大雀命（おおさざきのみこと）（第16代仁徳天皇（にんとく・てんのう））の大后（おおきさき）の石之日賣命（いわのひめのみこと）はよく嫉妬（しっと）しました。
　そのため、天皇（すめらみこと）が側におこうとした妾（みめ）（「めかけ」）は、宮中に入ることもできず、もし目立ったようなことをすれば、石之日賣命（いわのひめのみこと）足をばたばたさせて妬みました。
　それでも天皇（すめらみこと）は、吉備海部直（きびのあまべのあたい）の娘、名は黒日賣（くろひめ）が、その容姿がうるわしいと聞き、召（め）し上げて側で使うことにしました。
　しかし、黒日賣（くろひめ）は、その大后（おおきさき）の妬（ねた）みを恐れ、本国に逃げ帰ってしまいました。
　天皇（すめらみこと）が高い楼閣（ろうかく）で、黒日賣（くろひめ）の船が出て海に浮かんだのを眺めて詠（よ）んだ歌は、

　沖方（おきへ）には　小船（おぶね）連（つら）らく　くろざやの　まさづ子（こ）吾妹（わぎも）　国（くに）へ下（くだ）らす

（現代語訳）
　沖の方に小舟が連なっている。我が妻で妹のようなのまさづ子が、故郷へ帰って行く。

　ところが、大后（おおきさき）はこの御歌を聞いて大いに怒り、人を大浦（おおうら）（現在の大阪湾）に遣わし、故郷へ帰ろうとする黒日賣（くろひめ）を船から下ろさせ、陸路を歩いて帰らせました。
　そこで天皇（すめらみこと）は、その黒日賣（くろひめ）を恋（いと）しく思い、大后（おおきさき）を欺（あざむ）いて、「淡道島（あわじしま）（現在の淡路島）を見たいと思う」と言って出かけ、淡道島（あわじしま）で遠くを眺めて詠（よ）んだ歌は、

　おしてるや　難波（なには）の崎（さき）よ　出（い）で立（た）ちて　我が国見れば　淡島（あわしま）　自凝島（おのごろしま）　檳榔（あじまさ）の　島も見ゆ　放（さけ）つ島見ゆ

（現代語訳）
　照りかがやく難波の崎から、海に出て我が国を見れば、淡島（あわしま）も自凝島（おのごろしま）も、檳榔（あじまさ）の生えた島も見える、そして離れ島も見える
　（淡島（あわしま）と自凝島（おのごろしま）はいずれも伊邪那岐神）（いざなきのかみ）と伊邪那美神（いざなみのかみ）が生んだ島。第09回、「国生み」と「神生み」（古事記、第二話）参照）

　そして天皇（すめらみこと）はその島を通って吉備国（きびのくに）（現在の岡山県、中部・東部）に向かいました。
　すると黒日賣（くろひめ）は、天皇（すめらみこと）をその国の山の畑にお呼びして、大御飯（おおみけ）を献（たてまつ）りました。
　黒日賣（くろひめ）が熱い汁物を煮るために、そこの青菜を摘（つ）んでいると、天皇（すめらみこと）がその嬢子（おとめ）が青菜を摘（つ）んでいる所に来て詠（よ）んだ歌は、

　山県（やまがた）に　蒔（ま）ける菘菜（あおな）も　吉備人（きびひと）と　共にし採（つ）めば　楽しくもあるか

（現代語訳）
　山の畑に蒔（ま）いた青菜（あおな）も、吉備（きび）の人と共に摘（つ）むのは、なんと楽しいことか。

　天皇（すめらみこと）が難波の都に帰る時、黒日賣（くろひめ）が詠（よ）んで献（たてまつ）った御歌は、

　倭（やまと）（現在の奈良県）方（へ）に　西風（にし）吹き上げて　雲離れ　退（そ）き居（お）りとも　我忘れめや

（現代語訳）
　倭の方に西風が吹き上げて、雲が離れていくように、たとえ私たちが離れ離れになろうとも、私はあなた様のことを忘れることはありません。

　そして黒日賣（くろひめ）は続けて次の歌を詠（よ）みました。

　倭（やまと）方（へ）に　往（ゆ）くは誰（た）が夫（つま）　隠水（こもりづ）の　下よ延（は）へつつ　往（ゆ）くは誰（た）が夫（つま）

（現代語訳）
　倭（やまと）の方へ向かって行くのはどこのお方でしょう。こっそりと人目を忍（しの）んで先へ先へと行くのは、どこのお方でしょう。

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