vol.142 憲法第二条【皇位の継承】E皇位継承直後に行われる儀式
天皇の代替わりについては、皇室典範第4条が「天皇が崩(ほう)じたときは、皇嗣(こうし)が、直ちに即位(そくい)する。」と示しています。
皇位継承に当たり、様々な儀式が行われますが、それについては皇室典範第24条が「皇位の継承があつたときは、即位の礼を行う。」と示しているだけで、細かいことは書かれていません。
皇位継承の儀式と、その法的な位置づけについて考えてみましょう。
かつて天皇の代替わりは、「践祚(せんそ)」と「即位」という二つの段階を経るとされていました。
先帝の崩御(ほうぎょ)の後に、天皇が天皇であることの証である「三種の神器」を継承するのが「践祚」、そしてその後に即位の例と大嘗祭(だいじょうさい)を行うことが「即位」とされてきたのです。
昭和22年に廃止になった旧皇室典範では、践祚と即位を区別し、次のように規定していました。言葉づかいは難しいですが、「践祚」と「即位」が分けて記されているところに注目してください。
第10条 天皇崩スルトキハ皇嗣即チ
践祚シ祖宗ノ神器ヲ承ク
第11条
即位ノ礼及大嘗祭ハ京都ニ於テ之ヲ行フ
第12条
践祚ノ後元号ヲ建テ一世ノ間ニ再ヒ改メサルコト明治元年ノ定制ニ従フ
また、践祚や即位について定めた登極令(とうきょくれい)(昭和22年に廃止)という皇室令があり、そこに儀式の種類などが記されています。ところで、「極」というのは天皇の位のことで、「登極」は皇位継承を意味します。
しかし、大戦が終結して昭和22年に憲法が改正され、旧皇室典範が廃止されて新しい皇室典範が立てられると、皇位継承を「践祚」と「即位」に区別せず、全てを「即位」という言葉で表現するようになりました。
登極令は既に廃止され、皇位継承の祭祀や儀式について詳細を記した法令はなくなってしまい、皇室典範はただ「即位の礼を行う」(第24条)とだけ記しています。
昭和64年1月7日に昭和天皇が崩御あそばし、日本国憲法下における最初の皇位継承がありました。
この日「剣璽(けんじ)等承継の儀」と「即位後朝見(ちょうけん」の儀」が国事行為として行われました。「剣璽等承継の儀」は新帝が先帝から三種の神器を受け継ぐ儀式で、「即位後朝見の儀」は内閣総理大臣以下が即位した新帝に拝謁(はいえつ)する儀式です。前者は旧皇室典範第10条、後者は登極令の附式に従って行われました。
これについては、憲法違反とする次のような見解があります。「剣璽等承継の儀」は宗教的色彩の濃い行為であり、これを国事行為として行うのは政教分離原則に反し、三種の神器を皇位と一体と考えるのは憲法第一条の国民主権に反し、また「即位後朝見の儀」は忠誠儀式そのままであるから、やはり憲法第一条の国民主権に反するというのです。
はたしてそうなのでしょうか。先ず「剣璽等承継の儀」について考えましょう。
皇位が世襲であることは憲法が記すところです。本来世襲は平等原則に反するのですが、昭和22年に憲法改正にあたり、天皇を残すと決めた以上、皇位は世襲でなくてはなりませんでした。四年毎に選挙で天皇を選ぶなら、それは天皇ではないからです。
法律は原則と例外があります。原則と例外の間には矛盾があっても良いのです。
皇室には皇室の祭祀がありますから、皇位を世襲するためには、祭祀を継承する必要があります。三種の神器の継承などは祭祀の継承に必要なことですから、たとえ宗教的色彩があろうとも、これを国事行為とすることに法的問題はないと考えるべきでしょう。
また、もし国家が宗教的色彩の濃い行為を行うことが直ちに憲法違反だというなら、省庁が飾るクリスマスツリーや門松や鏡餅などはすべて憲法違反にすべきでしょう。
そして、三種の神器が皇位と一体であるというのは憲法が成文化される以前からの慣習憲法で、国民主権とは矛盾しません。
つまり、日本国憲法における天皇は、国民に任命されたのではなく、伝統的な天皇の在り方を国民が確認した結果なのです。
「国民主権」という場合の主権とは、国家の意思を最終的に決定する力のことであり、三種の神器が皇位と一体であったとしても、国家の意思を最終的に決定する力が変更されることはないのです。
次に「即位後朝見の儀」についてですが、憲法が示す通り、天皇は「象徴」です。国民主権という場合の国民は一つの国民の姿であって、目に見えません。国会の意思が一つである以上、国民の意思も一つです。その見えない国民の姿を象徴するのが天皇なのです。
一方、目に見える一人一人の国民は、主権によって統治される国民の姿です。ですから、一人一人の国民は主権者ではないのです。ですから、「統治する国民」の象徴が天皇であり、また、「統治される国民」の代表が内閣総理大臣ということになります。
したがって、天皇が日本国民の象徴として、「統治される国民」の代表である内閣総理大臣に高いところから「おことば」を発せられるのは、むしろ憲法的であるというべきでしょう。
まして、内閣総理大臣は天皇に任命される立場ですから、内閣総理大臣が新帝の謁を賜り、天皇の「おことば」に奉答するのは自然な姿です。
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