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リーマン破綻から1年、元CEO「私は不満のはけ口にされた」

9月8日17時18分配信 ロイター

リーマン破綻から1年、元CEO「私は不満のはけ口にされた」
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 9月7日、リーマン・ブラザーズのファルド元CEOが破綻から1年を前に現在の心境などを語った。写真は昨年10月、議会証言のためワシントンを訪れたファルド氏(2009年 ロイター/Jonathan Ernst)
 [ニューヨーク/ケチャム(米アイダホ州) 7日 ロイター] 「銃は持ってないね。よかった」──今月4日、リーマン・ブラザーズ<LEHMQ.PK>のリチャード・ファルド元最高経営責任者(CEO)を追ってアイダホ州ケチャムの山荘を訪れた記者をファルド氏はそう言って出迎えた。
 緑に囲まれた山荘はすぐそばに川が流れ、牧歌的な雰囲気が漂っている。
 「リーマンをつぶした男」と集中砲火を浴びたファルド氏は、疲れた表情をしていたが、今月15日のリーマン破綻1周年を控え、心理的に追い詰められているようには見えなかった。
 黒のフリース、ダークグレーのズボンにサンダルという姿で山荘前の砂利道に現れたファルド氏は、マスコミに話をするかどうか迷っている様子だった。訴訟が続いていることもあるが、今さら自己弁護しても世間は耳を貸さないという思いがある。
 「あれから1年だ。私は散々叩かれ、打ちのめされた。破綻1周年で、また同じことが繰り返される。だが今度は大丈夫だ。文句がある人には、ちゃんと一列に並んでもらう」
 「誰もが不満のはけ口を探している。そのはけ口が私だ。これもいずれは終わると慰められるよ」。ファルド氏はそう言って悲しい顔をした。
 ファルド氏は63歳。94年にリーマンのCEOに就任し、業績が低迷していたリーマンを全米4位の投資銀行に育て上げた。巨額の利益を上げたモーゲージ・バンキング部門は、ライバルの羨望の的となり、ゴールドマン・サックス<GS.N>さえも無視できない存在となった。
 しかし、その後の不良資産の拡大で投資家の信認が低下。政府・連邦準備理事会(FRB)はリーマンの売却先を見つけられず、救済を見送った。米国史上最大の企業破綻となった。
 リーマン破綻後の昨年10月、米国株が連日の急落を演じる中、議会の公聴会に出席したファルド氏は集中砲火を浴びた。ある議員は同氏を「現代の悪党」と呼び、職を失った人々はファルド氏の収監を求めた。
 批判の嵐は次第に収まったが、強欲と破滅の象徴という同氏のイメージが払しょくされることはなかった。
 ファルド氏は山荘を訪れた記者に、言いたいことは山ほどあるが、言っても仕方がないと語った。
 「私が何を言っても誰も耳を貸さない。目の前の現実は何も変わらない。こんな話など誰も聞きたくないだろう。特に私から口からは聞きたくないだろう」。
 CEO時代は相手に有無を言わせぬ猛烈な仕事ぶりで「ゴリラ」とまで呼ばれたファルド氏。今朝は近くの山に登ったと話してくれたが、今の仕事については口を閉ざした。
 友人や知人によると、ファルド氏は、リーマン破綻後、自分のコンサルティング会社を立ち上げた。社名はマトリックス・アドバイザーズLLC。オフィスはニューヨークのサードアベニューにある。
 複数の関係者によると、同氏は企業再建会社のアルバレズ・アンド・マーシャルでも働いている。リーマンの破綻手続きを無報酬で支援しているという。 
 コネティカット州グリニッチの自宅から週に3─4日はマンハッタンのオフィスに通勤する。ニューヨークやグリニッチの高級レストランで昔の同僚と朝食やランチを一緒にとる姿が何度が目撃されている。
 ある大手投資銀行の幹部は「目立たないようにしているが、パワーランチは頻繁にしているようだ。ウォール街の友人とは今も連絡を取り合っている」と語る。
 しかし、勢力的にパワーランチをこなすファルド氏も、また世間から叩かれるのではないかという不安から逃れられないようだ。
 「マスコミにあれだけ叩かれて、悪者扱いされた。本当は外に出たくないのだと思う。誰かにパイでも投げつけられたらどうしようと、内心びくびくしているのではないか」(知人)。
 リーマン破綻後、ファルド氏は、約40件の訴訟を起こされた。その多くは、リーマン破綻で損失を被ったとする地方自治体や年金基金が起こしたものだ。
 さらに従業員持ち株制度に加入していた元従業員が、経営幹部の失敗で株価が急落したとして、十数件の訴訟を起こしている。
 ファルド氏は、リーマン破綻を捜査している3つの大陪審にも召喚された。審理の状況についてはコメントを控えている。 
 <不動産や美術品を売却> 
 リーマン破綻で経済的にも打撃を受けた。ファルド氏は、リーマン株の下落で10億ドル以上の損失を出したとみられている。破綻の数カ月後から、夫人とともに高級不動産や美術品の売却を始めた。
 同氏は現在、少なくとも4軒の家を保有している。グリニッチの自宅、フロリダ州ジュピターアイランドの邸宅、バーモント州ミドルベリの別邸、アイダホ州の山荘。
 2007年1月に2100万ドルで購入し、数百万ドルをかけて改装したニューヨーク・パークアベニューのマンションは8月に2587万ドルで売却した。
 夫妻をよく知る人によると、キャシー夫人は、エルメスなどの高級ブランド店で1点数千ドルするバックやショールをよく買っていたというが、ここ数カ月は姿を見ないという。
 「生活を切り詰めているのか、買い物しているところを人に見られたくないのか。誰か他の人に買い物を頼んでいるのかもしれない」(関係者)。
 キャシー夫人はニューヨーク近代美術館の評議員会メンバーで、絵画の愛好家としても知られていた。リーマン破綻で、アーシル・ゴーキーやバーネット・ニューマンなどの絵画少なくとも16点を約1350万ドルで売却したという。
 ファルド夫妻とよくスカッシュやテニスをしていたというポール・アサイアント氏は「辛かったと思う。私からみれば、素晴らしい父親、素晴らしい夫だった」と語った。
 リーマン破綻後は、一度もプレーしていないという。 
 一男二女の父親であるファルド氏は、ロビンフッド財団、パートナー・シップ・フォーNYCの理事も辞めた。前者はニューヨークの貧困層を支援する財団、後者はニューヨークの経済力強化を目指す実業家のネットワークだ。ニューヨーク州のゴルフクラブ「ブラインド・ブルック・カントリー・クラブ」の理事も辞任した。 
 地元住民によると、ファルド氏は、アイダホ州の山荘を訪れる際、プライベートジェットなどはチャーターせず、デルタ航空を使っていたという。山荘があるケチャムは、俳優のトム・ハンクスの家もある小さな町で、ヘミングウェーの埋葬地としても知られる。
 実際、ファルド氏は5日の早朝、デルタ航空でニューヨークに戻った。ユタ州のソルトレイクシティーまではスカイウエスト航空を利用した。記者も同じ便に乗った。
 ファルド氏は機内でデビッド・ベッセル氏の著書「イン・フェド・ウィー・トラスト」を読んでいた。FRBが今回の金融危機にどう対応したかを描いた本だ。ところどころにアンダーラインが引かれている。
 この本では、FRBがなぜリーマンを救済せず、AIGを救済したかを大きく取り上げている。危機対策を指揮したポールソン前財務長官、バーナンキFRB議長、ガイトナー財務長官について意見を求めると、ファルド氏は、この本を読んで、自分の議会証言の内容と比べて欲しいと語った。
 ファルド氏は議会の公聴会で、政府がなぜ他の金融機関を救済しリーマンを見捨てたのか「きっと死ぬまで理解できないだろう」と発言。リーマンは、空売りの悪用、根拠のないうわさ、格下げ、顧客や取引先の信用低下などが重なって、破綻したと証言した。 
 <元同僚の証言> 
 リーマンの元社員からも、政府がなぜ救済を見送ったか、理解に苦しむという発言が相次いでいる。
 ファルド氏と一緒に働いていたある幹部は「政府はリーマンを破綻させるべきではなかった。あれはとてつもない間違いだ」と指摘する。
 元同僚にはファルド氏をかばう人もいるが、リーマンの元バイスプレジデント(ディストレスト債・転換証券トレーディング担当)、ローレンス・マクドナルド氏は、ファルド氏を傲慢で無責任な人物と批判する。
 同氏はリーマン破綻の内幕を描いた「コロッサル・フェイラー・オブ・コモンセンス」を出版。ロイターとのインタビューで「ファルド氏は何でも人のせいにする。市場が悪い、空売りが悪いと言っているが、実際には、周囲の有能な人が何度も警告を出していた。聞く耳を持たなかっただけだ。業界にはファルド氏に対する嫌悪感がいまだに残っている」と語った。
  ファルド氏の経営手法がリーマン破綻の一因になったとの指摘もある。
 1990年代後半にリーマンの最高財務責任者(CFO)を務め、現在サンフォード・C・バーンスタインのアナリストを務めるブラッド・ヒンツ氏は「リーマンは小さな問題が積み重なって破綻した。レバレッジの引き上げ、リスクの高いポジションの維持、資本増強の遅れ、ホットマネーに依存した資金調達といった問題が重なった」と述べた。
 リーマンでディストレスト債トレーディングの責任者を務めていたローレンス・マッカーシー氏は、会社を辞める前、不動産市場の崩壊が近く、会社のレバレッジ比率が高すぎると何度も警告したという。
 「ファルド氏をよく知る人はおそらく6─7人しかいない。31階で自分の世界を築き、一般社員との付き合いはなかった。4年間リーマンで働いたが、トレーディングフロアに下りてきたことは一度もない」
 マクドナルド氏の著書によると、マッカーシー氏は「(リーマンのリスク委員会が)ブレーキを踏めと勧告したのにファルド氏はアクセルを踏んだ」と証言している。
 この件についてアイダホ州の山荘で話を聞くと、ファルド氏は怒りをあらわにした。「私を馬鹿にしているのか。2カ月前になって急に問題に気づいたとでも言うのか。全く違う。予兆はあった」
 翌日、ソルトレイクシティーの空港でマクドナルド氏の著書を「全くの言語道断」と切り捨てたファルド氏は、記者にこう語った。
 「(マクドナルド氏は)会社を去らなかった。私は会社を去った。自分は敗北主義者ではない。最後には善人が勝つ。そう信じている」

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最終更新:9月8日17時18分

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