vol.80 垂仁天皇A(古事記、第二十六話)
母親の沙本毘売(さほびめ)は自害してしまいましたが、その御子(みこ)は、父親である垂仁(すいにん)天皇のもとで育てられました。
さて、その御子を連れて遊ぶ様子は、尾張(おわり)(愛知県)の相津(あいづ)(所在不明)にある、二股に分かれている杉の木から二股の丸木舟を作って、それを倭(わ)(奈良県)の市師池(いちしのいけ)や軽池(かるのいけ)に運んで浮かべて遊ぶほどでした。
ところが、この御子は、幾握りもある長いアゴヒゲが胸元に垂れ下がるまで言葉を話すことができませんでした。
ある時、空高く飛んでいく白鳥の声を聞いて、御子がはじめて口をパクパクさせてものを言おうとしました。
そこで山辺の大鷹(やまのべのおおたか)という人物を遣わして、その鳥を捕らせようとしました。
そして、この人はその鷹を追って、紀伊国(きいのくに)から播磨国(はりまのくに)に至り、また追って因幡国(いなばのくに)を越えて、丹波国(たんばのくに)、但馬国(たじまのくに)に至り、東の方に追い廻り、近江国(おうみのくに)に至り、美濃国(みののくに)を越え、尾張国(おわりのくに)を通って信濃国(しなののくに)に追い、ついに越国(こしのくに)に追い至り、和那美(わなみ)の水門(みなと)(所在不明)に網を張り、その鳥を捕まえて天皇に献上しました。
そこで、その水門を、和那美の水門というのです。
垂仁天皇は、御子がその鳥を見たらまた口をパクパクさせ、今度は何かものを言うかもしれないと期待したのですが、御子がそのようにものを言うことはありませんでした。
こうして天皇が悩んで眠っている時、夢の中で次のような声が聞こえました。
「我が宮を天皇の宮殿のように造ったならば、御子は必ず話せるようになるだろう」
このように教えられたので、太占(ふとま)で占って、どの神のお考えかを求めると、その祟(たた)りは出雲(いずも)の大神の御心とうことが分かりました。
早速、その御子にその大神の宮を参拝させに遣わそうとして、誰を従わせれば良いか占うと、曙立王(あけたつのおう)が良いと分かりました。
そこで曙立王に命じて誓約(うけい)をさせました。誓約とは、前もって決めておいた結果が出るかどうかによって、ことの真偽を占うことです。
「この大神を拝むことによって、誠に良いことが起こるなら、この鷺巣池(さぎすのいけ)(奈良県)の木にいる鷺(さぎ)よ、誓約によって落ちよ。」
と言わせました。
このように言うと、誓約したその鷺は、地に落ちて死にました。また、
「誓約によって生きよ」と言うと、再び生き返りました。
また、甜白檮(あまかし)の前(さき)にある葉の広い大きな樫(かし)の木を誓約によって枯らし、また誓約によって茂らせました。
そこで、天皇は曙立王に、倭者師木登美豊朝倉曙立王(やまとはしきとみとよあさくらのあけたつのおう)という名前を賜りました。
そして、曙立王と菟上王(うなかみのおう)の二人の王を、御子に従わせて遣わせた時、占って「那良戸(ならと)(奈良山越えの入口)からだと跛盲(あしなえめしい)(足が不自由なひとや、盲目の人)に遇うだろう。大坂戸(おおさかと)(大阪山越えの入口)からもまた跛盲に遇うだろう。ただ木戸(真土山越えの入口)こそ縁起の良い入口である。」と分かり出発し、土地ごとに品遅部(ほむちべ)(垂仁天皇の御名代としての部民)を定めました。
(現在では差別的な考え方なので適切ではありませんが、昔は、「跛盲」などの障害者を遭遇することは不吉なことであると考えられていました。)
そして、出雲に至り、大神を参拝して帰る時に、斐伊川(ひいがわ)の中に黒き巣橋(すばし)(皮付きの丸太を組んだ橋)を作って、仮の宮を建ててそこに鎮座願うと、出雲国造(いずものくにのみやつこ)の祖である、岐比佐都美(きひさつみ)が、青葉の山を飾って、その川下に立てて、大御饌(おおみけ)(神様の食事)を奉ろうとする時に、その御子がつぎのように言って尋ねました。
「この川下に、青葉の山は、山のように見えて山ではない。もしかすると、出雲の石洞(いわくま)の曾宮(そのみや)に鎮座する葦原色許男大神(あしはらしこおのおおかみ)を祀るための神主の祭場だろうか」
ついに御子が話したのです。お供に遣わされた王たちは、これを聞いて喜び、見て喜び、御子を檳榔(あぢまさ)の長穂宮(ながほのみや)にいさせて、早馬の使いを立て、天皇に報告しました。
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出典:「お世継ぎ」(平凡社)八幡和郎 著
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作家 プロフィール
昭和50年、東京生まれ。旧皇族・竹田家に生まれる。慶応義塾大学法学部法律学科卒。財団法人ロングステイ財団専務理事。孝明天皇研究に従事。明治天皇の玄孫にあたる。著書に『語られなかった皇族たちの真実』(小学館)がある。
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