vol.97 景行天皇C(古事記、第三十一話)
倭健命(やまとたけるのみこと)は、ようやく東(あづま)の蝦夷(えみし)たちをみな説得し、山河の荒ぶる神たちを平定し終えると、倭(やまと)への帰途につきました。
途中、足柄(あしがら)から、科野国(しなののくに)(現在の長野県)を越え、科野の坂の神を説得して、尾張国(おわりのくに)(現在の愛知県)に戻ってきました。
そして、前に約束していた美夜受比売(みやすひめ)の所に入りました。美夜受比売は尾張国造(おわりの・くにのみやつこ)の祖の家柄に当たります。かつて倭健命がこの地を訪れたとき、東の地から帰るときに結婚することを約束していました(第94回、景行天皇B古事記、第三十話参照)。倭健命はこのとき、約束を果たしたのです。
そして、倭健命に大御食(おおみけ)(天皇に差し上げるお膳のこと。ここでは倭健命が天皇の代理人とされている)が差し上げられたとき。その美夜受比売が、大御酒盞(おおみさかずき)(天皇に差し上げるお酒のこと。同前)を捧(ささ)げて献上しました。
このとき、美夜受比売は、その襲(おすひ)(重ねて着る衣)の裾(すそ)に、月経(つきのさわり)(女性の生理の血液)がついていました。
それで、その月経を見て御歌をおよみになりました。
「ひさかたの 天(あめ)の香具山(かぐやま) 利鎌(とかま)に さ渡わたる鵠(くび) 弱細(ひわぼそ) 手弱腕(たわやがいな)を 枕(ま)かむとは 我(あれ)はすれど さ寝むとは 我(あれ)は思へど 汝(な)が著(け)せる 襲(おすい)の裾(すそ)に 月立(つきた)ちにけり」
(現代語訳)
天の香具山を、鋭い鎌のように渡って行く白鳥よ。その首のように、か弱くて細いしなやかな腕を、枕としようとはするけど、ともに寝たいと私は思うけれど、あなたが着ている上着の裾に、新月が出てしまった。
すると、美夜受比売が、御歌に答えて
「高光(たかひか)る 日の御子(みこ) やすみしし 我が大君(おおきみ) あらたまの 年が来経(きふ)れば あらたまの 月は来経往(きへゆ)く 諾(うべ)な諾な諾な 君待ち難(がた)に 我が著(け)せる 襲(おすい)の裾(すそ)に 月立たなむよ」
(現代語訳)
太陽のように光輝く皇子よ。我が大君(おおきみ)よ。年が過ぎれば、月も過ぎてゆきます。ほんとうに、ほんとうに、ほんとうに。あなたを待ちきれないで、私が着ている上着の裾(すそ)に、月が出てしまいました。
といいました。
このようにして、倭健命と美夜受比売は結婚して、その御刀(みはかし)の草薙剣(くさなぎのつるぎ)を、その美夜受比売のもとに置いて、伊吹(いぶき)(現在の滋賀県と岐阜県の堺)の山の神を討ちに出かけました。
倭健命が草薙剣を置いていったことは、後に大きな禍(わざわい)となるのです。
こうして、倭健命は「この山の神は、剣を使わずに、素手で真正面から殺そう」といい、その山に登りました。そのとき、山のふもとで白い猪と出くわしました。その大きさは牛のようでした。
そこで、言挙(ことあげ)(自己の意思を言い立てること。タブーとされていた。)して「この白い猪に化けているのは、その神の使いであろう。今殺さなくても、帰るときに殺そうではないか。」といって登りました。
すると、激しい雹(ひょう)が降ってきて、倭建命を打って気を失わせました。この白い猪に化けていたのは、その神の使いではなく、その神自身でした。倭建命が言挙したので、気を失わされたのです。
その後、帰り下って、玉倉部(たまくらべ)の清泉(しみず)(所在不明)について休んでいたとき、徐々に意識が回復していきました。
故に、その清泉を名付けて居寤清泉(いさめのしみず)と言うのです。
その地より出発して、当芸野(たぎの)(現在の岐阜県養老町)の上に着いたとき、いいました。「私の心は、常に空を飛んで翔(か)けていきたいと願っていた。しかし今、私の足は歩くことができず、足元がトボトボしてはかどらなくなってしまった」
そこで、その地を名付けて当芸(たぎ)と言うのです。
その地より少しだけ進むと、とても疲れたので、杖をついてそろそろと歩きました。そこで、その地を名付けて杖衝坂(つえつぎざか)(三重県四日市)と言うのです。
どうやら、あれだけ強かった倭建命に死期が近づいているようです。
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第91回 景行天皇A(古事記、第二十九話)
第94回 景行天皇B(古事記、第三十話)
出典:「お世継ぎ」(平凡社)八幡和郎 著
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作家 プロフィール
昭和50年、東京生まれ。旧皇族・竹田家に生まれる。慶応義塾大学法学部法律学科卒。財団法人ロングステイ財団専務理事。孝明天皇研究に従事。明治天皇の玄孫にあたる。著書に『語られなかった皇族たちの真実』(小学館)がある。
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