vol.78 垂仁天皇@(古事記、第二十五話)
伊久米伊理毘古伊佐知命(いくめいりびこいさちのみこと)(第十一代垂仁(すいにん)天皇)は師木(しき)の玉垣宮(たまがきのみや)(奈良県磯城郡)で天下を治めました。天皇は二人の后と五人の妃の間に、十三人の王と、三人の女王を儲けました。后妃と皇子女は後にまとめて記すことにします。
垂仁天皇は沙本毘売(さほびめ)を后とした時、沙本毘売の兄の沙本毘古王(さほびこおう)(第九代開化(かいか)天皇の御子の日子坐王(ひこいますおう)の子)は、妹に「夫と兄とどちらが愛しいか」と尋ねました。
妹の沙本毘売が「兄を愛しくおもいます」と答えると、沙本毘古王は謀って「あなたが本当に私を愛おしく思うのであれば、私とあなたとで天下を治めよう」といい、何度も繰り返して鍛えた鋭利なひも付きの小刀を妹に授け、「この小刀で、天皇の寝ているところを刺し殺しなさい」といいました。
垂仁天皇はその謀(はかりごと)を知らずに、その后の膝を枕にして寝ていました。沙本毘売は紐小刀(ひもがたな)で天皇の首を刺そうとして、三度も振り上げましたが、哀しい心を抑えきれず、首を刺すことはできず、涙が溢れ、その涙が天皇の顔に落ちました。
すると天皇は驚いて目を覚まし、その后に「私は不思議な夢を見た。沙本(さほ)(奈良市佐保、沙本毘古王の住むところ)の方から大雨が近づいて、急に私の顔を濡らした。また錦色の小さな蛇が私の首に巻きついた。この夢は一体何の兆しなのだろう」といいました。
それを聞いた后は、隠すことはできないと思い、天皇に次のようにいいました。
「私の兄である沙本毘古王は、私に「夫と兄とどちらが愛しいか」と尋ねました。面と向かって問われたので気後れし、私は「兄を愛しくおもいます」と答えました。すると「私とあなたとで天下を治めよう。天皇を殺すべし」といって、何度も繰り返して鍛えた鋭利なひも付きの小刀を私に授けました。これであなた様の首を刺そうと、三度振り上げましたが、哀しい気持ちが急に湧き上がってきて、首を刺すことができず、涙があなた様の顔に落ちたのです。きっとこの兆しでしょう」
天皇は「私は危うく欺かれるところであった」といい、沙本毘古王を討伐する軍を起こしました。このとき、沙本毘古王は稲城(稲を積んで作った城)を作って戦いに備えました。
ところが、沙本毘売は兄をかわいそうに思い、後ろの門から逃げ出して、その稲城に行ったのです。この時、沙本毘売は妊娠していました。天皇は、后が妊娠したこと、また三年間愛でてきたことを忍びなく思い、軍で取り囲むも、急に攻めることはしませんでした。
このように討伐が遅れている間に、后が孕(はら)んだ御子が生まれました。后はその御子を稲城の外に置いて、「もしこの御子を、天皇の御子と思われるのでしたら、引き取ってください」といいました。
天皇は「その兄を恨んでいるものの、后を愛おしく思う気持ちは変わらない」といいました。后を取り戻したい気持ちがあったのです。
天皇は、兵の中から、力が強く動作が機敏な者を集めて、「その御子を取る時、その母親をも奪い取ってきなさい。髪でもあれ手でもあれ、取る間につかんで引き出すべし」といいました。
沙本毘売はそのことを察知して、髪を剃り、剃った髪で頭を覆い、玉の緒(玉飾り)を腐らせて、三重に手に巻き、また酒で衣服を腐らせ、不通の服のようにまといました。このように備え、御子を抱いて城の外に出ました。
ここに兵がやってきて、その御子を取り、母親を捕まえようとしました。髪をつかめば紙はずり落ち、手を握れば玉の緒が切れ、服をつかめば服が破れました。これにより、御子を連れ戻すことはできましたが、母親を得ることはできませんでした。
兵たちは、天皇のもとに還り「髪は自ら落ち、衣服は簡単に破れ、また手に巻いた玉の緒もちぎれました。ですから、母親を得ず、御子を取り戻しました」といいました。
天皇は悔い恨み、玉を作った人たちを憎み、その土地を全て取り上げました。そこで、ことわざで「地得ぬ玉作」(賞を得ようとしたことによって、かえって罰を受けるようなこと)というのです。
また、天皇はその后に尋ねました。
「子の名前は必ず母が名づけるものだが、この子の名前を付けて欲しい」
すると后は「稲城を焼く時になって、火の中に生まれました。ですから、その名は本牟智和気御子(ほむちわけのみこ)とするのがよいでしょう」といいました。
続けて天皇が「いかにして育てたらよいのか」と尋ねると、后は答えて「子に乳を与える乳母、そして子に湯を浴びせる大湯坐(おほゆゑ)と若湯坐(わかゆゑ)を定めて養育するべきでしょう」といいました。そして后のいうとおりに養育しました。
また后に「おまえが結んだ瑞の小佩(みずのおひも)は誰が解いたらよいのか」(夫婦がお互いに下紐を結ぶ習慣があった)と尋ねると、后は「旦波比古多多須美智宇斯王(たにはのひこたたすみちのうしおう)の娘、兄比売(えひめ)と弟比売(おとひめ)。この二人の女王(ひめみこ)は忠誠な人たちなので、これを使うべきでしょう」といいました。
こうして、ついに沙本毘古王を殺しました。すると、沙本毘売もこれに従って自害しました。
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出典:「お世継ぎ」(平凡社)八幡和郎 著
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作家 プロフィール
昭和50年、東京生まれ。旧皇族・竹田家に生まれる。慶応義塾大学法学部法律学科卒。財団法人ロングステイ財団専務理事。孝明天皇研究に従事。明治天皇の玄孫にあたる。著書に『語られなかった皇族たちの真実』(小学館)がある。
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