vol.51 木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ)
ある日、天津日高日子番能邇邇芸能命(あまつひこひこほのににぎのみこと)(ニニギノミコト)は、笠沙の御岬(かささのみさき)で麗(うるわ)しい乙女(おとめ)に出会いました。ニニギノミコトは一目で恋に落ちてしまいました。
「あなたは一体、どなたの娘さんですか?」
と問いかけると、その乙女は
「大山津見神(おおやまつみのかみ)の娘で、名は神阿多都比売(かむあたつひめ)、またの名は木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ)と申します。」
と答えました。続けてニニギノミコトが兄弟について尋ねると、一人、姉の石長比売(いわながひめ)がいるということでした。
ここでニニギノミコトが
「私はあなたと結婚したいと思うが、どうだろうか?」
というと、
「私が申し上げることはできません。私の父、大山津見神が申し上げることでしょう。」
とのことでした。
ニニギノミコトは早速、大山津見神の所に尋ねに遣わせると、その父の大山津見神は大いに喜び、木花之佐久夜毘売に、姉の石長比売を添えて、たくさんの嫁入り道具を持たせて、送り出しました。
古代では、結婚は家同士の結びつきなので、一人の男性に姉妹が同時に嫁ぐ姉妹婚は、よく行われていたのです。
ところが、容姿端麗(ようしたんれい)な木花之佐久夜毘売に対し、姉の石長比売は大変醜くかったのです。初めて会ったニニギノミコトはその醜さに驚き恐れ、その日の内に実家に送り返してしまいました。そしてその晩、妹の木花之佐久夜毘売だけを留め、交わったのです。
姉妹を送り出した父親の大山津見神は、石長比売だけが送り返されてきたので、大きく恥じ、次のように言いました。
「私が二人の娘を並べて差し出した理由は、石長比売を側においていただければ、天つ神の御子の命は、雪が降り、風が吹いたとしても、常に石のように変わらずに動きませぬように。また、木花之佐久夜毘売を側においていただければ、木の花が栄えるように栄えますようにと、願をかけて送り出したのです。このように石長比売を返させ、木花之佐久夜毘売ひとりを留めたのですから、今後、天つ神の御子の命は、木の花のようにもろくはかないものになるでしょう。」
といいました。
これ以来、今に至るまで、天皇命(すめらみこと)(天皇のこと)たちの御命(みいのち)は限りあるものとなり、寿命が与えられて、短い命になったのです。
その後しばらくして、木花之佐久夜毘売がやってきて、妊娠して出産が近づいていることを述べました。そして
「この天つ神の御子は、私事としてこっそり産むべきではありませんので、お伝えしました。」
といいました。
すると、ニニギノミコトは
「サクヤヒメ、たった一夜の交わりで妊娠したというのか。それはきっと私の子ではないはずだ。きっと国つ神の子であるに違いない。」
といって疑いました。
木花之佐久夜毘売は次のように答えていいました。
「私が産む子が、もし国つ神の子ならば、無事に出産することはないでしょう。しかし、もし天つ神の子であるならば、無事に出産することでしょう。」
こういうと、木花之佐久夜毘売は出入口のない八尋殿(やひろどの)をつくり、その中に入り、内側から土で塗り塞ぎ、出産にあたってその殿に自ら火を放ち、その燃え盛る火の中で子どもを生んだのです。
木花之佐久夜毘売は体を張って、生まれた子がニニギノミコトの子であることを証明して見せました。
火の中で生んだ子は、火照命(ほでりのみこと)、火須勢理命(ほすせりのみこと)、火遠理命(ほをりのみこと)(またの名は「天津日高日子穂穂出見命」(あまつひこひこほほでみのみこと))の三柱です。
ニニギノミコトと木花之佐久夜毘売の間に生まれた子のうち、火照命は「海の獲物をとる男」という意味の海幸彦(うみさちびこ)として、海の大小の魚をとっていました。
また、火遠理命は「山の獲物をとる男」という意味の山幸彦(やまさちびこ)として、いろいろな獣をとっていました。
山幸彦は、兄の海幸彦に
「おのおの、獲物をとる道具を変えてみよう」
と、三度求めたのですが、許されませんでした。しかし、山幸彦があまりにしつこくいうものだから、ついに二人は、少しだけ道具を交換して使ってみることになりました。
ところが、山幸彦は釣り針を使って魚を釣ろうとするも、結局一匹の魚も釣ることができませんでした。その上、兄の海幸彦が大切にしていた釣り針を、何と、海になくしてしまったのです。
これから一体どうなってしまうのでしょう?
つづく
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