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vol.99 憲法第一条【天皇の地位・国民主権】C天皇の責任
 日本国憲法第一条の第四回目です。念のため、もう一度条文を見てみましょう。

 日本国憲法第一条
 「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。」

 人はいろいろな責任を負いながら生きています。誤って人のモノを壊してしまったら、お金を払って弁償(べんしょう)しなくてはいけませんし(民事責任)、殺人をしたら牢獄(ろうごく)に入らなくてはいけません(刑事責任)。
 また、会社の経営者であれば経営責任を負いますし、内閣総理大臣は政治責任を負うことになります。
 このように一口に「責任」といっても、色々な責任があります。では天皇にはどのような責任が及ぶか、ここでは「刑事責任」「民事責任」「政治責任」について検討してみることにしましょう。

 天皇に刑事責任が生じるような状況はほとんど想像することはできませんが、憲法学会の通説(つうせつ)(学会で最も支持される主要な説)は、「天皇は刑事責任を負わない」としています。責任を負わないことを「無答責(むとうせき)」といい、刑事責任を負わないことを、「刑事無答責」といいます。
 ただし、その根拠は大きく二つの考え方に分かれます。
 まず一つは、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴である天皇を、一検察官(けんさつかん)が起訴し、裁判官が有罪の判決を下すことは、理論的に矛盾するという意見です。これは天皇の刑事無答責の根拠を憲法第一条に求める考え方です。
 またこの考え方に対して、刑事無答責というのは重大なことであるから、天皇の刑事無答責は憲法第一条の象徴規定から導くことはできないが、摂政(せっしょう)(天皇の代理人のことで、天皇が病気などの際に、皇太子などが摂政に就任することがある)が在任中に刑事無答責であることを定めた皇室典範第二十一条から類推(るいすい)して、天皇も刑事責任を負わないという考え方もあります。
 ところで、「類推」というのは法律用語で、規定の趣旨を別の事柄についても及ばせて新たな規範を見出すことです。ここでは、「摂政は在任中刑事無答責であるから、条文はなくとも、天皇については当然に無答責である」という意味になります。
 天皇の刑事無答責の根拠を皇室典範第二十一条に求める後者の説が、憲法学会の通説となっています。しかし、私はその根拠を憲法第一条の象徴規定に求める前者の説を支持します。

 次に天皇の民事責任について考えてみましょう。憲法学会の通説では、「天皇は民事責任を負う」と考えていますが、最高裁判所は「天皇には民事裁判権は及ばない」という判決を示しました。
 これまで、天皇に民事裁判権が及ぶかどうかについて、あまり真剣に議論されてきませんでしたが、ある事件がきっかけとなり、最高裁判所の見解が初めて示されたのです。
 それは昭和天皇がご病気のとき、多くの自治体で病気平癒(へいゆ)を願う記帳所が設置されたのが発端でした。
 千葉県では県知事の判断によって記帳所が設置されたのですが、「このようなことに税金を使うのはいけない」という、ほとんどいちゃもんに近い苦情が裁判所に持ち込まれました。
 なんと、住民が天皇を相手に裁判を起こしたのです。どのような理屈(りくつ)かというと、天皇は千葉県に出費をさせ、その公金を不当に得ているから、記帳所の設置に使われた公金を返還するようにというもので、千葉県に代わって天皇から不当利得(ふとう・りとく)を取り戻すというものでした。
 そして裁判が開かれました。天皇に不当な利得があるかどうかを審議する前に、果たして天皇を相手に裁判をすることができるのかどうかという点が焦点となり、ついに最高裁判所は、平成元年十一月二十日、次のような判決を言い渡しました。

 「天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であることにかんがみ、天皇には民事裁判権が及ばないものと解(かい)するのが相当である。」

 この判決には学会から多くの批判がありましたが、私はこの判決は妥当なものだと考えています。
 もし、天皇が民事裁判で敗訴するようなことがあれば、裁判官が天皇に賠償金の支払いを命じることになります。一裁判官が天皇に支払いを命じるということは、憲法第一条の象徴規定の趣旨と矛盾するからです。
 また、万が一天皇の民事裁判権を認め、天皇が膨大金額の賠償をしなくていけなくなった場合、債権者は皇室の御物(ぎょぶつ)(天皇家が収蔵する美術品など)や宮中三殿(きゅうちゅう・さんでん)(これは天皇の私有財産)、はたまた三種の神器(これも天皇の私有財産)などを差し押さえることが出来てしまいます。
 裁判所の執行官(しっこうかん)が皇居の御所(ごしょ)(天皇のお住まい)に踏み込んで、テレビや家具などに差し押さえの赤札(あかふだ)を張るということが生じる可能性があるのです。
 まして、三種の神器は天皇が天皇たる証し(第7回、皇位のしるし「三種の神器」参照)であり、これが裁判所に差し押さえられたのでは天皇の権威などあったものではありません。そのような状況は日本国の象徴たる天皇には相応しくないのです。

 最後は天皇の政治責任ですが、これは憲法第一条だけでは検討することができません。憲法上、天皇にはどのような権能が認められ、その責任を誰が負うことになっているかを総合的に判断しなくてはいけない問題です。
 ですから天皇の政治責任については、憲法第三条以下で改めて触れることにしましょう。


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第03回 日本国憲法第一章「天皇」
第14回、天皇は「元首」か?
第79回、憲法第一条【天皇の地位・国民主権】@
第81回、憲法第一条【天皇の地位・国民主権】A
第90回、憲法第一条【天皇の地位・国民主権】B

第07回、皇位のしるし「三種の神器」


出典:「お世継ぎ」(平凡社)八幡和郎 著
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作家 プロフィール
山崎 元(やまざき・はじめ)
昭和50年、東京生まれ。旧皇族・竹田家に生まれる。慶応義塾大学法学部法律学科卒。財団法人ロングステイ財団専務理事。孝明天皇研究に従事。明治天皇の玄孫にあたる。著書に『語られなかった皇族たちの真実』(小学館)がある。
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