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vol.153 仁徳天皇C【古事記、第四十七話】
 大雀命(おおさざきのみこと)(第16代仁徳天皇(にんとく・てんのう))が大后(おおきさき)の石之日賣命(いわのひめのみこと)に口子臣(くちこのおみ)を遣わして御歌(ぎょうせい)(天皇の歌)を申し上げようとした時、大雨が降りました。
 そこで口子臣がその雨を避けずに、御殿(ごてん)の前に平伏(ひれふ)していると、大后(おおきさき)は御殿の後ろから出てしまい、また口子臣が御殿の後ろに平伏すると、今度は大后が御殿の前から出てしまいました。
 口子臣は這(は)って進み、庭の中に跪(ひざまず)いていると、庭にたまった雨水が腰まで浸(つ)かってしまいました。
 口子臣は紅色の紐(ひも)のついた青色の服をきていたので、水たまりに紅色の紐の色が溶け出して、青い服が全て紅色に変わってしまいました。
 その時、口子臣の妹の口日賣(くちひめ)が大后(おおきさき)に奉仕していました。口日賣は次のような歌を詠みました。

 山代(やましろ)の 筒木(つつき)の宮に 物申(ものまを)す 吾(あ)が兄(せ)の君(きみ)は 涙ぐましも

 (現代語訳)
 山城国の綴喜(つつき)(現在の京都府綴喜郡)の宮においでなる大后に何かを申し上げようとしている私の兄君(あにぎみ)に姿を見ていると、涙ぐましくなります。

 そこで大后(おおきさき)がその理由を尋ねると、口日賣(くちひめ)は「そこに平伏しているのは私の兄の口子臣です」と申し上げました。
 そこで口子臣(くちこのおみ)と、その妹の口日賣(くちひめ)、そして大后が滞在していた家主の奴理能美(ぬりのみ)の三人は相談して、天皇(すめらみこと)に次のように奏上(そうじょう)(天皇に申し上げること)しました。
 「大后(おおきさき)が奴理能美(ぬりのみ)の屋敷にお出かけになった理由は、奴理能美が飼っている虫が、一度は這(は)う虫になり、一度は鼓(つづみ)になり、一度は飛ぶ鳥になる、三種類に変化する奇妙な虫なのです。大后はこの虫をご覧になるためにお出かけになったのです。他の意図はございません」
 (這う虫は幼虫、鼓は繭(まゆ)、飛ぶ鳥は蛾。この「虫」とは蚕(かいこ)のこと)

 口子臣(くちこのおみ)らがこのように奏上(そうじょう)すると、天皇(すめらみこと)は、「それならば私も奇妙だと思うので、見に行きたいと思う」と仰せになり、大宮からお出ましになり、奴理能美(ぬりのみ)の家にお入りになりました。
 その時、その奴理能美(ぬりのみ)は自分が飼っている三色の虫を大后(おおきさき)に献(たてまつ)っていました。
 そこで天皇(すめらみこと)が、その大后(おおきさき)のいる御殿の戸口に立って詠〔よ〕んだ歌は、

 つぎねふ 山代(やましろ)女(め)の 木鍬(こくわ)持ち 打ちし大根(おおね) さわさわに 汝(な)がいへせこそ 打ち渡す やがはえなす(*25) 来入(きい)り参来(まいく)れ

 (現代語訳)
 山代(やましろ)の女が木の鍬(くわ)を持って、作った大根。その葉がさわさわというように、騒がしくおまえが言うものだから、生い茂った木のように、大勢の家来を連れてやって来たことよ。
 
 これにより天皇(すめらみこと)と大后(おおきさき)は仲直りをしました。
 この天皇と大后が詠(よ)んだ六首の歌は志都歌之歌返(しつうたのうたいがえし)といいます。志都(しつ)というのは、ゆっくりと歌うという意味で、また歌返(うたいがえし)とは、一曲を歌い終えてから、調子を変えて歌い返すという意味です。

 ところが天皇(すめらみこと)は八田若郎女(やたのわきいらつめ)への思いを捨てることはできませんでした。
 天皇(すめらみこと)は八田若郎女(やたのわきいらつめ)を慕(した)って次のような御歌(みうた)を贈りました。その歌は、

 八田(やた)の 一本菅(ひともとすげ)は 子持たず 立ちか荒れなむ あたら菅原(すがはら) 言(こと)をこそ 菅原(すげはら)と言はめ あたら清(すが)し女(め)

(現代語訳)
 八田(やた)の一本菅(ひともとすげ)は、子を持たずに立ち荒れているのだろうか。惜(お)しい菅原(すがわら)だ。言葉の上では菅原(すがわら)と言うが、惜(お)しいことに清々(すがすが)しい女よ。

 そこで八田若郎女(やたのわきいらつめ)が答えて詠(よ)んだ歌は、

 八田(やた)の 一本菅(ひともとすげ)は 一人居(お)りとも 大君(おおきみ)し よしと聞こさば 一人居(お)りとも

(現代語訳)
 八田(やた)の一本菅(ひともとすげ)は、一人でおりましてもかまいません、大君さえよいと仰せであるならば、一人でおりましても。

 そこで、天皇(すめらみこと)は、八田若郎女(やたのわきいらつめ)の御名代(みなしろ)(皇族私有の労働集団)として八田部(やたべ)をお定めになりました。

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出典:「お世継ぎ」(平凡社)八幡和郎 著
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作家 プロフィール
山崎 元(やまざき・はじめ)
昭和50年、東京生まれ。旧皇族・竹田家に生まれる。慶応義塾大学法学部法律学科卒。財団法人ロングステイ財団専務理事。孝明天皇研究に従事。明治天皇の玄孫にあたる。著書に『語られなかった皇族たちの真実』(小学館)がある。
artist H.P.>>
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