2009年9月8日
温室効果ガス削減の20年の中期目標で、民主党の鳩山代表が7日打ち出した「90年比25%削減」。「8%減」を掲げた麻生政権との違いを際だたせる政策として、「環境」を選んだ。政権交代を印象づけようと始動した「鳩山外交」へ国際社会からは賛辞が送られたが、削減の押しつけを警戒する国内の産業界には戸惑いが広がった。(秋山訓子、冨田佳志、山口智久)
新政権を世界に発信 産業界、早くも反発
「世界、そして未来の気候変動に対処するため友愛精神に基づき、国際的なリーダーシップを発揮したい」
朝日地球環境フォーラムのスピーチで、鳩山代表は、自らの政治理念として掲げる「友愛」の言葉を使って力を込めた。そして、「25%減」という中期目標を表明した。
国際交渉では、途上国の温暖化対策に対する支援のあり方が焦点だ。それを見越して新たな途上国支援策をまとめ、「『鳩山イニシアチブ』として国際社会に問うべく、新内閣発足後直ちに検討を開始したい」と宣言した。
それは「鳩山外交」の幕開けでもあった。
鳩山氏は外交デビューの舞台として、総選挙の前から9月下旬の国連総会とG20金融サミットを想定。日本の「政権交代」を世界に発信したいとの思いがあった。標的に定めたのが、世界から批判をあびた麻生政権の温暖化対策だった。
麻生政権の中期目標は「8%減」。日本経団連など産業界の声に配慮し、民主党よりも低い数値だった。鳩山氏はこれを上回る目標を掲げることで、「業界団体とのしがらみにまみれた自公政権との違いを示したかった」(周辺)というのだ。
米オバマ大統領も、ブッシュ前大統領の単独行動主義と一線を画し、国際協調路線を打ち出すために目をつけたのが温暖化問題だった。「鳩山氏はオバマ氏を超えるリーダーシップを発揮したいと思っていた」(周辺)。7日のスピーチでも、オバマ氏を引き合いに出した。
民主党の温暖化対策の旗振り役は、党地球温暖化対策本部長も務める岡田克也幹事長だ。「25%(削減)は、かなり厳しいポジションになるが変えない」。7日午前、デブア国連気候変動枠組み条約事務局長と面会した岡田氏は強調した。午後は党「次の内閣」環境相の岡崎トミ子氏と連れだって国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)のパチャウリ議長と面会し、鳩山外交を進めるための地ならしをした。
岡田氏は鳩山政権で外相に内定している。これは環境重視の姿勢を示すもので、ある党幹部は「『岡田外相』は、温暖化問題は絶対に動かす」と予告する。
しかし、産業界からは早速反対ののろしが上がった。神戸商工会議所の水越浩士会頭(神戸製鋼所相談役)は7日の会見で、「(25%は)産業界から言って、荒唐無稽(こうとうむけい)。国益に反することは明々白々だ」と批判。環境推進派として知られる桜井正光・経済同友会代表幹事は朝日地球環境フォーラムで「どういう施策で、どういう道筋で達成するのか、的確に把握すべきだ」と指摘した。
国内の抵抗を予想し、鳩山氏はスピーチでこう牽制(けんせい)した。「(温暖化対策は)慎重論を唱える人たちが言うように経済や国民生活が悪くなるのではなく、良くなると信じている」
国際社会からは賛辞 米中引き込めるかカギ
鳩山代表のスピーチを聞いて、国際交渉のまとめ役であるデブア事務局長から笑顔がこぼれた。
「日本は中期目標で最下位争いをしていたが、トップ争いに加わった。民主党の新たな目標で流れは変わった」
3カ月前、麻生首相が「8%減」と表明したとき、記者団に「何と言っていいかわからない」とぶぜんとしていたのとは対照的だった。
国際環境NGOの反応も好意的だ。麻生首相を「温暖化対策を阻んできた米ブッシュ前大統領の再来」と酷評したのとは一転、鳩山氏に対して世界自然保護基金(WWF)は7日、「科学を尊重した目標を掲げたことに、心から敬意を表する」と持ち上げた。
13年以降の温暖化対策の国際枠組み(ポスト京都議定書)合意に向け、先進国はそれぞれ中期目標を表明している。欧州連合(EU)は「90年比20%減。各国が新たな温暖化対策に合意すれば30%に引き上げ」。米国は「90年比で14%増の排出量を90年水準に戻す」としている。
日本が新たな目標を掲げたことで、国際交渉は変わるのか。デブア氏は「日本の目標はEUと重なる。米国により野心的な目標を掲げるように説得できる」と期待する。
ただ、鳩山氏が掲げた「25%減」が、そのまま維持されるかどうかは不透明だ。
鳩山氏はスピーチで「我が国のみが削減目標を掲げても、気候変動は止められない。すべての主要国の参加が前提だ」と述べた。念頭には現行の京都議定書で削減義務を負わない米国と中国があった。両国で世界の総排出量の4割を占める。「25%減」は条件付きの目標なのだ。
麻生首相が表明した「8%減」は、国内で削減する分に限られる。一方、民主党の「25%減」には、日本が途上国側に省エネ技術や資金を提供し、削減できた分を日本の削減分に算入できる排出枠や、森林が二酸化炭素(CO2)を吸収した分も含まれる。ただ、排出枠購入には年数千億円の財政支出が必要となる可能性があり、森林吸収分で期待できるのは「90年比3%減」との見方もある。
国内の反対を抑えて高い目標を掲げ、米国や中国をポスト京都体制に引き込む民主党の戦略が功を奏するのか。政府内では排出枠のほかに途上国支援の国際基金に拠出することで、日本の削減分を割り引いてもらう案も浮上している。薮中三十二外務次官は7日の記者会見で気を引き締めた。「米国や中国へさらに強く働きかけながら、日本から見て好ましい成果を作り出していく必要がある」