vol.56 島流しになった天皇@日本滅亡を念じた?後鳥羽天皇
現在ではとても考えられないことですが、歴史上、流刑(るけい)や幽閉(ゆうへい)の憂(う)き目にあった天皇、上皇、皇族もいました。
これまで暗殺された天皇はいましたが、死罪(しざい)になった天皇は例がありません。死罪に次ぐ重たい刑罰が流刑です。流刑は「島流し」ともいわれ、自由を奪われるだけでなく、社会的抹殺にも当たるため、現在でいう「無期懲役」に相当する、厳罰(げんばつ)なのです。畏れ多くも天皇の位にあった者が流刑に処されるというのは尋常なことではありません。
天皇の流刑が集中したのは、武家の力が強く、朝廷と武家の力が拮抗(きっこう)していた平安時代後期から鎌倉時代にかけての期間です。宮廷内の内乱で流刑となった第75代・崇徳(すとく)天皇などの場合は流刑の実行者は天皇ですが、この時期に流刑となった天皇の多くは、武家により流刑にされたのです。つまり、時の武家政権が上皇(元天皇)を処罰したという形でした。武家と朝廷の力が拮抗していた様子がわかります。
特に承久(じょうきゅう)の乱では、三代の上皇が同時に流刑に処されました。承久の乱は、承久3年(1221)に後鳥羽(ごとば)上皇が鎌倉幕府を倒すために挙兵(きょへい)して敗れた兵乱です。
鎌倉幕府が成立してからというもの、京都を中心に西国を統治する朝廷と、鎌倉を中心に東国を統治する幕府が並立することになり、その後幕府が力をつけたことで、幕府が朝廷を抑えるような状況にありました。
朝廷と幕府が相互に不信感を募らせる中、後鳥羽上皇が幕府執権(しっけん)の北条義時(ほうじょう・よしとき)を追討する宣旨(せんじ)を発して挙兵したのです。幕府側は十分な軍備を用意しましたが、朝廷側は後鳥羽上皇も自ら武装して僧兵を動員しようとしたものの、思うように軍備が揃わず、間もなく京都は幕府軍によって制圧されることになります。
承久の乱が収束すると北条義時は、朝廷を厳しく処分しました。後鳥羽上皇の院政を停止し、時の天皇であった仲恭(ちゅうきょう)天皇は廃帝とされ、後堀川(ごほりかわ)天皇を即位させ、後鳥羽上皇を隠岐(おき)へ、順徳(じゅんとく)上皇を佐渡(さど)へそれぞれ流したのです。この時、土御門(つちみかど)上皇は挙兵に反対していたものの自ら土佐(とさ)に赴き、結果として三上皇が島流しになるという極めて異例な事態に立ち至ったのです。
また、後鳥羽上皇が持つ膨大な敷地の荘園(しょうえん)は幕府に没収されました。荘園は後に後高倉院に寄進されたのですが、幕府が支配権を持ったままでした。この乱により朝廷は経済基盤を大きく失い、その分幕府は西国の統治能力を高め、政権基盤を確立させたのです。
その後、後鳥羽上皇は18年間、土御門上皇は10年間、順徳天皇は20年間、それぞれ配所(はいしょ)で暮らし、崩御となりました。
後鳥羽上皇については、こんな挿話もあります。後鳥羽上皇が崩御した翌年の延応2年(1240)
6月に、高野山奥院の智行上人(ちぎょうしょうにん)という僧侶が次のような夢をみたと伝えられています。
後鳥羽上皇が天照大御神(あまてらすおおみかみ)に「このまま許されずに隠岐で死んでいくのは恨めしい。自分は天下を滅ぼそうと考えているので、大御神に報告に来た。」と直訴したというのです。
これはあくまでの夢の話ですから、史実ではありませんが、そのような話しが伝わっているということは、当時後鳥羽上皇の怨念が怖れられていたことを意味します。
さらに空想の話しを続けます。上皇が「天下を滅ぼす」というのは尋常ではありませんが、もし後鳥羽上皇が天照大御神にそのような直訴をしたなら、天照大御神はどのように対応するのでしょうか。
『古事記』『日本書紀』によれば、天照大御神は豊葦原水穂国(とよあしはらのみずほのくに)を統治するように邇邇芸命(ににぎのみこと)に命じたのですが、後鳥羽上皇は邇邇芸命の子孫であり、その後鳥羽上皇が「天下を滅ぼす」というならば、天照大御神はびっくりするに違いありません。
もしそのようなことがあれば、天照大御神は、おそらく邇邇芸命への委任を解除し、天孫たる別の神に豊葦原水穂国を統治するように命じて降臨させることになるはずです。決して「承知した、天下を滅ぼせ」とはおっしゃらないはずです。第二の天孫降臨が起きるなら、それは『古事記U』の始まりということになるのでしょうか。空想しはじめると尽きません。
関連資料 流刑となったおもな天皇・上皇・親王
第47代・淳仁天皇 淡路国
第75代・崇徳上皇 讃岐国、保元の乱
第82代・後鳥羽上皇 隠岐国、承久の乱
第83代・土御門上皇 阿波国・土佐国、承久の乱
第84代・順徳天皇 佐渡国、承久の乱
第96代・後醍醐天皇 隠岐国、元弘の変、その後脱出
早良親王 光仁天皇の皇子 淡路国、藤原種継暗殺事件
途中で憤死、崇道天皇が追号される
頼仁親王 後鳥羽天皇の皇子 備前国、承久の乱
雅成親王 後鳥羽天皇の皇子 但馬国、承久の乱
尊良親王 後醍醐天皇の皇子 土佐国、元弘の変、その後脱出
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