平常時には隠れていた人種問題が浮き彫りに
ハリケーン・無法横行で避難所から避難する被災者
ハリケーン「カトリーナ」の被災地、米ルイジアナ州ニューオーリンズ都心部のスーパードームから別の避難施設に移動するためバスに乗り込む被災者。多数の被災者が収容されているスーパードーム内は子供へのレイプ行為など、無法状態になっているという(アメリカ・ニューオーリンズ)
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この略奪にはさらに重要な特徴があった。こうした略奪を働く人間たちのほぼ100パーセントが黒人なのである。テレビの映像や新聞の写真でみる限り、略奪者はみなアフリカ系市民、つまり黒人だった。この事実は現地からの他の一部の報道でも裏づけられていた。
いったいなぜみな黒人なのか。
南部のニューオーリンズ市は総人口48万のうち67パーセントが黒人である。だから住民の多数派は黒人なのだが、それにしても略奪者は100パーセント黒人なのである。ハリケーンによる水害は自然発生の緊急事態として市民みんなに平等に襲いかかった。被害を受ける可能性は人種や民族の相違にかかわらず、みな平等である。だから被害を受けたことを原因として盗みに走るならば、略奪者のなかに白人やアジア系の市民が少数でもいたほうが自然となる。ところがそれがいないのだ。
しかもさらにおもしろいことに、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、CBSテレビといった大手マスコミは略奪に走る住民たちが判でおしたように黒人である事実を報じていない。大手テレビは映像で黒人の略奪の光景を流しても、解説のなかではその単純な事実には触れようとしない。略奪自体については報道も論評も山のように伝えても、その行為の実行者たちがほぼすべて単一の人種に限られることは伝えないのだ。
大手マスコミは略奪の実行犯たちを「水害の犠牲者となった他の市民の不幸につけこみ、その市民たちの貴重な財産を奪うハゲタカのような略奪者たち」と非難していた。大手マスコミに登場する識者たちの多くは「警備する側の警察や軍隊が略奪阻止のためには自由に発砲すべきだ」とまで主張していた。しかしその一方、大手マスコミではこの略奪の背景として「貧困や抑圧」をあげ、ある程度の理解を示す論調も散見された。
追いつめられるリベラル派
こうした現象について日ごろ大手マスコミのリベラル偏向を大胆に非難する保守派の論客ラッシュ・リムボウ氏が論評していた。リムボウ氏はラジオのトークショー・ホストとしては全米第一の人気を保つ重鎮である。
「大手マスコミは人種差別主義だと非難されることを恐れて、略奪者がみな黒人だという重要な事実を報じないのだ。リベラル派の政治家たちは逆に『黒人は日ごろ抑圧されているので、緊急時に略奪をすることも理解できる』という態度をとる。いずれも間違った対応だ」
どう考えるにせよ、いまのアメリカ社会がなお人種や階層のギャップという複雑で深刻な課題を抱えていることがこうした現象を生むことは間違いない。
たしかにニューオーリンズなどの都市では黒人の所得は平均を下回る。学歴も黒人は平均より低くなる。その原因が社会全体の黒人に対する偏見や差別だという説にも理はあろう。とはいえ偏見や差別ならば、アジア系市民も対象になる部分がある。だがアジア系の略奪者は皆無なのだ。なぜ黒人だけなのか。
この点、リムボウ氏はびっくりするほど大胆な考察を一日三時間もの自分のラジオ番組で述べていた。
「ニューオーリンズでここ数日、起きたことは数世代にもわたるエンタイトルメント(社会福祉の受給権利)の失敗の現象なのだ。自分の努力よりも政府からの福祉の受給に依存する心理が『自分たちは社会で恵まれない層だから、社会や政府から特別の恩恵を受けることのできる特権がある』という潜在意識を生んできた結果なのだ」
つまり黒人は政府への依存が強すぎて、いざという事態には他者の財産をも入手してよいとみなすような独特の心理を抱きがちだ、と示唆しているのである。その示唆の背後には社会福祉を拡大してきたリベラル派の「大きな政府」への辛辣な批判がある。黒人の側からすれば、飛んでもない糾弾ということになろう。だが略奪者はみな黒人だという事実を否定することもできないのである。しかも過去の天災や暴動の際に大都市で起きた他の大規模略奪も、実行者はほぼすべて黒人だったというのも事実なのだ。
日ごろは表面に出ることが少なくなったアメリカ社会の人種がらみのジレンマが未曾有の大水害という非常時にまたその姿をみせた、ということであろう。
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