高天原(たかまがはら)から追放された須佐之男命(すさのをのみこと)は、道中、鼻・口・尻から食べ物を出して差し出した大気津比売神(おおげつひめのかみ)を殺してしまいます。須佐之男命は、わざと食べ物を汚しているのだと勘違いしたのでした。
すると、殺された大気津比売神の体から、次々と大切なものが現れたのです。頭からは蚕(かいこ)、二つの目からは稲、二つの耳からは栗、鼻からは小豆(あずき)、陰部からは麦、尻からは大豆が現れました。
これらを拾い上げたのは、天地開闢(てんちかいびゃく)の時に高天原に出現した神で、「造化の三神」の一柱とされる神産巣日神(かみむすひのかみ)です(第五回、古事記一話)。神産巣日神はこれらを「種」として地上に授けます。これが五穀の種の起源なのです。
排泄物から料理を作った神の屍から五穀が生じたということは、食物を食べて排泄すると、それがやがて大自然に還り、また食物となるという「物質循環の仕組み」を暗示しているのではないでしょうか。このエピソードから、排泄物も資源だということに気付かされます。以来日本人は、畑に人糞を入れて農業をするようになったのです。
須佐之男命は、出雲(いずも)の国の斐伊川(ひいがわ)の上流の鳥髪(とりかみ)というところに降り立ちました。
うっそうと茂る森の中で、須佐之男命はおなかを空かせていました。するとこの時、川の上流から箸(はし)が流れてきました。須佐之男命は「河上に誰か人が住んでいる!」と考え、川を上っていきました。
すると、やはり河上に人家を見つけました。しかし、どうしたことか老人夫婦が娘を挟んで泣いていたのです。
名前を尋ねると「自分は大山津見神(おほやまつみのかみ)の子で、名は足名椎(あしなづち)、妻の名は手名椎(てなづち)、娘の名は櫛名田比売(くしなだひめ)」だといいます。大山津見神は出雲の地の守護神で、神生みのときに現れた「山の神」のことです(第9回、古事記第二話)。
続けて泣いているわけを尋ねると翁は「私には八人の娘がいたのですが、毎年、八岐大蛇(やまたのをろち)が来て一人ずつ食べてしまうのです。残るのは一人になってしまいました。今こそ八岐大蛇がやってくる時期なのです」と答えました。
八岐大蛇は、その目はホオズキのように赤く、頭は八つ、尾が八つ、その身にはコケ・檜・杉などが生え、体の大きさは八つの谷、八つの峰に渡り、その腹を見ればことごとく血がにじんでいるというのです。
そこで須佐之男命は心を決め、八岐大蛇を退治したら娘を自分にくれるよういいました。名前を尋ねられると「自分は天照大御神(あまてらすおおみかみ)の弟である。いま天より降りてきた」と自らの身分を明かし、それを聞いた老夫婦は恐縮し、娘を奉げる約束をしました。
須佐之男命は、八岐大蛇を退治するための準備をするよう、老夫婦に次のように命じました。「八回繰り返して醸造した強い酒を用意し、垣根を巡らせて、そこに八つの穴をあけて、穴ごとに台を置き、それぞれ酒船(さかぶね)(酒を入れる器のこと)に強い酒を満たして待ちなさい」
準備が整い、怪物が現れるのを待っていると、本当に聞いたとおりの姿をした八岐大蛇が現れたのです。
八岐大蛇は八つの酒船にそれぞれ頭を突っ込んで、がぶがぶと強い酒を飲み始め、しばらくするとお酒が回って、その場でぐっすりと眠ってしまいました。須佐之男命の目論見(もくろみ)通りです。
そこで須佐之男命は、腰に佩(は)いていた十拳剣(とつかのつるぎ)を抜いて、寝ている八岐大蛇に切りかかりました。真っ赤な血がほとばしり、斐伊川は朱に染まりました。
須佐之男命が八岐大蛇の尾を切ったとき、何か堅いものに当たって十拳剣の刃が欠けてしまいました。怪しいと思って覗き込むと、八岐大蛇の尾から、それはそれは神々(こうごう)しい剣が出てきました。草薙剣(くさなぎのつるぎ)です。
須佐之男命は高天原にいる姉・天照大御神にこのことを報告し、草薙剣を献上することにしました。この草薙剣が、やがて皇位の印「三種の神器」の一つになります(第18回、神器各論A草薙剣)。
ところで、八岐大蛇のモデルは「斐伊川」ではないかと考えられています。曲がりくねった斐伊川はいくつもの支流を持ち、ときには氾濫して人々を飲み込むことがありました。また古事記の八岐大蛇伝説では、須佐之男命が八岐大蛇を切りつけて河が赤くなるというくだりがありますが、斐伊川は鉄分で赤く濁る川です。
戦いが終わると、須佐之男命は出雲で新婚のための宮殿を作るべき場所を探しました。須賀(すが)(現在の島根県大原郡大東町須賀)に着いたところで「ここに来て、自分の心はすがすがしい」といって、その地に宮を作ることにしました。そのようなことがあったので、その地を「須賀」というのです。
須佐之男命が須賀の宮を作ったとき、その地より雲が立ち上りました。そこで次のような和歌を詠みました。
八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を【1】
(やぐもたつ いづもやえがき つまごみに やえがきつくる そのやえがきを)
>八重の雲がわきおこる出雲に、八重の垣根を、妻を籠もらせるために、八重の垣根を作る、その八重の垣根を
古事記には数々の和歌が収録されていますが、この和歌が一番最初の和歌になります。
ここに翁・足名椎を呼び、この宮の首長に命じて、稲田宮主須賀之八耳神(いなだのみやぬしすがのやつみみのかみ)と名づけました。
須佐之男命と櫛名田比売が寝床で交わって生んだ神の名は、八島士奴美神(やしまじぬみのかみ)、そして他の女を娶って二柱の神を生みました。
八島士奴美神の血筋からはやがて大国主神(おおくにぬしのかみ)が生まれます。須佐之男命の六世孫にあたります。「国を支配する神」という意味の名前をもつこの神は、大穴牟遅神(おほなむぢのかみ)、八千矛神(やちほこのかみ)その他いくつかの別名を持ちます。
そしてこれからは、大国主神を中心とする物語が展開していきます。
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