皇室のきょうかしょ 皇室のあれこれを旧皇族・竹田家の竹田恒泰に学ぶ!
vol.123 応神天皇B(古事記、第三十九話)
 応神天皇(おうじん・てんのう)が日向国(ひむかのくに)(現在の宮崎県)の諸県君(もろがたのきみ)の娘、髪長比売(かみながひめ)が、その姿が美しいと聞いて、仕えさせようとして宮中に呼び入れました。
 その時、太子(ひつぎのみこ)の大雀命(おおさざきのみこと)は、そのおとめが難波津(なにわづ)に着いたところを見て、その姿がとても美しいのに惚れてしまい、大臣(おおおみ)の建内宿禰(たけのうちのすくね)に次のように頼みました。

「この、日向(ひむか)から天皇(すめらみこと)が召し上げた髪長比売(かみながひめ)を、天皇にお願いして、私に譲ってもらえないだろうか」

 そこで、建内宿禰がそのことを天皇に頼むと、天皇は髪長比売をその御子(みこ)にお与えになりました。
 それは次のような様子でした。天皇が新嘗祭(にいなめさい)という宮中で行われるお祭りの翌日、豊明(とよのあかり)の宴会を催したその日に、髪長比売に大御酒柏(おおみきのかしわ)(柏の葉に盛った酒)を持たせ、太子(ひつぎのみこ)に与えたのです。そこで天皇は次のような歌を詠みました。

 いざ子ども 野蒜(のびる)摘みに 蒜(ひる)摘みに 我が行く道の 香(かぐは)し 花橘(はなたちばな)は 上枝(ほつえ)は 鳥居枯(とりゐがらし) 下枝(しづえ)は 人取(ひとと)り枯(がらし) 三つ栗の 中つ枝(え)の ほつもり 赤(あか)ら嬢子(をとめ)を いざささば 良(よ)らしな

(現代語訳)
 さあ、いとしい子。野蒜(のびる)(ユリ科の多年草)を摘みに、蒜(ひる)を摘みに、私が行く道の、香(かぐわ)しい花橘(はなたちばな)は、上の枝は鳥が留まって枯らし、下の枝は人が摘んで枯らし、三つの栗の実の、その中ほどの枝の蕾(つぼみ)のような、美しいおとめを、咲かせばよいだろう。

 また、次の歌も詠みました。

 水溜まる 依網池(よさみのいけ)の 堰杙打(ゐぐひう)ちが 挿(さ)しける知(し)らに 蓴繰(ぬなはく)り 延(は)へけく知らに 我が心しぞ いや愚(をこ)にして 今ぞ悔しき

(現代語訳)
 水をたたえる依網池(よさみのいけ)の堰(せき)の杭(くい)を打つ人が、杭を打ったのも知らずに、蓴菜(ぬはな)(ジュンサイのこと)をたぐり寄せ、手を伸ばしたのも知らずに、私の心はなんと愚かであろうか。今になって悔(くや)しさがつのる。

 天皇はこの二首の歌を詠み、髪長比売を与えたのです。
 そして、そのおとめを与えられた太子(ひつぎのみこ)は次の歌を詠みました。

 道の後(しり) 古波陀(こはだ)嬢子(をとめ)を 雷(かみ)の如(ごと) 聞こえしかども 相枕枕(あひまくらま)く

(現代語訳)
 遠い国の古波陀(こはだ)のおとめは、雷のように、噂が聞こえていたけれど、いまは抱き合いながら寝ている。

 また次の歌も詠みました。

 道の後(しり) 古波陀(こはだ)嬢子(をとめ)は 争(あらそ)はず 寝しくをしぞも 愛(うる)はしみ思ふ

(現代語訳)
 遠い国の古波陀(こはだ)のおとめが、拒(こば)みもせずに寝たときを、愛(いと)しく思う。

 また、吉野の国主(くず)たちは、大雀命(おおさざきのみこと)が帯(お)びている御刀(おんたち)を見て次の歌を詠みました。

 品陀(ほむた)の 日の御子(みこ) 大雀(おおさざき) 大雀 佩(は)かせる大刀(たち) 本剣(もとつるぎ) 末(すゑ)ふゆ 冬木(ふゆき)の 素幹(すから)が下樹(したき)の さやさや

(現代語訳)
 品陀(ほむた)の日の御子(みこ)、大雀(おおさざき)、大雀。その身に佩(は)いた大刀(たち)は、根本は鋭く、先はしなやかに揺れている。葉のない冬の木の、幹の下に生えている木のように、さやさやと。

 また、吉野の白檮上(かしのふ)に横臼(よこうす)を作って、その横臼で大御酒(おおみき)を醸(かも)し、その大御酒を献(たてまつ)った時、口鼓(くちつづみ)を打って舞いながら次の歌を詠みました。

 白檮上(かしのふ)に 横臼(よこうす)を作り 横臼に 醸(か)みし大御酒(おおみき) うまらに 聞こしもち食(を)せ まろが父(ち)

(現代語訳)
 樫の生えているところで、横臼(よこうす)を作った。その横臼で醸(かも)した大御酒(おおほみき)。おいしく召し上がりたまえ、われらの父よ。
 
 この歌は吉野の国主(くず)たちが天皇に貢物を献上するたびに、詠む歌です。

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出典:「お世継ぎ」(平凡社)八幡和郎 著
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作家 プロフィール
山崎 元(やまざき・はじめ)
昭和50年、東京生まれ。旧皇族・竹田家に生まれる。慶応義塾大学法学部法律学科卒。財団法人ロングステイ財団専務理事。孝明天皇研究に従事。明治天皇の玄孫にあたる。著書に『語られなかった皇族たちの真実』(小学館)がある。
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