vol.37 オオクニヌシの国造り(古事記、第十話)
須佐之男命(すさのをのみこと)と須勢理毘売(すせりひめ)は、てっきり大穴牟遅神(おほなむぢのかみ)は焼け死んだと思っていました。でも大穴牟遅神が生きていたことを知り、びっくりしました。
大穴牟遅神は須佐之男命に矢を献上しました。これでもう一つ課題をやり遂げたことになります。
でも、須佐之男命はさらにもう一つの課題を用意していました。須佐之男命は大穴牟遅神を家に連れていき、八田間大室(やたまのおほむろや)という、広くて大きな部屋に入れて、自分の頭の虱(しらみ)を取らせました。
ところが、大穴牟遅神が虱を取ろうとして覗くと、頭の上でうごめいているのは虱ではなく、ムカデでした。またしても、須佐之男命からいやがらせとも思える試練を与えられたのです。
ここで、須勢理毘売が助け舟を出してくれます。椋(むく)の木の実と赤土(はに)を大穴牟遅神に手渡し、次のように指示しました。
「椋の実を噛んで、プチプチと音をたて、赤土を口に含んでから、唾と一緒に吐き出せば、大神はきっと、あなたさまがムカデを噛み殺していると勘違いするはずです。」
いわれた通りにやってみると、須佐之男命は心の中で「けなげな奴だな」と思いながら安心して寝てしまったのです。
これはチャンスです。大穴牟遅神は須佐之男命の髪を束ねて、その部屋の太い柱に結びつけ、さらには、五百人もの人で引くほどの大きな岩でその部屋の入口を塞ぎ、須勢理毘売を背負って、逃げました。
大穴牟遅神は家を出るときに、生太刀(いくたち)と生弓矢(いくゆみや)と天の詔琴(あめののりごと)を持って出ようとしました。
生太刀・生弓矢とは、生き生きとした生命にあふれる太刀と弓矢のことで、須佐之男命の武力を象徴するものです。
また、天の詔琴とは、お告げをする時に使う琴のことで、須佐之男命の宗教的権威を象徴するものです。
しかし、大穴牟遅神はうっかりして、天の詔琴の弦を木の枝に触れさせてしまい、「ガラーン」と大きな音を立ててしまったのです。
この音で須佐之男命は驚き、目を覚ましてしまいます。須佐之男命は二人を追いかけようとして立ち上がりましたが、髪が柱に結ばれていたので、直ぐに走り出すことができませんでした。
須佐之男命は勢いで家を引き倒しましたが、それでも髪はほどけず、その間に二人は遠くへ逃げ去っていったのです。
髪がとけてようやく走り出した須佐之男命は、地底と地上との境である黄泉比良坂(よもつひらさか)までやってきて、遠くを眺め、大きな声で大穴牟遅神に向かって叫びました。
「その生太刀と生弓矢で、お前の兄弟たちをやっつけろ。山の裾、また川の瀬に追っていって打ち払え。そしてお前は大国主神(おおくにぬしのかみ)、そして宇都志国玉神(うつしくにたまのかみ)となって国を造り、わが娘の須勢理毘売を正妻として、出雲の山に、地底の石を土台にして太い柱を立て、天空にタル木を高く上げて、壮大な宮殿を建てるんだぞ、こいつめ!」
大穴牟遅神は二つの立派な名前を貰いました。これからは、大国主神と呼ぶことにしましょう。
さて、大国主神はいわれたとおり、生太刀と生弓矢で、大人数の兄弟である八十神(やそがみ)を、山の裾ごとに、また川の瀬ごとに、次々と追い詰めて倒していき、そして初めて国を造りました。これが葦原中国(あしはらのなかつくに)です。
ところで、大国主神には既に八上比売(やがみひめ)という妻がいました。そこにある日、大国主神が新しい妻を連れて帰ってきたのです。八上比売は須勢理毘売に遠慮して、自分の子を木の俣(また)に挟んで実家に帰っていきました。それで、その子を木俣神(きまたのかみ)といいます。
一族繁栄のためにはたくさんの子どもを儲けなくてはいけないのですが、それにしても大国主神は恋多き神でした。
あるとき、高志国(こしのくに)(現在の北陸地方)に沼河比売(ぬなかはひめ)という美しい姫がいると聞き、求婚するために出かけて行きました。
大国主神と沼河比売は愛の歌を詠み交わしました。これが神語(かむがたり)で、男女の問答歌の始まりです。そして二人は結ばれます。
このようにして大国主神は国を広げるたびに、各地の女性と交わり、多くの子どもができます。
国許で悲しい思いをしていたのは正妻の須勢理毘売でした。大国主神が出雲から倭国(やまとのくに)へ出陣しようとしたとき、あまりに須勢理毘売が寂しそうにしているので、大国主神は片手を馬の鞍にかけ、片足をその鐙(あぶみ)に入れて妻に歌を詠みました。
須勢理毘売は酒を持って近くに寄り、次のような歌を詠みました。
「私の大国主神よ。あなたさまは男でいらっしゃいますから、打ち廻る島の岬ごとに、また、かき廻る磯の岬ごとに、どこにでも、若草の妻を持たれることでしょう。私は女ですから、あなたさまを除いては、男はおりません。あなたさまを除いては夫はおりません。綾織物のふわりとしている下で、カラムシの布団のやわらかな下で、梶の木の繊維でつくった白い布団のざわざわとした下で、泡雪の若い胸や白い腕を愛で、玉のような手を枕にして、ゆっくりとお休みなさいませ。さあ、この御酒をお召し上がりになってください。」
そして二人は盃を交わし、愛する心の変わらないことを固く誓い合い、仲睦まじく、互いに首に手を掛け合って、今に至るまで鎮座しています。これも神語です。
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