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vol.147 仁徳天皇B【古事記、第四十六話】
 大雀命(おおさざきのみこと)(第16代仁徳天皇(にんとく・てんのう))が大后(おおきさき)の石之日賣命(いわのひめのみこと)に内緒で、こっそりと吉備国(きびのくに)(現在の岡山県、中部・東部)にいる黒日賣(くろひめ)に逢いにいった後のことです。
 大后(おおきさき)が豊楽(とよのあかり)(宮中での御酒宴)を催そうとして、御綱柏(みつながしわ)(酒を盛るための柏の葉)を採りに木国(きのくに)(紀伊の国―現在の和歌山県)に出かけたとき、天皇(すめらみこと)は八田若郎女(やたのわきいらつめ)と結婚しました。
 そして大后(おおきさき)が御綱柏(みつながしわ)を御船にたくさん積んで帰る時、自分の国に帰る途中だった水取司(もいとりのつかさ)(飲料水などを司る役の者)として雇われていた吉備国(きびのくに)(現在の岡山県中部・東部)の児島(こじま)(現在の児島半島、当時は島だった)の人夫(にんぷ)が難波之大渡(なにはのおおわたり)に遅れて着いた倉人女(くらびとめ)(蔵に仕える女性)の船と出くわし、
 「天皇(すめらみこと)は近頃、八田若郎女(やたのわきいらつめ)と結婚され、昼夜遊んでいらっしゃる、もしかすると大后(おおきさき)はこの事をお聞きになっていらっしゃらないから、静かに出かけていらっしゃるのでしょうか」
 と語りました。
 するとその倉人女(くらひとめ)は、その語る言葉を聞き、御船に追いついて、人夫(にんぷ)が言った有様を詳しく大后(おおきさき)に申し上げました。
 それを聞いた大后(おおきさき)は大いに恨み怒り、その御船に載せていた御綱柏(みつなかしは)をことごとく海に投げ捨てました。
 そこで、その地を名付けて御津前(みつのさき)(難波津(なにわのつ)にある岬で、現在の大阪市)と言うのです。
 そして宮には入らず、その御船で避けるようにして堀江(ほりえ)(旧淀川)を溯り、川に沿って山代(やましろ)の方に上り進みました。この時に大后(おおきさき)が詠(よ)んだ歌は、

 つぎねふや 山代河(やましろがわ)を 河上(かわのぼ)り 我が上(のぼ)れば 河の辺(べ)に 生(お)ひ立(だ)てる 烏草樹(さしぶ)を 烏草樹(さしぶ)の木 其(し)が下に 生(お)ひ立(だ)てる 葉広(はびろ) 五百箇(ゆつ)真椿(まつばき) 其(し)が花の 照り坐(いま)し 其(し)が葉の 広(ひろ)り坐(いま)すは 大君(おおきみ)ろかも

 (現代語訳)
 淀川(よどがわ)を遡り、私が上っていくと、川辺に烏草樹(さしぶ)の木が生えている。その烏草樹(さしぶ)の木の下に生えている葉の広い清らかな真椿(まつばき)。その花のようにお顔が照っていて、その葉のように(女性に)手を広げているのが、大君でしょう。

 そして山代(やましろ)から廻って、那良(なら)の山の口(奈良山のふもと)に着いて詠(よ)んだ歌は、

 つぎねふや 山代河(やましろがわ)を 宮上(みやのぼ)り 我が上れば あをによし 那良(なら)を過ぎ 小楯(をだて) 倭(やまと)を過ぎ 我が見が欲(ほ)し国は 葛城高宮(かづらきたかみや) 吾家(わぎへ)のあたり

 (現代語訳)
 淀川を宮に向かって、私が上り、奈良を過ぎて倭(やまと)を過ぎると、私が見たいと思っていた国、葛城高宮(かづらきたかみや)が、我が家の辺りです。

 大后はこのように歌を詠んでから帰り、暫く筒木(つつき)(現在の京都府京田辺市)の韓人(からひと)(百済(くだら)からの渡来人)、名は奴理能美(ぬりのみ)の家に滞在しました。
 天皇(すめらみこと)が、その大后(おおきさき)が山代(やましろ)から上り進んだと聞いて、舎人(とねり)(天皇や皇族に仕え身の回りのお世話をする人)の、名は鳥山(とりやま)という人を遣(つか)わし、次のような歌を送っておっしゃいました。

 山代(やましろ)に い及(し)け鳥山(とりやま) い及(し)けい及(し)け 吾(あ)が愛妻(はしづま)に い及(し)き遇(あ)はむかも

 (現代語訳)
 山代(やましろ)に、急ぎ追いつけ鳥山(とりやま) 追いつけ追いつけ 私の愛しい妻に、追いついて会ってくれ

 また、続けて丸邇臣(わにのおみ)(現在の天理市和爾(わに)付近を本拠とした豪族)の口子(くちこ)を遣(つか)わして天皇(すめらみこと)が詠(よ)んだ歌は、

 御諸(みもろ)の その高城(たかき)なる 大猪子(おおいこ)が原(はら) 大猪子(おおいこ)が 腹にある 肝向(きもむか)ふ 心をだにか 相思(あいおも)はずあらむ

 (現代語訳)
 三輪山(みわやま)のあの高い砦(とりで)の中にある、大猪子(おおいこ)が原(はら)。大猪(おおいのしし)の腹の中で向き合っている心。せめて心でだけは、想い合っていたいものだ。

 また、詠(よ)んだ歌は、

 つぎねふ 山代女(やましろめ)の 木鍬持(こくわも)ち 打ちし大根(おおね) 根白(ねじろ)の 白腕(しろただむき) 枕(ま)かずけばこそ 知らずとも言はめ

 (現代語訳)
 山代(やましろ)の女が木の鍬(くわ)を持ち、耕して作った大根よ。その大根の根のように白い腕を枕(まくら)として共に寝ることがなかったのなら、知らないとでも言うとよいだろう。

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出典:「お世継ぎ」(平凡社)八幡和郎 著
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作家 プロフィール
山崎 元(やまざき・はじめ)
昭和50年、東京生まれ。旧皇族・竹田家に生まれる。慶応義塾大学法学部法律学科卒。財団法人ロングステイ財団専務理事。孝明天皇研究に従事。明治天皇の玄孫にあたる。著書に『語られなかった皇族たちの真実』(小学館)がある。
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