vol.63 神武天皇東征伝説A(古事記、第十九話)
高倉下(たかくらじ)が霊剣を献上したことで伊波礼毘古命(いわれびこのみこと)は一難を逃れました。すると、高木神(たかぎのかみ)(高御産巣日神・たかみむすひのかみ)は命令していいました。
「天つ神の御子(伊波礼毘古命のこと)をこれより奥へ進めさせてはならない。荒ぶる神がとても多い。今、天より八咫烏(やたがらす)を遣わせる。その八咫烏に導かせるので、その後を進みなさい」
そこで伊波礼毘古命たちは、その教えの通りに、八咫烏の後について進むと、吉野河(よしのがわ)の河尻(かわじり)(下流のこと)に着くことができました。
その時、筌(うえ)(竹製の魚を捕らえる道具)を作って魚を獲っている人がいました。天つ神の御子が「あなたは誰だ」と問うと、「私は国つ神。名は贄持(にえもつ)の子といいます」と答えました。これは阿陀(あだ)の鵜養(うかい)の祖です。(阿陀は現在の奈良県五條市。阿陀の鵜養は、鵜を飼って魚を獲り朝廷に納めた者)
そこからさらに進むと、尾の生えた人が井戸より出て来ました。その井戸は光っていました。そこで「あなたは誰だ」と問うと、「私は国つ神。名は井氷鹿(いひか)といいます」と答えた。これは吉野首(よしのおびと)等の祖です。(吉野首は吉野の氏族。「尾の生えた人」というのは、吉野地方の木こりが尾のように見える毛皮をつける習慣があり、それを「尾の生えた人」と表現したものと思われる)
そしてその山に入ると、また尾が生えた人に出会いました。この人は岩を押し分けて出てきました。そこで「あなたは誰だ」と問うと、「私は国つ神。名は石押分(いわおしわく)の子といいます。今、天つ神の御子がいらっしゃると聞いたので、出迎えるために参りました」と答えました。これは吉野の国巣(くず)の祖です。(吉野町国栖(くず)の地の土着の氏族)
その地より蹈(ふ)み穿(うか)ち越えて、宇陀(うだ)の地(吉野から奈良盆地に至る途中で、現在の奈良県宇陀市)に進んだ。「蹈み穿ち越え」とは穴が開くほど強く踏み越えたという意味です。そこでこの地のことを宇陀の穿(うかち)(現在の宇陀市菟田野(うたの)区宇賀志(うがし)付近)といいます。
このような土着の氏族が名乗る一連の逸話は、その地の首長たちが次々に伊波礼毘古命に服従したことを示すものだと考えられています。
宇陀には兄宇迦斯(えうかし)と弟宇迦斯(おとうかし)の二人がいました。そこで、まず八咫烏を遣わせて、二人にこのように問いました。
「今、天つ神の御子がいらっしゃっている。あなたたちも仕え奉らないか」
そこで、兄宇迦斯が、鳴鏑(なりかぶら)で八咫烏を射返(いかえ)した。そこで、その鳴鏑の落ちたところを、訶夫羅前(かぶらさき)(所在地不明)というのです。
二人の兄弟は待ち受けて撃とうと、兵士を集めました。ところが十分な兵士を集めることができず、「仕え奉ります」と偽って伝え、その間に大きな御殿を作り、御殿の中に押機(おし)(踏むと打たれて圧死するように仕掛けた罠)を作って待ちました。
すると、弟宇迦斯は一人で伊波礼毘古命を出迎え、跪(ひざまづ)いて、
「私の兄の兄宇迦斯は天つ神の御子の遣いを射返し、待ち受けて攻めようと軍を集めようとしましたが、思うように集まらず、御殿を作り、その中に押機を仕掛けています。ですから出迎えて兄の企てを申し上げました。」
といいました。
そこで大伴連(おおとものむらじ)等の祖の道臣命(みちのおみのみこと)と、久米直(くめのあたい)等の祖の大久米命(おおくめのみこと)の二人が、兄宇迦斯を呼び
「自分がお仕えするために作った御殿の中には、お前が先ず入り、どのようにお仕え奉ろうとするのかを明らかにしろ!」
と罵っていい、太刀の柄を握り、矛を向けて弓に矢をつがえて、兄宇迦斯を御殿の中に追い入れました。すると兄宇迦斯は、自分が作った押機に打たれて死にました。
そこで道臣命と大久米命たちは、兄宇迦斯の遺体を外に引きずり出し、切り刻みました。それでその地を宇陀之血原(うだのちはら)というのです。(現在、宇陀市に茅原(ちはら)の地名が残る)
弟宇迦斯が献上した大饗(おおみあえ)(天皇に献上する御膳)は、道臣命と大久米命の兵士たちに与えられました。
この時に詠んだ歌は、
宇陀の 高城(たかき)に 鴫罠張(しぎわなは)る 我が待つや 鴫(しぎ)は障(さや)らず いすくはし 鯨障(くじらさや)る 前妻(こなみ)が 肴乞(なこ)はさば 立(たち)そばの 実の無けくを こきしひゑね 後妻(うはなり)が 肴乞(なこ)はさば いちさかき 実の多けくを こきだひゑね ええ しやこしや 此(こ)はいのごふそ ああ しやこしや 此は嘲咲(あざわら)ふぞ
(現代語訳)
宇陀の高い城に鴫(しぎ)の罠(わな)を張る。待っても鴫はかからず、思いもよらない鯨がかかった。前妻がおかずを求めたら、木の実の少ないのを、こきしひゑね(掛け声、意味不明)。後妻がおかずを求めたら、木の実の多いのを、こきだひゑね(掛け声、意味不明)。エエ、シヤコシヤ(囃子ことば)。これは威嚇することば。アア、シヤコシヤ。これは嘲笑うことば。
さて、その弟宇迦斯は、宇陀水取(うだのもひとり)(朝廷の飲料水を扱った部民(べのたみ))等の祖に当たります。
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