皇室のきょうかしょ 皇室のあれこれを旧皇族・竹田家の竹田恒泰に学ぶ!
vol.111 仲哀天皇B(古事記、第三十五話)
 神宮(じんぐう)皇后は、新羅(しらぎ)征討の仕事がまだ終わらないうちに、こどもが生まれそうになりました。
 そこで、直ぐにこどもが生まれないように、御腹を鎮め、落ち着かせようとして、石を取り服の腰に巻きました。
 そして、新羅から帰り、筑紫国(つくしのくに)に渡ると、その御子が生まれました。その子は、後に応神天皇(おうじん・てんのう)となる人物です。
 故に、その御子の生まれた地を名づけて宇美(うみ)(現在の福岡県粕屋郡宇美町)といいます。
 また、服に巻きつけた石は筑紫国の伊斗村(いとのむら)(現在の福岡県糸島郡)にあります。
 また、筑紫の末羅県(まつらのあがた)の玉島里(たましまのさと)(現在の佐賀県東松浦郡の玉島川)に着き、その川辺で食事をした時、ちょうど四月の上旬でした。
 そこで、その河中の磯に座って、服の糸を抜き取り、飯粒(いいぼ)を餌にして、その河の年魚(あゆ)を釣りました。
 その川の名を小河(おがわ)、またその磯の名を勝門比売(かつとひめ)といいます。
 故に、四月の上旬ころ、女人(おみな)が服の糸を抜き、飯粒を餌にして年魚を釣ることが、今に至るまで絶えないのです。

 出産を終えた神宮皇后が大和(現在の奈良県)に帰る時、人々の心が疑わしく、生まれたばかりの子の命が狙われる危険がありました。その子の兄たちが軍を差し向ける可能性があったのです。
 そのため、神宮皇后は喪船(もふね)(棺を乗せる船)を一隻用意して、御子をその喪船に乗せて、「御子は既に亡くなりました」と言い広めさせました。
 このようにして大和に向かうと、御子の腹違いの兄である香坂王(かごさかのおう)と忍熊王(おしくまのおう)がこれを聞いて、待ち受け、御子を殺害する計画をし、斗賀野(とがの)(現在の大阪市とする説と、神戸市とする説がある)に進み出て、誓約狩(うけいがり)をしました。
 誓約狩とは占いの一種で、神に誓って狩をして、神意をうかがい、吉凶を判断することです。
 そこで香坂王が、くぬぎの木に登って遠くを眺めていたところ、大きな怒れる猪が現れ、そのくぬぎの木を掘って倒し、香坂王を食い殺しました。

 しかし、その弟の忍熊王はそれを恐れずに、軍勢を集めて立ち向かいました。喪船に近寄り、その空の船を攻めようとしました。すると、その喪船から軍勢が下りてきて戦が始まりました。
 この時、忍熊王は難波吉師部(なにわのきしべ)の祖である伊佐比宿禰(いさひのすくね)を将軍(いくさのきみ)とし、太子(ひつぎのみこ)の方は丸邇臣(わにのおみ)の祖である難波根子建振熊命(なにわねこたけふるくまのみこと)を将軍としました。
 そして、追い退けて山代(やましろ)(現在の京都市)に至った時、還り立って、双方はお互いに退かず戦いました。
 そこで、建振熊命が謀(はかりごと)をめぐらせて、「神宮皇后は既に亡くなった。だから、もう戦うことはなかろう」と言わせ、弓の弦を切り、偽って降伏するふりをしました。
 ここに伊佐比宿禰は、偽りを信じ、弓を外して兵を収めました。
 建振熊命は頭上で束ねた髪の中から隠してあった弦を取り出し、再び弓に張って追い討ちをしました。
 伊佐比宿禰は逢坂(現在の京都府と滋賀県の境)まで逃げ退き、向かい立ってさらに戦いました。
 建振熊命は追い攻めて、沙沙那美(ささなみ)(琵琶湖の南の地)で相手を破り、ことごとくその兵を斬りました。
 そこで、忍熊王と伊佐比宿禰が、ともに追い攻められて、船に乗り、琵琶湖に浮かびながら詠(よ)んだ歌は、

 いざ吾君(あぎ) 振熊(ふるくま)が 痛手(いたて)負(お)はずは 鳰鳥(にほどり)の 淡海(あふみ)の湖(うみ)に 潜(かづ)きせなわ

【現代語訳】
 さあ、君よ。振熊の重い手傷を負う前に、水鳥のカイツブリのように近江の海に潜りましょう。

 このように詠うと、二人は琵琶湖に身を投じて死にました。


■質問コーナー
先日次のような質問を受けました。お答えいたします。

Q:皇居についての文章とても興味があり楽しく読ませて頂きました有難う御座います。質問が御座います。私は唄い手で皇居の桃華学堂にていつか唄を響かせたいと想っているのですがそれには何が必要なのでしょうか? 無名のアーティストであっても何か審査のようなものを経て演奏会などさせていただくことは可能なのでしょうか? また雅楽を聴くための抽選というのはどこで出来るのでしょうか? お返事頂けましたら幸いと存じます。宜しくお願い致します。(T.H.さん 28歳、女性)

A:皇居東御苑にある桃華楽堂では天皇陛下をはじめ、皇族方がご出席になる演奏会が催されることがあります。
 特に恒例になっているのは、「桃華楽堂音楽大学卒業生演奏会」。東京近郊の音楽大学の卒業生による演奏会で、毎年大学から一組ずつ派遣されます。平成20年は3月27日に行われました。音楽を深く愛された香淳皇后の意向を受け、昭和42年から毎年、桃の花が咲く時期に行われるようになりました。
 そのほか、国賓来日の際に桃華楽堂で演奏会が催されることもあります。最近の例では平成19年11月26日、ベトナム社会主義共和国主席のグエン・ミン・チエット閣下来日の折には、両陛下と閣下出席の下、ベトナムの宮廷音楽のニャーニャックが上演されました。
 また、平成16年3月14日には、桃華楽堂で皇后陛下御主催による、天皇陛下古希奉祝行事が行われ、日本各地の民俗芸能の公演が行われたこともありました。
 桃華楽堂では毎週講演が行われているわけではありません。一般のホールに比べると、講演回数はかなり少ないといえます。また、一般への貸し出しをしているわけではなく、必要に応じて宮内庁が企画運営をしています。
 したがって、出演者のオーディションなどが定期的に行われているわけではありません。出演のための決まった方法があるわけではないようです。
 ただし、もし何らかの方法論を示すとするならば、桃華楽堂音楽大学卒業生演奏会を挙げることができます。東京近郊の音楽大学をトップの成績で卒業すれば、桃華楽堂音楽大学卒業生演奏会に出演することができる可能性はあります。
 また、演目を上演するにあたり必要な演奏者を適宜選び、招聘しているようですから、今後も熱心に活動を続けていらっしゃれば、その内お声がかかることがあるかも知れません。是非がんばって続けてください。(竹田恒泰)。

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出典:「お世継ぎ」(平凡社)八幡和郎 著
皇室の系統図(クリックで拡大)

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作家 プロフィール
山崎 元(やまざき・はじめ)
昭和50年、東京生まれ。旧皇族・竹田家に生まれる。慶応義塾大学法学部法律学科卒。財団法人ロングステイ財団専務理事。孝明天皇研究に従事。明治天皇の玄孫にあたる。著書に『語られなかった皇族たちの真実』(小学館)がある。
artist H.P.>>
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