平成五年に東宮(とうぐう)殿下(皇太子殿下)と御結婚あそばした東宮妃殿下(皇太子妃雅子殿下)は、十年後の平成十五年に帯状疱疹(たいじょうほうしん)によって御入院あそばし、御静養に入られました。
それから五年近くが経ちますが、徐々に快復(かいふく)の兆しが見えるものの、御公務への完全復帰の目途は立っていません。
宮内庁は平成十六年に東宮妃殿下の御不例(病気のこと)を「適応障害」と発表しました。「適応障害」という精神疾患(しっかん)は余り知られていませんでしたが、精神医学の現場ではよく知られていた専門用語です。
宮内庁の発表により、「適応障害」という名前だけは有名になりましたが、その具体的な内容については未だ知られていないようです。
それどころか、「適応」と「障害」という言葉の持つイメージから、「社会に適応できない劣った人間」などと理解する人もいます。しかし、適応障害とはそのような意味ではありません。大きな誤解というべきでしょう。
鬱病(うつびょう)の潜在患者数は人口の約五%の約六〇〇万人と推定され、そのうち現在医療機 関で治療を受けている患者数は約七〇万人に上ります。適応障害は鬱病の前段階の症状ですから、適応障害の患者数は鬱病よりもさらに多いと考えられます。
いま精神疾患は大きな社会問題となっています。様々な種類の職場でも鬱病や適応障害に悩む人がいます。東宮妃殿下が適応障害に苦しんでいらっしゃるのは、特別なことではありません。適応障害は誰がいつなってもおかしくないものなのです。
適応障害は、真面目な人、義理人情に厚い人、責任感が強い人などが特に陥りやすく、学校や会社に行こうと思っても行けなくなる、食欲や気力がなくなる、眠れなくなるなど、様々な症状が出る場合があります。
真面目であることはよいことなのですが、それも度が過ぎると苦しくなってしまうものです。
適応障害という言葉は、adjustment disorderを直訳したもので、一九八〇年にアメリカ精神医学会が作り出した精神疾患の診断名です。
アメリカ精神医学会は適応障害の定義を次のように示しています。
以下のすべてを満たす時のみ、適応障害とされる。
A. 明らかなストレスに反応して、それが始まってから3ヵ月以内に行動、感情面の 症状が始まっていること。
B. その症状は以下の2つのうちどちらかの形をとる、臨床上に問題となるレベルである。
(1) そのストレスにより当然予想されるような苦痛の状態を超える
(2) 社会的、職業的な役割が果たせない
C. 障害は他の精神障害の基準を満たさないし、すでに存在した精神障害や人格障害の悪化ではない。
D. 近しい人との死別による反応とは違う。
E. ストレス状況がなくなってから6ヵ月以内に消失する。
(野村総一郎「適応障害をどうとらえるか」『こころの科学』第114号、日本評論社、2004年3月、P.11)
これを分かりやすくいうと、適応障害とは「ストレスのせいで、気分や行動が一時的に変化し、それによって社会生活に影響が出ているが、他の精神障害にかかるまでには至っていない状況」ということになります。
原因がストレスであることが適応障害の重要な条件の一つです。ですから、原因が不明であった場合は適応障害ではありません。
また、他の精神障害ではないということは、不安障害・鬱病・精神病などの人は除外されますので、適応障害は全ての精神疾患の最後に診断される診断名です。
適応障害とは、不安障害・鬱病・精神病などの病気には至ってなくとも、放置したら本格的な病気に以降する可能性があり、また適切な治療によって完治することができると考えられていて、いわば病気と健康の中間に当たります。
ストレスが始まってから三ヶ月以内に症状が始まること。そして、ストレスの原因がなくなってから六ヶ月以内に症状がなくなることも重要な条件です。
次回、適応障害への対処の方法などを説明していくことにします。