日本人なら誰もが知っていることば「おみおつけ」は、実は元々「宮中ことば」だったと知っていますか?
庶民の間で「つけ」はお吸い物や味噌汁を意味していたのですが、宮中ではこれに丁寧語の「お」をつけて「御つけ」と呼ぶようになりました。しかし、その言葉を多用していると丁寧さが薄れてしまい、そこに「御」をあと二つ追加して「御御御つけ」(おみおつけ)となったのです。
それ以外にも「おしゃもじ」、「おじや」、「おむすび」などは全て宮中ことばが一般語化した例です。
「宮中ことば」今からおよそ600年前の室町時代初期頃から、京都御所の中で、天皇の側に仕える女官によって使われはじめた独特な言葉です。正式には「御所ことば」とか「女房(にょうぼう)ことば」、もしくは「女中(じょちゅう)ことば」などといわれています。ここでは「御所ことば」と呼ぶことにしましょう。
京都御所の中でも、天皇の生活空間は「御内儀」(おないぎ)と呼ばれ、天皇以外は男子禁制とされた特殊な場所でした。御所ことばはその特殊な空間で生まれたのです。
女官には厳格な序列があったため、目上、目下の階層意識が強く、場面によって言葉を使い分ける必要がありました。また天皇に対しては最上級の言葉を使う必要があり、天皇に差し上げる食べ物や、着物などに丁寧語の「お」を多用する傾向があります。たとえば、筆を「お筆」、粥を「お粥」といいます。
そして、自分の足は単に「あし」、天皇や目上の人の足は「おみあし」といい、また普通の畳は「たたみ」、御所の畳は「おたたみ」といって区別しました。
また、宮中では俗世間の言葉を優雅な言葉に言い換える傾向があります。たとえば「お金」のことを口にするのははしたないという考え方があり、お金のことを「おたから」と言い換えました。その他にも、物を買うことを「こしらえる」、値段が高いことを「むずかしい」などといい、「買う」とか「高い」といった表現を避けるのです。
そして、天皇は一年中正月状態であることが義務付けられていることは第6回「なぜ天皇の昼食は毎日「鯛」なのか?」で述べましたが、御内儀で縁起の悪い言葉を使うことはご法度でした。
そのため、血のことを「あせ」、切ることを「そろえる」、鳥獣が死ぬことを「おちる」というように言い換えます。これらを忌詞(いみことば)といいます。
御所ことばの最大の特徴といえば、やはり優雅であることではないでしょうか。もともと人は生きるための食べ物を確保するために、その人生の時間の大半を費やすものでした。農・工・商だけではなく、天下泰平の江戸期は武士も食べ物の確保に苦労したといいます。
しかし、宮中の女官たちには雅(みやび)な生活が約束されていました。(ここでいう「雅」は「豪華」とは異なる)宮中にはゆっくりとした時間が流れていたのです。
女官たちの言葉遊びによって、次々に新しいことばが作られていきました。梅干を表面にシワがあるので「おしわもの」、そうめんのことを、すするときの擬音語から「お冷のおずる」、また蛸(たこ)のことを、「た」がつくもの、という意味で「たもじ」、豆腐は白くて平だから壁に似ているので「おかべ」というように、御所ことばには趣があります。
また、幼児語的に畳語(たたみご)にするのも御所ことばの特徴の一つです。たとえば、数の子のことを「かずかず」、白玉のことを「うきうき」、団子のことを「いしいし」などといいます。
そして、言葉を省略するのは、御所ことばのもう一つの特徴です。昔は「ごぼう」のことを「ごんぼう」と呼んでいましたが、宮中ではこれを略して「ごん」、また田楽豆腐(でんがくどうふ)を略して「おでん」、また同じように「つくし」を「つく」、「たけのこ」を「たけ」などといいました。
昨今は、「告白する」ことを「コクる」、「気持ち悪い」ことを「キモい」というように、特にギャル語に省略した言葉が目立ちますが、ギャル語の原点は御所ことばにあったといえます。ギャル語もギャルの言葉遊びから生まれています。
以上いくつか御所ことばの特徴を紹介しましたが、これ以外にもまだ多くの特徴があります。
御所ことばは実際に発音してみると、音が柔らかいことに気付くはずです。たとえば、単に「たこ」と言うよりも、やはり「たもじ」と言った方が音が柔らかく、雅な響きではないでしょうか。
そして、これらの言葉を「かわいい」と思った人も多いはずです。室町初期から明治期にかけて、およそ500年間、女官たちが言葉遊びを繰り返して洗練させてきた、特別の言葉なのです。
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