みなさんは神宮に行ったことがありますか? このように尋ねると、「どこの神宮だろう」と思う人もいるでしょう。実は「神宮」といえば、伊勢の神宮を意味します。
氏族の守り神や、地域の守り神を「氏神(うじがみ)」といいますが、神宮は日本の総氏神といえる存在です。現在は交通の便が良くなり、誰でも簡単に神宮を訪れることができますが、幕末までは、伊勢参りは庶民の夢でした。「生涯に一度は伊勢を詣でたい」といわれたものです。
英国の歴史学者のアーノルド・J・トインビー博士(1889〜1975)は、神宮を訪れ、「この聖地には、あらゆる宗教の根底に横たわっている統一性がある」、「世界には神聖な場所はいくつかあるが、伊勢の神宮は最も神聖な場所の一つだ」といい遺していますが、神宮を訪れたことがある人なら、きっとそのことを体感しているのではないでしょうか。
緑に包まれた五十鈴川(いすずがわ)を眺めながら宇治橋を渡り、鳥居をくぐるとそこはもう神域です。手水舎(ちょうずや)で体を清め、神殿まで続く長い参道をゆっくりと歩いているだけで、人は大自然の中で生かされていること、そして大自然は途方もなく尊いことを実感させられます。
神宮は、内宮(ないくう)と呼ばれる皇大神宮(こうたいじんぐう)と、外宮(げくう)と呼ばれる豊受大神宮(とようけだいじんぐう)の二つの正宮(しょうぐう)があります。内宮には皇祖神(こうそしん)である天照大御神(あまてらすおおみかみ)が、また外宮には天照大御神の食を司る豊受大御神(とようけのおおかみ)が、そしてその他のお社には様々な神様が祀られています。天照大御神は太陽神で、太陽のように万物に恵みを与える神といわれ、また豊受大御神は衣食住の神で、農業を中心とする全産業の守護神とされています。この二柱を祭る、内宮と外宮は、数ある中で、もっとも大切なお社です。
神宮では、年間千五百回以上のお祭りが行なわれています。お祭りの種類は様々ですが、そのほとんどは稲の収穫を願うものです。
例えば、一年で最も大切な神嘗祭(かんなめさい)は、祭器具(さいきぐ)等を新しくし、その年の新穀を天照大神にささげ、五穀豊穣(ごこくほうじょう)を感謝するお祭りです。
また、毎朝毎夕には欠かさずに神様にお食事をお供えするお祭り、日別朝夕大御饌祭(ひごとあさゆうおおみけさい)があります。これは約千五百年間、戦時中を含め、一度も欠かさずに続けられています。
現在に生きる我々は、当たり前のように、食べ物を口にすることができますが、太古の昔は、食糧を確保することは簡単なことではありませんでした。ですから、我々の先祖は、大自然の恵みに感謝し、五穀豊穣を願うことを欠かさなかったのです。
現在の私たちも食事の前には「いただきます」、食事の後には「ごちそうさま」と唱えます。これは、大自然の恵みに感謝するものです。
自然の恵みが尊いことは、今も昔も変わるところがありません。神宮では、今日も昔と変わらぬ方法で祈りが捧げられています。
そして、それらの祭祀を司るのが天皇なのです。神宮には、日本人の心の原点があります。
伊勢の神宮の最大の特徴は、20年に一度「式年遷宮(しきねんせんぐう)」が行われることでしょう。神宮には天照大御神を祭る内宮と、豊受大御神を祭る外宮の二つの正宮があり、それぞれ、東西に同じ広さの敷地があります。
御遷宮では、隣の敷地に、それぞれ古くなったお宮と全く同じお宮を建て、大御神に御遷りいただきます。そしてこのときに、鳥居や宝物殿その他付帯する建物、また約八百種千六百点におよぶ御装束神宝(ごしょうぞくしんぽう)など、全てを新しいものに作り替えるのです。
式年遷宮は今から約千三百年前に天武(てんむ)天皇がお定めになり、7世紀の持統(じとう)天皇の代に第一回の遷宮が行われて以来、戦国時代や敗戦後の特殊な時期を除きに、これまで途切れずにずっと続けられてきた伝統的祭典です。平成25年10月に行われる式年遷宮は第61回目で、前回から丁度20年目になります。
まだ先のことと思う人も多いことでしょう。しかし、平成16年4月に天皇陛下の御聴許(ごちょうきょ)を仰いで御遷宮の準備が始められました。そして既に本格的な準備が始まっています。御遷宮当日までには、30を超えるお祭りと行事があり、約9年の月日をかけて整えられるのです。
御遷宮が行われた後に残った古いお宮はどのようになるのでしょう。遷宮自体が無駄遣いではないかと考える人もいることでしょう。しかし、20年間正殿に使用された木材は、鉋をかけられ、美しい白木の部材に生まれ変わり、鳥居としてあと20年神宮で使用され、その後また別の鳥居として更に20年使用された上で、今度は全国の神社に与えられ、さらに数十年大切に使われます。無駄になるものは何一つないのです。御遷宮はむしろ、ものを大切にすることの大切さを我々に教えてくれます。
20年ごとに遷宮を行うというのは、世界的にも例がなく、神宮特有の伝統です。なぜ、一定期間ごとに建て替えるのでしょうか。ヨーロッパではギリシャ時代、ローマ時代に神殿や教会など、多くの宗教建築が建造されました。そのいずれも永遠に存在することを願って作られたものです。しかし、神宮では定期的に建て替えるたびに原始の姿を蘇らせ、永遠を実現しているのです。事実、千年以上昔と寸分の違いもない正殿が現在も伊勢にあるのです。そして御遷宮により神も新たな息吹を受けて蘇り、神威を高められるのです。
御遷宮のたびに全ての技術と祭祀の作法が若い世代に伝承されてきたのも見逃すことはできません。物質による伝承は、建物や書類が滅失したらそれで終わってしまいます。しかし、口伝と経験による伝承は御遷宮が行われる限り、確実に伝承され続けます。また、御遷宮で伝えられるのは、技術や作法だけではありません。大自然の中で育んできた、「日本人の心」が伝承されるのです。
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伊勢の神宮
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