械標準用語」(干三十五語)、十一年一月に「金屬類、鑛物類及土石類標準用語」(二百七語)、十四年二月に「電氣關係標準用語」(七百二十五語)が各々發表されてゐる。

   昭和五年一月十五日「國語ノ整理改善ヲハカリ、ソノ促進ヲ期スル」ことを目的とする半官半民の國語改革團體である「國語協會」が設立され、會長に近衛文麿、理事長に南弘、常任理事に増田義一、簗田欽次鄭、保科孝一、その他役員に大隈信常、佐々木行忠、高田早苗,上田萬年、三上參次、林毅陸などが就任した。