皇室のきょうかしょ 皇室のあれこれを旧皇族・竹田家の竹田恒泰に学ぶ!
vol.98 宮内庁長官の敬語の間違い
 平成二十年二月十三日に宮内庁で行われた、羽毛田信吾長官の定例会見で「愛子様の参内(さんだい)が依然少なく、両陛下も心配しておられる」との発言がありました。(参内とは、宮中に参上すること)

 マスコミは「宮内庁長官が皇太子殿下に苦言を呈した」などと、大きく取り上げたのですが、今回はその内容に立ち入るのではなく、羽毛田長官の言葉遣いをチェックしてみましょう。
 宮内庁長官でも正しい敬語が使えていません。これでは、間違った敬語が蔓延してしまいます。少なくとも天皇陛下のお側に仕えるのでしたら、正しい敬語を使っていただきたいと思います。
 
 文末に、二月十四日に東京新聞に掲載された「長官の会見要旨」を掲載しましたので、これを参照しながら読んで下さい。
 この会見要旨は、一部の抜粋のようですが、「そのことをちょっと申し上げた。」などという口語的表現がありますので、引用部分はかなり正確に書かれていると思われます。

 文中で天皇陛下や皇太子殿下について「おられる」という表現が何度も使われていますが、この表現は全くの間違いです。
 具体的には次の箇所です。

 「両陛下も心配しておられると思う。」

 「できる限りご一家で毎週一回、ご参内になるのを定例になさっておられた。」

 「どうしたんだろうということでのご心配はなさっておられる。」

 「努力をしたいということは言っておられました。」

 はっきりいいましょう。「おられる」「おられた」は謙譲語(けんじょうご)であって、天皇及び皇族に使うべき言葉ではありません。
 「おられる」「おられた」は、元は「おる」。これを受身の形にして丁寧にしたのが「おられる」で、これを過去形にしたのが「おられた」です。
 日本最大の国語辞典「日本国語大辞典」(小学館)によると、「おる」というのは、「そこにある。場所を占めて存在する。」という意味で、続けて「人の場合。自己を卑下したり、他人をさげすんだりする気持ちの含まれることが多い。」と記した上で、いくつかの例を挙げています。
 つまり「おる」は、@目上の人と話すときに、自らを卑下して使う言葉であり、またA目下の人と話すときや、目下の第三者について話すときに、目下の人をさげすんで使う言葉なのです。
 具体的には、@の例では、目上の人に対して、

 「私はここで待機しております。」

 「私は存じ上げておりません。」

 「申し訳ございません。反省しております。」

 などと使います。
 自らを卑下している雰囲気が伝わりますね。
 次に、Aの例では、目下の人に対して、

 「お前はここで待機しておれ。」

 「嘘を言うな。お前は知っておるはずじゃ。」

 「反省しておるようなら、許してやろう。」

 などと使います。
 現在ではあまり使わない用法なので、どちらかというと、時代劇などで使われる印象があります。

 ということなので、「おる」は謙譲語であって、まして天皇や皇族に遣う言葉ではないのです。
 謙譲語をいくら丁寧に「おられる」「おられた」などといっても、謙譲語はあくまでも謙譲語であって、尊敬語になることはありません。
 したがって、羽毛田長官が連呼していう「おられる」「おられた」という言葉は、完全な間違いということになります。

 長官の言葉使いの間違いはそれだけではありません。今度は逆に過剰敬語が使われていることを指摘しましょう。
 次の箇所です。

 「陛下がお招きになられる場合」

 「ご一家でご参内になられるのは」

 「なられる」というのは、「なる」を受身にして丁寧に表現したものです。
 しかし、この場合は「お招き」「ご参内」は既に最上級の尊敬語ですので、「なる」を受身形にして「なられる」とすると、過剰敬語になります。
 正しくは、

 「陛下がお招きになる場合」

 「ご一家でご参内になるのは」

 というべきです。
 間違いはまだあります。

 「天皇陛下が皇太子であられた時代には、」

 の「あられた」というのはおかしな表現です。正しくは、

 「天皇陛下が皇太子であらせられた時代には、」
 「天皇陛下が皇太子でいらっしゃった時代には、」

 などとなります。
 古くは「あらせらる」という言葉を使っていました。これは「ある」を尊敬語にしたものです。これを現代的に言い換えると「あらせられる」となり、過去形にすると「あらせられた」となります。
 「あらせられた」という表現が堅苦しいならば、「いらっしゃった」と言い換えても差支えありません。
 羽毛田長官のいう「あられた」は、恐らく「あらせられた」を略していったのだと思いますが、そのような言葉は存在していません。

 最後に、これは間違いとまではいえませんが、好ましくない表現が一つありますのでこれについて解説します。

 「(皇太子殿下は)、昨年の会見でこれからも両陛下にお会いする機会をつくっていきたいと思うとお述べになった。」

 「述べる」という言葉は、謙譲語ではないので即間違いとはいえませんが、「述」という言葉には「陳述する」というようなニュアンスが含まれます。「陳述する」というのは目上の人に説明することを意味しますから、皇太子殿下には「述べる」という言葉は好ましくないのではないかと私は思います。
 ですから、「お述べになった」よりは、「お話になった」の方が適切でしょう。
 しかし、日本語には「おっしゃる」という、最上級の尊敬語が存在するのですから、

「皇太子殿下は、このようにおっしゃいました。」

というのが一番美しいと思います。


【資料・長官の会見要旨】(二月十四日、東京新聞)
 天皇陛下の一昨年のお誕生日の記者会見で、愛子さまと会う機会が少ないことは残念だというご発言があり、皇太子殿下はそれを受けて、昨年の会見でこれからも両陛下にお会いする機会をつくっていきたいと思うとお述べになった
 しかし、昨年一年を見る限りは、ご参内の回数は増えていない。両陛下も心配しておられると思う。殿下ご自身が記者会見でご発言になったことなので、大切になさっていただければと思う。
 天皇陛下が皇太子であられた時代には、当時の両陛下がご在京で両殿下もご在京の場合、できる限りご一家で毎週一回、ご参内になるのを定例になさっておられた
 (現在は)陛下がお招きになられる場合や、行事に伴ってご参内される場合を別にすると、殿下のご発意によりご一家でご参内になられるのは年に二、三回という程度にとどまっている。

 ――長官の意見か。
 私自身の気持ちとして申し上げているが、回数もさることながら、やはり会見でそういうふうにおっしゃっていただいているので。私だって「私がこういうふうにする」と言えば、できるだけそうなるようにする。そのことをちょっと申し上げた。まもなくご誕生日の会見も来るので。

 ――両陛下の気持ちは。
 (参内が増えず)どうしたんだろうということでのご心配はなさっておられる。これは間違いないだろうと思います。

 ――東宮職と話したか。
 東宮職にも話したし、殿下にもお話はしました。(皇太子さまは)努力をしたいということは言っておられました

 ――参内が増えない理由は。
 分かりません。(皇太子さまが)おっしゃれば私もご披露したって構わないけれども、特におっしゃらない以上、申し上げようがない。

 ――直近では(皇太子さまに)いつ話したか。
 きょうもお話をしました。まもなく会見が来るもんですから。今回初めて申し上げたというような話じゃない。


出典:「お世継ぎ」(平凡社)八幡和郎 著
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作家 プロフィール
山崎 元(やまざき・はじめ)
昭和50年、東京生まれ。旧皇族・竹田家に生まれる。慶応義塾大学法学部法律学科卒。財団法人ロングステイ財団専務理事。孝明天皇研究に従事。明治天皇の玄孫にあたる。著書に『語られなかった皇族たちの真実』(小学館)がある。
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