政権奪取が確実になった民主党が建設中止をマニフェスト(政権公約)に掲げ、国土交通省が本体工事の入札延期を決めた八ッ場(やんば)ダム(群馬県)。地元からは戸惑いの声が上がり、利水・治水のため建設事業費を負担してきた利根川流域の1都5県では、慎重論が相次いだ。一方、6都県を相手に事業費の支出差し止め訴訟を起こしている建設反対派からは、入札延期だけではなく、事業の「全面凍結」を求める声が上がった。
群馬県の川瀧弘之県土整備部長は「国交省から話を聞いていないので、コメントできない」との談話を発表、推移を見守る姿勢を示した。
一方、ダム建設で水没する旅館の経営者らでつくる川原湯温泉組合の豊田明美組合長は「ダム建設ありきで、周辺の観光整備を20年以上も検討してきた。民主党は、中止するなら地元住民が不安にならないよう、生活再建のため法整備をしてほしい」と語った。
同じ北関東の2県は慎重論で、福田富一栃木県知事は「栃木県は治水だけだが、利水・治水両方を求めている県もあり、流域県の意向を確認したうえで、工事推進の是非について判断していくべきだ」と語り、茨城県財政課は「本当に事業中止となれば、これまで納めてきた負担金はどうなるかなど、議論が必要だ」と懸念する。
八ッ場ダムは利根川水系吾妻川に建設が計画された重力式コンクリートダム(総貯水容量1億750万立方メートル、高さ116メートル)で利水・治水・発電の多目的ダム。総事業費4600億円のうち08年度末までに7割の3210億円が執行済み。本体工事に備えた仮排水トンネルが完成、付け替え道路や鉄道の整備が進む。家屋移転が必要な470世帯のうち357世帯が代替地などへ移転した。
執行済み分のうち、治水面で1都5県が525億円、利水面で1都4県と流域市町村が1460億円を負担。自治体の撤退以外の理由で事業が中止になった場合、利水費は特定多目的ダム法で建設負担金を全額返還するとの規定がある。だが、治水費には規定がなく、返還をめぐって混乱する可能性がある。
さらに、事業を継続して完成までに必要となる費用に比べ、中止した場合に自治体への返還を迫られる金額の方が上回り、総事業費が膨らんでしまう可能性もある。
東京都の担当者は入札延期との情報を受け、戸惑いを隠さない。「計画を予定通りに進めて、ダムを完成させていただきたい」。元民主党衆院議員ながら建設推進を主張している上田清司埼玉県知事は「1都5県が共同で(民主に対して)何らかのアクションを起こさざるをえない」。森田健作千葉県知事は「中止と決まったわけではない。地元の人たちの話、関係都県の意見も十分聞いてくださると信じている」と話した。
八ッ場ダム建設をめぐり、6都県の住民が各知事を相手取り建設事業費の支出差し止めを求め、計6件の訴訟を起こしている。このうち、東京、前橋、水戸の3地裁で原告側が敗訴し東京高裁に控訴した。残る3件は地裁で係争中。
東京原告で「八ッ場ダムをストップさせる東京の会」代表の深沢洋子さんは、「今後、全面的に凍結してほしい。国交省の洪水予測データは矛盾だらけで、下流域も水余りの状態」と強調した。
毎日新聞 2009年9月3日 21時58分(最終更新 9月4日 9時41分)