vol.65 神武天皇東征伝説B(古事記、第二十話)
戦に勝利した伊波礼毘古命(いわれびこのみこと)は、その地よりさらに進み、忍坂(おさか)(現在の奈良県桜井市)にある、岩をくりぬいて作った大きな家に着いたとき、尾の生えた土雲(つちぐも)(大和朝廷に従わなかった土着民を蔑んでいうことば)の八十建(やそたける)がその岩穴で待ち構えて唸っていました。
そこで天神御子(あまつかみのみこ)(伊波礼毘古命のこと)の命令によって、八十建にご馳走を届けました。
そして八十建に、多くの膳夫(かしわで)(調理人のこと)を付けて、一人ずつに刀(たち)を佩(は)かせて、その膳夫たちに、
「歌が聞こえたら、直ぐに皆で切りかかれ」
と言っておきました。
そこで、その土雲を打とうとして詠んだ歌は、
「忍坂の 大室屋(おおむろや)に 人多(ひとさは)に 来入(きい)り居(を)り 人多に 入り居(を)りとも みつみつし 久米(くめ)の子が 頭椎(くぶつつい) 石椎(いしつつい)もち 撃ちてし止まむ みつみつし 久米の子等(こら)が 頭椎 石椎もち 今撃たば良(よ)らし」
(現代語訳)
忍坂の大きな岩穴に人がたくさん集まっている。どんなにたくさん集まっていても、久米(くめ)の兵士が、コブのついた剣や石の剣(石の柄の剣とも)を持って、撃たずにおくものか。久米の兵士たちが、コブのついた剣や石の剣を持って、今こそ撃つのによいときだ。
このように歌い、刀を抜いて、もろともに土雲を打ち殺しました。
また、後に登美毘古(とみびこ)(登美能那賀須泥毘古(とみのながすねびこ)のこと)を撃とうとしたときにも、天神御子は歌を詠みました。
「みつみつし 久米の子等(こら)が 粟生(あわう)には 臭韮一本(かみらいともと) そねが本(もと) そね芽(め)繋(つな)ぎて 撃(う)ちてし止(や)まむ」
(現代語訳)
久米の兵士たちの粟畑(あわばたけ)には、臭い韮(にら)が一本生えている。その根と芽を繋いで、根元から一気に引き抜くように、討ち果たしてから止めよう。
続けて詠んだ歌は、
「みつみつし 久米の子等が 垣下(かきもと)に 植ゑし椒(はじかみ) 口(くち)ひひく 吾(われ)は忘れじ 撃ちてし止まむ」
(現代語訳)
久米の兵士たちが垣根(かきね)のわきに植えた山椒(さんしょう)の、口がひりひりする、その痛みを我々は忘れない。討ち果たしてから止めよう。
さらに続けて詠んだ歌は、
「神風(かむかぜ)の 伊勢の海の 大石(おひし)に 這(は)ひ廻(もとほ)ろふ 細螺(しただみ)の い這ひ廻(もとほ)り 撃ちてし止まむ」
(現代語訳)
神の風が吹く伊勢の海の、大きな石に這い廻っている小さな巻き貝の、その這い廻るように、討ち果たしてから止めよう。
また、兄師木(えしき)と弟師木(おとしき)を撃ったとき、続く戦のために兵士が疲れきってしまった。そこで詠んだ歌は、
「楯並(たたな)めて 伊那佐(いなさ)の山の 木(こ)の間(ま)よも い行(ゆ)きまもらひ 戦へば 吾(われ)はや飢(ゑ)ぬ 島(しま)つ鳥 鵜養(うかひ)が伴(とも) 今(いま)助(す)けに来(こ)ね」
(現代語訳)
楯を並べて伊那佐(いなさ)の山(大和国宇陀の伊那佐にある山)の木々の間を、射て進み守りながら戦ったので、我々は腹が減った。島の鳥の鵜飼(うかい)の者よ、今すぐに助けに来てくれ。
するとそこで邇芸速日命(にぎはやひのみこと)が現れて、天神御子に「天神御子が天降(あまくだ)りされると聞いたので、追って降って来ました」と申し上げ、天津端(あまつしるし)を献上して天神御子に仕えることになりました。
邇芸速日命は伊波礼毘古命よりも先に大和の地に入り、登美毘古(とみびこ)を従えていたのです。
そして、邇芸速日命が登美毘古(とみびこ)の妹の登美夜毘売(とみやびめ)を妻にして生んだ子は宇麻志麻遅命(うましまぢのみこと)。これは物部連(もののべのむらじ)、穂積臣(ほづみのおみ)、采臣(うねめのおみ)の祖です。
さて、伊波礼毘古命はこのように荒ぶる神々を説得して平定し、従わない人たちを追い払って、畝火之白檮原宮(うねびのかしはらのみや)(奈良県畝傍山の東南の地)で天下を治めることとなりました。
これにより、伊波礼毘古命は長い東征を終えて初代の天皇に即位しました。天皇の誕生です。伊波礼毘古命は後に「神武天皇」と呼ばれるようになります。
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