国債バブル後にドル暴落:三橋貴明(作家、経済評論家)(2)
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歴史が証明しているように、アメリカの覇権もいつの日か終わりを告げ、ドル基軸通貨制度も終焉を迎えるときが来るであろう。今回のFOMCによる「プリンティングマネー」の開始が、その第一歩となった可能性を、否定できる者は誰もいないのだ。
ドル基軸通貨制度が終焉する日
しかし、逆になぜドルが基軸通貨の地位を維持しているかを考えると、じつは確固たる裏付けはない。ニクソン・ショックにより、金という裏付けを失ったドルは、それ以降はいくつかの「支え」があるゆえに、基軸通貨として使われているにすぎないのだ。
その「支え」の1つが、米国債の最高格付けなのだ。つまり米国債が最高格付けを維持しているのは、基軸通貨ドルにより売買されるからで、ドルが基軸通貨である理由の1つは最高格付けの米国債がドル建てだからである。要するに、ドルと米国債は互いに支え合い、際どいバランスの上に価値を維持し合っている関係なのだ。このバランスが揺らぐとドル基軸通貨制度はたちまち危機に陥る。
とくにリーマンショック以降、対米輸出国の貿易黒字が激減し、各国の中央銀行が米国債を買うインセンティブは低下してきた。しかし、アメリカ政府は巨大な需給ギャップを穴埋めするために、これまで以上に米国債を発行せねばならず、実際にそうしている。
あまりにも大量に米国債が発行されると、今度は長期金利が急騰し(=米国債の価格下落)、肝心要の格付けAAAが危うくなりかねない。そのため、冒頭にご紹介したとおり、FRBが米長期国債の買い取りに乗り出したわけだ。
FRBが大量の米国債を購入すると、ドルもまたこれまで以上に市場に供給されていくことになる。市場にドルが溢れ、ドルインデックス指数が長期的に下落していく状況、すなわち「ドルの価値」が自国通貨建てで落ち込んでいく環境下において、はたして海外投資家はドル建ての米国債を、これまでどおり購入してくれるだろうか。すなわち、現状のアメリカ政府は、想像を絶するような難題に直面しているとしか表現のしようがない。
現在、米国債の新規発行は「毎週」数兆円規模であり、これは当然ながら前代未聞のハイペースだ。このペースが加速し、最終的に「毎日」数兆円規模の米国債が発行される世界が訪れたとき、それでも米国債の最高格付けは維持されるのだろうか。
あるいは、市場からの米国債購入では追いつかず、FRBによる国債の直接引き受けが始まる可能性も否定できない。米政府の財政支出の財源を、FRBがドル紙幣でダイレクトに提供する、正真正銘のプリンティングマネーだ。この状況に至った場合、さすがにドルと米国債が共に価値を維持するなど夢物語と化すだろう。
そして、世界にはアメリカの苦境に付け込もうと試みている国が、複数存在することも忘れてはならない。とくに世界で最も米国債を保有している中国は、自らの政治的目的を達成するために「ドル限界説」を唱え、「IMFのSDR(特別引き出し権)の基軸通貨化」を提案するなど、米政府への揺さぶりを強めている。
とはいえ、現実問題として、ドルが暴落した場合に最も被害を被るのは米国債保有残高世界一の中国である。すなわち中国にしても、ドル基軸通貨制度を、いましばらくのあいだは維持してもらう必要があるわけだ。
結局、各国の政治的な思惑が重なり、ドル基軸通貨制度に関する抜本的な改革は先送りされる可能性が高い。すなわち今後1年程度の期間はひたすらドルの供給量が拡大し、同時に米長期国債買い取りにより、FRBのバランスシートが風船のように膨らみつづけるわけである。
リーマンショック以降の3カ月間で、アメリカの家計の金融資産は4.5兆ドルが消滅するという、衝撃的な激減ぶりを見せた。しかし、減少したのは主に株式や出資金などであり、家計の現預金はほとんど変動していない。アメリカ国民が今後ローリスク志向を強めていけば、米国債買い支えの1つの柱になる可能性もある。
アメリカ政府は海外、そして国内の投資家に米国債を大量に売却すると同時に、FRBによる買い取り額を増やすことで長期金利を抑え、自らのバランスシートを限界まで膨らませていくだろう。民間におけるバブル崩壊のインパクトを、中央銀行にバブルを引き起こすことで緩和していくわけだ。
アメリカ政府は海外、そして国内の投資家に米国債を大量に売却すると同時に、FRBによる買い取り額を増やすことで長期金利を抑え、自らのバランスシートを限界まで膨らませていくだろう。民間におけるバブル崩壊のインパクトを、中央銀行にバブルを引き起こすことで緩和していくわけだ。
だが、過去にバブルのソフトランディングに成功した国は1つもない。
歴史が証明しているように、アメリカの覇権もいつの日か終わりを告げ、ドル基軸通貨制度も終焉を迎えるときが来るであろう。今回のFOMCによる「プリンティングマネー」の開始が、その第一歩となった可能性を、否定できる者は誰もいないのだ。
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