2009年9月10日発売号
アンドリュー・F・クレピネビッチ 戦略・予算評価センター所長
■演習で「イラン」軍に敗れた米軍
問題は、長い間、軍事的な成功を収めてきたために、米軍の優位が急激に損なわれているという最近の地政学的、技術的なトレンドがなかなか認識されないことだ。実際には、米軍の優位が損なわれていることは、21世紀の初頭に実施された大規模な軍事演習の結果にはっきりと表れていた。
2002年夏にペンタゴンは、冷戦終結以降、最大規模のワーゲーム(軍事演習)を行った。「ミレニアム・チャレンジ2002」と銘打たれたこの演習は、「ある湾岸の軍事国家」、つまり、イランを仮想敵国とする軍事演習だった。その結果は関係者を愕然とさせるものだった。米軍の力を立証することになると考えられていた演習が、それとは正反対の結果を示してしまったからだ。
退役海兵隊中将、ポール・バン・ライパー率いる「イラン」軍は、ことごとく米軍の行く手を遮ることに成功した。ペルシャ湾岸に入った米艦隊は、イラン軍の自爆船、対艦巡航ミサイル(ASCM)による攻撃を受け、米戦艦のほぼ半数が沈められるか、作戦遂行ができない状態に追い込まれた。(演習とはいえ)米軍にとって、これはパール・ハーバー以来の大失態だった。
バン・ライパーはイランの巡航ミサイルと弾頭ミサイル戦力をうまく移動させ、これを殲滅しようとする米空軍の裏をかいた。対空防衛レーダー・システムを稼働させれば、対レーダーミサイルを搭載した米戦闘機に攻撃される。バン・ライパーは、このリスクを避けようと、対空防衛レーダーのスイッチをオフにしたのだ。イランの防衛システムがどこに配備されているか分からなければ、攻撃はできなくなる。一方で、米軍輸送機を着陸させて、すでに現地に展開している米地上軍を増強するやり方にも大きなリスクがあった。
演習の様子を視察し、「イラン軍」の勝利に困惑し、苛立ちを隠せなかった米軍の高官たちは、演習を「やり直す」ように命令した。米艦隊を前の状態に戻し、敵に対空防衛レーダーのスイッチを入れさせて米軍の空爆にさらされる状況にし、「イラン軍」に対しては、「攻撃をかわすような作戦は取らないように」と命令した。このようなリキャストが行われ、あまりにうまく作戦を遂行したバン・ライパーが「イラン軍の司令官を解任される」と、演習は誰もが納得するような結果に終わった。
リキャスティング後に実施されたミレニアム・チャレンジの「公式の結果」は、高官たちが考える米軍の紛争地域への戦力展開能力を実証するものだったかもしれない。しかし、バン・ライパーの勝利を重く受け止める必要がある。これは、アメリカが死活的に重要な利益を有する地域に伝統的な編成と作戦概念で戦力を展開するのが次第に困難になってきていることを意味するからだ。実際、伝統的な手段と作戦メソッドの価値は劇的に低下している恐れがある。
ミレニアム・チャレンジ演習は、戦力展開全般への制約、とくに、沿海地域、ホルムズ海峡などのシーレーンのチョークポイント、ペルシャ湾などの制約の多い海域への戦力投入を阻む障害が大きくなっていることを認識させるきっかけとなった。バン・ライパーの「イラン軍」が最初の演習で勝利を収めたことからも明らかなように、ペルシャ湾海域での戦闘に伴うリスクは次第に大きくなっている。とくに抜け目のない敵を相手とする場合の戦闘リスクは高い。
イランその他の諸国がその気になれば、(レーダーに捕捉されないように)海面近くを飛行できる高速なASCMを大量に調達できるし、爆薬を積み込み、商船に隠れて移動できる自爆船についても同じ事が言える。いまや広く入手できる近代的な機雷も、1991年の湾岸戦争の際に米艦隊を苦しめた機雷以上に探知するのが難しくなっている。また、ホルムズ海峡のような多くの船舶が行き交うシーレーンで、静かなジーゼル型潜水艦を探知するのも非常に難しい。イランがこれらの兵器や船艇・潜水艦を保有している以上、世界の石油供給の関所であるペルシャ湾は、米軍が介入できない地域になってしまうかもしれない。
<フォーリン・アフェアーズ・リポート2009年9月10日発売号>
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