vol.172 皇室典範議論の行方@〜平成の山口二矢
平成18年2月7日14時過ぎ、小泉純一郎総理(役職は当時、以下同じ)の姿は衆議院予算委員会にありました。
答弁を待つ小泉総理に秘書官から一枚のメモ書きが手渡された瞬間の、鳩が豆鉄砲を食らったような総理の様子は、NHKの国会中継で全国に放送され、その後も各局が幾度となく繰り返して放送することになります。
小泉総理に手渡されたメモは秋篠宮妃(あきしののみやひ)殿下が御懐妊(ごかいにん)遊ばしたことを知らせるもので、これを見た総理は、初め意味がよく理解できずに「ポカン」とした表情をして上の空となり、質問に立つ民主党議員から「総理、総理!」と呼びかけられました。
小泉総理は、やがてその意味を理解したようで、少々困惑しながらにやけた表情を見せたのです。
これを期に、平成16年から本格化した皇室典範改定への動きは完全に止まりました。
そして、平成18年9月6日の親王殿下御誕生によって、それまで女性・女系天皇の成立を意図していた論客たちは、なりを潜めたように沈黙しています。
妃殿下御懐妊のニュースが駆け巡った時、「神風が吹いた」と思ったのは私だけではなかったでしょう。
思い起こせば、男系維持派は命を賭けて発言していました。
皇位の男系継承は、皇位継承の大原則です。
初代神武天皇(じんむ・てんのう)以来、皇位は男系により継承され、かつて一度もこの原則が崩されたことはありません。
あのまま皇室典範の改定に突き進んだ場合、血を見る事態に至る可能性もありました。
「平成の山口二矢(やまぐち・おとや)」の出現を求める声は至る所にあり、現に火薬を満載した十トントラックで総理官邸に突入する準備を進めていた活動家もいたといいます。
近年「暗殺すべき政治家もいなくなった」という声が聞かれるなか、そのような覚悟を決めた活動家にとって、万世一系の皇統を断絶させる小泉総理は、将に「暗殺に足る政治家」だったことになるかもしれません。
しかし、一方の女系天皇容認派の中に、命を賭けて発言している者はいませんでした。
「どうせいつか男系は途絶えるから、いま途絶えさせてもよい」という彼らの主張は、「法隆寺はいつか必ず朽ちるのだから、今壊せ」もしくは「この患者はもう長くはないのだから、いま殺せ」といっているのに等しいのです。
このような発想には、情熱もなければ、日本人としての誇りもなく、極めて投げやりで無責任なものでしょう。
だから、女系容認派たちの主張は、命を賭けて発言していた男系維持派の言葉とは、かなりの温度差がありました。
なぜ、男系維持派は覚悟を決めた発言をしていたのでしょうか。
それは、皇室典範論争は皇統保守をめぐる論争であり、皇統の運命が掛かっていたからです。
そして、これは単なる政策論争などではなく、イデオオロギーの問題であり、日本が日本たる所以を変更せしめる可能性のある論争で、男系維持派は日本そのものの攻防戦をしていたことになります。(つづく)
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