vol.9 「国生み」と「神生み」(古事記、第二話)
古事記は、創造神が生まれた物語の次に、伊耶那岐神(いざなきのかみ)と伊耶那美神(いざなみのかみ)による「国生み」と「神生み」の物語に移ります。
高天原に住む神々は、「神代七代」(かみのよななよ)のうち、一番最後に生まれた伊耶那岐神と伊耶那美神に、下界の海を指し示し、
「漂っている国を固めよ!」
と命じ、美しい飾りのある「天の沼矛」(あめのぬほこ)を渡しました。
伊耶那岐神と伊耶那美神は、天空にある「天の浮橋」(あめのうきはし)に立って海に矛を下ろし、海水を「こをろ、こをろ」とかき回しました。
矛を引き上げると、その先から海水がしたたり落ち、塩が固まって島ができました。これが淤能碁呂島(おのごろしま)です。
その後、二柱の神はこの島を拠点に、次々と島を生んでいくことになります。
伊耶那岐神と伊耶那美神は島に降り立ち、高天原の神々と心を通じ合わせるために、天の御柱(あめのみはしら)を立て、つづけて、大きな神殿の八尋殿(やひろどの)を建てました。
一息ついたところで、伊耶那岐神は、自分の下半身に何か不思議なものがぶらさがっているのに気付き、
「あなたの体はどのようになっているか」
と尋ねました。
すると、伊耶那美神は、
「私の体は既にできあがっているのですが、一ヶ所だけ何か足りずに、くぼんでいるところがあります。」
と答えたので、伊耶那岐神は、
「私の体も既にできあがっているのですが、一ヶ所だけ何か余って、でっぱっているところがあります。それでは、私のでっぱっているものを、あなたのくぼんでいる穴に挿し入れて、塞いで、国を生もうと思います。」
というと、伊耶那美神はこれに賛成しました。そして、天の御柱で神に祈りを捧げてから、国を生むことにしました。
伊耶那岐神は左から、また伊耶那美神は右から天の御柱をまわり、出会ったところで、伊耶那美神が、
あなたは、なんていい男なんでしょう!」
つづけて、伊耶那岐神が
「あなたは、なんていい女なんだろう!」
といいました。言葉には力があるといわれます。よい言葉を話すと幸せになり、わるい言葉を話すと不幸になるので、二人は国を生むにあたり、お互いを褒める言葉を交わしたのです。
そして、二神は神殿の寝室で、美斗能麻具波比(みとのまぐはひ)をしました。「まぐはひ」とは、夫婦の交わりのことです。
しかし、生まれてきたのは手足のない水蛙子(ひるこ)でした。ふたりは悲しみながら、その子を葦の船にいれて流しました。
ところが、次に生まれたのも、淡島(あわしま)で、泡のようなできそこないの島でした。
二神は相談して高天原に帰り、神々に相談をします。すると占いにより、女から先に声をかけたのがいけなかったことがわかりました。
さっそく二神は淤能碁呂島に戻り、天の御柱を回って、今度は伊耶那岐神から先に、
「あなたは、なんていい女なんだろう!」
伊耶那美神がつづけて
「あなたは、なんていい男なんでしょう!」
といい、ふたたび交わりました。
そうすると、どんどん立派な国が生まれました。
一番初めに生まれた島は、淡路島(あわじしま)。つづけて四国、隠岐島(おきのしま)、九州、壱岐島(いきのしま)、対馬(つしま)、佐渡島(さどがしま)、そして本州が生まれました。これら八つの島を、「大八島」(おおやしま)といいます。
二神は、つづけて、児島(こじま)、小豆島(あずきしま)、大島、姫島、五島、両児島(ふたごしま)の六つの島を生み、「国生み」を終えました。これで日本の国土が完成したのです。
次に、伊耶那岐神と伊耶那美神は、大八島に住むべき神々を生んでいきます。
始めに生まれたのは、住居にかかわる七柱の神。
つづけて、海の神、河の神など、水にかかわる三柱の神。
そして、風の神、木の神、山の神、野の神、の大地にかかわる四柱の神。
最後に、船の神、食べ物の神、火の神、の生産にかかわる三柱の神、合わせて十七柱の神が生まれました。
またその途中で、河の神が泡、波、水面など、河に関する八柱の神を生み、また山の神と野の神が交わり、山頂、霧、渓谷など、山に関する八柱の神を生みました。これら十六柱の神は、伊耶那岐神と伊耶那美神の孫に当たります。
しかし、ここで悲しいできごとがありました。
火の神である火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)が生まれるとき、伊耶那美神は陰部にやけどを負ってしまいます。
伊耶那美神は病床で苦しむのですが、苦しみながらも「神生み」は続きます。伊耶那美神は病床で、嘔吐し、糞尿を垂れ流すのですが、吐いたゲロからは鉱山の神二柱、ウンコからは土の神二柱、そしてオシッコからは灌漑の神、生成の神が生まれました。
また、生成の神は後に、穀物の神である豊宇気毘売神(とようけびめのかみ)を生みます。
ところで、豊宇気毘売神は、のちに、天照大神(あまてらすおおみかみ)の食事をつかさどる神として、神宮の外宮(げくう)に祀られることになる、極めて重要な神様です。
そして、伊耶那岐神の懸命な看病のかいもなく、伊耶那美神は命を落とします。伊耶那岐神は涙を流して泣きました。するとその涙から、泣沢女神(なきさはめのかみ)が生まれました。
伊耶那岐神は、伊耶那美神の亡骸を、出雲国(いづものくに)(島根県)と伯伎国(ははきのくに)(鳥取県)の境にある比婆之山(ひばのやま)に葬りました。
伊邪那岐神の悲しみはつのるばかりでした。ついに腰に帯びていた十拳剣(とつかのつるぎ)を抜いて、生まれたばかりの、火之迦具土神の首を斬ってしまいました。
そこから先は、古事記第3話をおたのしみに。