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vol.171 履中天皇A【古事記、第五十一話】
 履中天皇(りちゅう・てんのう)の同母弟(いろど)に当たる水歯別命(みずはわけのみこと)が石上神宮(いそのかみのかみのみや)(奈良県天理市の石上神宮(いそのかみ・じんぐう))に赴き、天皇(すめらみこと)に拝謁(はいえつ)を求めました。
 天皇(すめらみこと)は、
 「私はあなたも墨江中王(すみのえのなかつみこ)と同じ心ではないかと疑っている。だから語り合うまい」
 と伝えさせました。
 そこで、水歯別命(みずはわけのみこと)が、
 「私に反逆心はありません。墨江中王(すみのえのなかつみこ)と同じではありません」
 と申し上げると、天皇(すめらみこと)は、
 「ならば今から帰り下って、墨江中王(すみのえのなかつみこ)を殺して来なさい。その時には、私は必ずあなたと語り合うだろう」と伝えさせました。

 ゆえに水歯別命(みずはわけのみこと)は、難波(なにわ)(仁徳天皇の宮で、現在の大阪城の南西の高台付近)に下り、墨江中王(すみのえのなかつみこ)に仕えている隼人(はやびと)(九州南部の地方勢力。「はやと」)の曾婆加里(そばかり)を騙して、
 「もしおまえが私の言葉に従えば、私が天皇(すめらみこと)となり、おまえを大臣(おおおみ)〕にして、天下を治めようと思う。どうだ」
 と言いました。
 曾婆訶理(そばかり)は、
 「仰(おお)せのままに」
 と答えました。
 すると水歯別命(みずはわけのみこと)は、たくさんの品物をその隼人(はやびと)に与え、
 「ならばおまえの仕えている王子を殺せ」
 と言いました。
 そこで、曾婆訶理(そばかり)は自分の主君が厠(かわや)に入るのを密かに窺い、矛で刺して殺したのです。

 水歯別命(みずはわけのみこと)は曾婆訶理(そばかり)を率いて倭(やまと)に上り進んだ時、大坂山(おおさかやま)のふもとに着いて、
 「曾婆訶理(そばかり)は、私のために大きな功績(こうせき)を立てたが、自分の主君を殺したのは、これは忠義(ちゅうぎ)ではない。だがその功績に報いないことは信義(しんぎ)に反する。しかし、その信義に従えば、いつかまた主君の命を狙うかもしれない。ならば、その功績には報いるも、その当人は殺してしまおう」
 と考えました。
 そして、水歯別命(みずはわけのみこと)は曾婆訶理(そばかり)に、
 「今日はここに留まって、まず大臣(おおおみ)の位を授け、明日に上り進もう」
 と言って、その山のふもとに留まり、仮宮(かりのみや)を造り、ただちに豊明(とよのあかり)を催しました。
 そこでその隼人(はやびと)に大臣(おおおみ)の位を贈り、多くの官人たちに跪(ひざまず)かせると、隼人(はやびと)は歓喜し、志を遂げたと思ったのです。
 水歯別命(みずはわけのみこと)はその隼人(はやびと)に、
 「今日は大臣(おおおみ)と同じ盃で酒を飲もう」
 と言って、ともに飲んだ時、顔を隠すほどの大きな椀に、そのすすめる酒を盛りました。
 そして王子(みこ)が先に飲み、隼人(はやびと)が後に飲みました。
 その隼人(はやびと)が飲む時、大きな椀が顔を覆いました。
 そこで、敷物の下に隠していた剣を取り出し、その隼人(はやびと)の首を斬ったのです。
 そして明日(あす)になってから天皇の待つ宮に上り進みました。
 そこで、その地を名付けて近飛鳥(ちかつあすか)(現在の大阪府羽曳野市飛鳥)というのです。
 これは一種のダジャレのようなものでしょうか。明日になって上り進んだから「あすか」というわけです。
 上り進んで倭(やまと)に着き、
 「今日はここに留まり、祓禊(はらえ)(禊(みそぎ)のこと。水で身体を清める儀式)をして、明日(あす)になってから訪れて神宮(かみのみや)を拝もう」
 と言いました。
 そこで、その地を名付けて遠飛鳥(とおつあすか)(現在の奈良県高市郡明日香村)というのです。
 これもダジャレですが、難波宮から見て「近い・遠い」を区別して、近飛鳥(ちかつあすか)と遠飛鳥(とおつあすか)といったのだと思われます。
 そして、石上神宮(いそのかみのかみのみや)に参上し、取次ぎの者を通じて天皇(すめらみこと)に、
 「御下命(ごかめい)のあった政(まつりごと)はすでに遂行しましたので、ご報告にあがり、命を待っています」
 と申し上げると、天皇は水歯別命(みずはわけのみこと)宮殿に召し入れて謁を賜り、兄弟で親しく語りあったのです。
 
 履中天皇(りちゅう・てんのう)は、火の中から命を救ってくれた阿知直(あちのあたい)を初めて蔵官(くらのつかさ)(物の出納をつかさどる役)に任命し、また耕作地を与えました。
 また、この御世(みよ)に、若桜部臣(わかさくらべのおみ)等に若桜部(わかさくらべ)の名を賜り、また、比賣陀君(ひめだのきみ)等に比賣陀之君〔ひめだのきみ〕の姓(かばね)を賜りました。
 天皇(すめらみこと)から姓名を賜ることを賜姓(しせい)といいます。
 これにより、姓を与える天皇と、姓を与えられる者の関係が成立します。これは、支配する者と支配される者の関係を意味します。
 また天皇(すめらみこと)は伊波禮部(いわれべ)を定めました。
 天皇(すめらみこと)の御年(みとし)は六十四歳(むそじまりよとせ)。壬申年(みずのえさるのとし)正月三日に崩御あそばされました。
 御陵(みはか)は毛受(もず)(現在の大阪府堺市)にあります。

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出典:「お世継ぎ」(平凡社)八幡和郎 著
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作家 プロフィール
山崎 元(やまざき・はじめ)
昭和50年、東京生まれ。旧皇族・竹田家に生まれる。慶応義塾大学法学部法律学科卒。財団法人ロングステイ財団専務理事。孝明天皇研究に従事。明治天皇の玄孫にあたる。著書に『語られなかった皇族たちの真実』(小学館)がある。
artist H.P.>>
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