vol.160 仁徳天皇E【古事記、第四十九話】
ある時、天皇(すめらみこと)(第16代仁徳天皇(にんとく・てんのう))が豊楽(とよのあかり)(宮中での御酒宴)を催そうとして、日女島(ひめしま)にお出かけになった時、その島で雁(かり)が卵を生みました。
そこで建内宿禰命(たけのうちのすくねのみこと)を呼び、歌で雁が卵を生んだ様子を尋ねました。
たまきはる 内(うち)の朝臣(あそ) 汝(な)こそは 世(よ)の長人(ながひと) そらみつ 倭(やまと)の国(くに)に 雁(かり)卵生(こむ)と聞くや
(現代語訳)
内の臣である建内宿禰命よ、あなたこそは、この世に長く生きている人である。倭の国に雁が卵を産んだと聞いているか。
そもそも雁は渡り鳥で、秋に日本に飛来して越冬し、日本で産卵することはありません。雁が倭の国で卵を産むということは、普段はあり得ないことであり、そのようなことが起きるのを吉兆(きっちょう)(めでたいしるし)と考えているのです。
そこで建内宿禰命(たけのうちのすくねのみこと)も歌で語りました。
高光(たかひか)る 日(ひ)の御子(みこ) 諾(うべ)しこそ 問(と)ひたまへ まこそに 問(と)ひたまへ 吾(あれ)こそは 世(よ)の長人(ながひと) そらみつ 倭(やまと)の国(くに)に 雁(かり)卵生(こむ)と 未(いま)だ聞かず
(現代語訳)
高く輝く日の御子(みこ)(天皇のこと)よ。よくお尋ねになりました。まことによくお尋ねになりました。私ことはこの世を長く生きた者。倭の国で雁が卵を産むなど、未だ聞いたことはありません。
このように申し上げて、天皇より琴(こと)を授けられると、建内宿禰命(たけのうちのすくねのみこと)はまた歌を詠みました。
汝(な)が御子(みこ)や 終(つい)に知(し)らむと 雁(かり)は卵生(こむ)らし
(現代語訳)
あなた様の子孫が、どこまでも天下をお治めになる吉兆として、雁(かり)は卵を生んだのでしょう。
これは本岐歌(ほきうたの)の片歌(かたうた)です。本岐歌とは歌曲の名で、片歌とは、もう一つの歌と一緒になってまことの歌になる歌のことで、古事記にはもうひとつの歌は伝えられていません。
この天皇(すめらみこと)の御世(みよ)に、兔寸河(とのきかわ)の西に一本の高い樹がありました。
その樹の影は、朝日に当たれば淡道島(あわじしま)にまで届き、夕日に当たれば高安山(たかやすやま)(大阪府と奈良県の間に位置する山)を越えました。
そこで、この樹を切って船を作ると、とても速く進む船となりました。その船を名付けて枯野(からの)といいました。
日本書記によると、軽く浮かび早く走るので「軽野」(かるの)といい、それが訛って「枯野」になったと伝えられます。
そして、この船で朝夕に淡道島(あわじしま)の清水を汲(く)んで、大御水(おおみもひ)(天皇の飲料水)として献上しました。
やがてその船も朽ちて壊れたので、塩を焼くのに使いました。そして、その焼け残った木を使って琴(こと)を作ったのです。するとその琴の音は七つの里に響き渡りました。そこで次の歌を詠みました。
枯野(からの)を 塩に焼き 其(し)が余(あま)り 琴(こと)に作り かき弾(ひ)くや 由良(ゆら)の門(と)の 門中(となか)の海石(いくり)に ふれ立つ 浸漬(なづ)の木の さやさや
(現代語訳)
枯野〔からの〕の船を使って、塩を焼き、その焼け残りの木で琴〔こと〕を作って弾〔ひ〕くと、由良〔ゆら〕の海峡の、海の中の岩礁(がんしょう)に、波に揺られながら生い茂る海藻(かいそう)のように、さやさやと鳴った。
これは志都歌(しつのうた)の歌返(うたいかえし)といいます。
この天皇(すめらみこと)の御年(みとし)は八十三歳(やそじあまりみとせ)。丁卯年(ひのとうのとし)八月(はつき)十五日(とおかあまりいつか)に崩御(ほうぎょ)あらせられました。
御陵(みはか)は毛受之耳原(もずのみみはら)にあります。
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出典:「お世継ぎ」(平凡社)八幡和郎 著
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作家 プロフィール
昭和50年、東京生まれ。旧皇族・竹田家に生まれる。慶応義塾大学法学部法律学科卒。財団法人ロングステイ財団専務理事。孝明天皇研究に従事。明治天皇の玄孫にあたる。著書に『語られなかった皇族たちの真実』(小学館)がある。
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