vol.120 応神天皇A(古事記、第三十八話)
ある時、応神天皇(おうじん・てんのう)は近つ淡海国(ちかつおうみのくに)(近江国。現在の滋賀県)に進もうとして、宇遅野(うぢの)(現在の京都府宇治市)にお立ちになって、葛野(かづの)(現在の京都市)を望んで次のように歌いました。
千葉(ちば)の 葛野(かづの)を見れば 百千足(ももちだ)る 家庭(やにわ)も見ゆ 国の秀(ほ)も見みゆ
(現代語訳)
葛野を見渡すと、たくさん満ち満ちている人家の庭が見える。国の素晴らしさも見える。
そして、木幡村(こはたのむら)(現在の京都府宇治群)に至った時、道の分かれたところで、うるわしい嬢子(おとめ)と出会いました。
天皇がその嬢子(おとめ)に、「あなたは誰の子供ですか?」とお尋ねになると、その嬢子(おとめ)は「丸邇(わに)の比布礼能意富美(ひふれのおほみ)の娘で、名は宮主矢河枝比売(みやぬしやかわえひめ)です」と答えました。
(丸邇(わに)とは、現在の天理市和爾(わに)付近を本拠地とした豪族で、後に春日臣(かすがのおみ)を称した。)
天皇はその嬢子(おとめ)に「私が明日帰る時に、あなたの家に寄ろう」とおっしゃいました。
早速、矢河枝比売(やかわはえひめ)は、男の人と道端で出会ったことなどをつぶさにその父に語りました。
すると父は「それは天皇(すめらみこと)に違いない。畏れ多いことだが、我が子よ、お仕えしなさい」と言って、その家をきれいに掃除して待っていると、翌日、約束通り天皇がいらっしゃいました。
そして、大御酒盞(おおみさかずき)を献上すると、天皇は、その大御酒盞をお持ちになりながら、歌をお詠(よ)みになりました。
この蟹(かに)や 何処(いづく)の蟹 百伝(ももづた)ふ 角鹿(つぬが)の蟹 横去(よこさら)ふ 何処(いづく)に到る 伊知遅島(いちぢしま) 美島(みしま)に著(と)き 鳰鳥(みほどり)の 潜(かづ)き息づき しなだゆふ 佐佐那美道(ささなみぢ)を すくすくと 我が行(い)ませばや 木幡(こはた)の道に 逢(あ)はしし嬢子(をとめ) 後姿(うしろで)は 小楯(をだて)ろかも 歯並(はな)みは 椎菱如(しひひしな)す 櫟井(いちひゐ)の 丸邇坂(わにさ)の土(に)を 初土(はつに)は 膚赤(はだあか)らけみ 底土(しはに)は 丹黒(にぐろ)き故(ゆえ) 三(み)つ栗(ぐり)の その中つ土(に)を かぶつく 真火(まひ)には当てず 眉画(まよが)き 濃(こ)に画(か)き垂(た)れ 逢(あ)はしし美女(をみな) かもがと 我が見し子ら かくもがと 我(あ)が見し子に うたたけだに 対(むか)ひ居(を)るかも い添(そ)ひ居(を)るかも
(現代語訳)
この蟹はどこの蟹だ。遠い遠い角鹿(つぬが)の蟹だ。横に歩くとどこへ行く。伊知遅島(いちぢしま)(所在不明)美島(みしま)(所在不明)に着く。カイツブリ(水鳥の一種)が潜り息をするように、坂道が上り下りしている佐佐那美(ささなみ)(琵琶湖南岸の地名)への道を、すくすくと私が進み、木幡(こはた)の道で出逢った乙女(おとめ)は、後姿が楯(たて)のようにすらりとしていて、歯並びは椎(しい)や菱(ひし)の実のように白く、櫟井(いちひゐ)の丸邇坂(わにさ)の土を、上の方の土では肌が赤くなり、下の方の土では黒くなるので、中ほどの土を取り、直火には当てずに、眉(まゆ)を濃く尻下がりに描いた、出逢った乙女よ。こうもしたいと私が思った子と、ああもしたいと私が思った子と、向かい合っている。寄り添っている。
このようにして出会って、生んだ御子(みこ)が、宇遅能和紀郎子(うぢのわきいらつこ)、応神天皇が皇位を継がせようとした御子(みこ)です。
古事記は応神天皇の記事の途中で、宇遅能和紀郎子が生まれた経緯をこのように記しています。
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出典:「お世継ぎ」(平凡社)八幡和郎 著
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昭和50年、東京生まれ。旧皇族・竹田家に生まれる。慶応義塾大学法学部法律学科卒。財団法人ロングステイ財団専務理事。孝明天皇研究に従事。明治天皇の玄孫にあたる。著書に『語られなかった皇族たちの真実』(小学館)がある。
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