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民主党が政権発足後の経済政策で「子ども手当」など家計への直接支援を強化し、特定の業界支援に軸足を置いた従来の政府の景気対策からの転換を打ち出している。可処分所得を増やして個人消費を直接刺激し、景気回復を目指す考え方で、産業界も業種によって影響が分かれる可能性がある。市場では「家計支援の財源確保が疑問で、将来の増税不安から消費が抑制される恐れもある」と効果に懐疑的な見方も出ている。【坂井隆之、大塚卓也、窪田淳、小倉祥徳】
「優遇税制のおかげで相当多くのお客様が来店し、ビジネスの刺激に十分なっている。(新政権でも)継続をお願いしたい」。トヨタ自動車の豊田章男社長は8日、記者団に対し、12年3月末が期限のエコカー減税などの維持を求める意向を示した。
従来の政府の景気対策で最大の恩恵を受けたのが自動車業界。最大40万円強のエコカー減税や最大25万円の新車買い替え補助は家計が支援対象だが、新車を購入しなければメリットはなく、結果的に業界の販売が伸びる。
いずれも昨秋の金融危機以降に新車販売が激減した業界が政府・与党へ働きかけ「勝ち取った」(トヨタ幹部)もので、その効果が表れ、8月の国内新車販売(軽自動車除く)は13カ月ぶりに前年比プラスを回復した。
一方、民主党はガソリン税などの暫定税率廃止による2・5兆円の減税をうたっており、ガソリンの値下げが家計の負担軽減につながる。自動車業界にも一定のプラス効果はあるが、「暫定税率廃止の財源確保と引き換えに新車販売に直接結びつくエコカー減税が打ち切られると困る」との警戒感がくすぶる。
「エコポイント制度」も家計が支援の対象だが、省エネ家電を買わなければ、商品券などと交換できるポイントは得られない。電機業界も薄型テレビなどの販売が持ち直しており、「期限の来年3月末以降も継続してほしい」(ソニー)のが本音だ。
一方、少子化の逆風を浴びる学習塾などの業界では、民主党の「家計支援」による「特需」期待が広がる。民主党の「子ども手当」(中学卒業まで子ども1人年31万2000円支給、10年度は半額)は使途が限定されない見通しで、家計が自由に使える可処分所得が引き上げられ、消費拡大効果を狙っている。「収入が減っても切り詰めたくない教育費に回す家計が多いのでは」との見方が出ている。
首都圏を中心に約300校の学習塾を展開する栄光ゼミナールは年間収入1兆円とされる進学塾全体で「1000億円程度の増収効果があるのでは」(横田保美広報室長)と話す。また、子供服やベビー用品大手など子育て関連企業も売り上げ増への期待から、民主党のマニフェスト公表直後に株価が急騰した。
ただ、期待する業界は経済規模が小さく、百貨店やスーパーなどの小売業界は、民主党の経済政策効果を半信半疑で見守っている状況だ。大手スーパーの幹部は「可処分所得が増えれば消費には何らかの形で追い風になる」と期待を寄せつつも、「雇用環境が改善しなければ財布のヒモを緩めようとせず、大半は貯蓄に回ってしまうのでは」と指摘する。
高島屋の鈴木弘治社長は「われわれに効果があるとは思っていない」と懐疑的。「消費回復は将来不安を解消するのが先決。社会保障や教育など将来像を早期に固めてほしい」と注文している。
大和総研の試算によると、民主党のマニフェストが実行されると、国内総生産(GDP)の実質成長率は、政策を何も実施しない場合よりも09年度は1・31ポイント、10年度は0・69ポイント押し上げられる。ただ、政府の従来の対策を継続した場合と比べると押し上げ幅は09年度で0・23ポイント下回り、10年度は0・12ポイント上回るが小幅にとどまる。野村証券の試算でも、09年度は民主党が0・4ポイント下回り、10年度は0・1ポイント上回るだけだ。
いずれも子ども手当などで個人消費はある程度底上げされるが、押し上げ幅は限られる一方、民主党政権で予想される公共投資削減がマイナスに働くとみている。大和総研の渡辺浩志エコノミストは「家計支援を強化しても、将来の増税不安などから多くが貯金され、消費に回らない可能性がある。成長戦略や財源確保の議論も不可欠」と指摘している。
毎日新聞 2009年9月9日 東京朝刊