「刑務所で、言葉の重みを考え反省してもらいたい」
1月30日、札幌地裁。父は、向かい合った被告の男性(42)をまっすぐ見据え、高ぶる感情を抑えるように「実刑」を求刑した。
07年4月、強風で大波が押し寄せる神奈川県平塚市の河口域に天候を十分確認せず出航した被告操縦のプレジャーボートから、27歳の息子は転落し死亡した。業務上過失致死傷罪に問われた被告は、事故直後に「一生償う。葬儀や墓の費用を分割で支払う」と言ったまま音信不通になった。
父は被告に直接、問いかけたかった。被告人質問では、仲間が建てた墓碑の写真を検察官にスクリーンに映してもらった。「ここにある『絆(きずな)』という言葉をどう思うか」。被告は「ずっと被害者のことを考えている」と釈明したが、裏切り行為ではないかとの父の追及に、返答できなかった。
判決は禁固1年6月の実刑。裁判官は「被害者のお父さんの考えを聞いたと思うが、どう償うか考えてきてほしい」と被告を諭した。「裁判官に気持ちが十分伝わった」。父は判決後、コメントした。
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被害者や遺族の声が裁判に反映されていないとの訴えを受け、刑事裁判への被害者参加制度が昨年12月、始まった。参加した被害者の思いはさまざまだ。
2月20日、東京地裁。トラックを運転中に交差点でバイクをはねた男性(66)に禁固1年6月、執行猶予5年が言い渡された。5年の執行猶予は法が定める最長期間。調理師の夫(当時34歳)を失った妻(34)は法廷で実刑を求めていた。裁判長は妻に語りかけた。「落胆されていると思うが、無謀運転ではなく、量刑は配慮しないといけないのです」。異例の説明だった。
しかし判決後の会見で妻は涙にくれた。「何も響かない。無罪と同じ……」。声を震わせ改めて実刑を求めた。妻は東京地検に控訴を要請したが、受け入れられず判決は確定した。
被害者参加実現を求めてきた岡村勲弁護士は、この法廷を傍聴し「遺族はつらいだろうが、裁判官は思いを受け止めている」と語る。しかし、被害者支援に取り組む番(ばん)敦子弁護士は「被害者にむなしさが残る制度にしてはいけない」と指摘する。
被害者参加は、裁判員制度の設計時には考慮されていなかった。裁判員が被害者の訴えを結論にどう反映させるか、遺族側も法律家も測りかねている。
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藤生(ふじう)好則さん(72)=浜松市=は97年以後計3回、妻や娘3人とフランスの法廷に臨んだ。旧文部省職員だった娘朱美さん(当時25歳)は95年、派遣先のパリのアパート自室で胸を刺され殺害された。アパート管理人の関係者ら被告2人が起訴された。
フランスは市民が裁判官とともに有罪・無罪を判断し量刑も決める参審制を採用。被害者参加も行われている。藤生さんは裁判で、弁護士を通じて被告に質問し、憤りと悲しみを陳述した。
参審員は、振り袖姿でほほ笑む成人式の朱美さんの写真を回覧した。その表情は、身内のことのように考えているようだった。審理が未明になる日もあったが、居眠りする人はいなかった。
裁判は1人が禁固10年で、もう1人は無罪が確定した。藤生さんは結果には不満だ。しかし、やるだけのことはやった。「娘への愛情や被告への怒りは法廷にいた全員に伝わったと思う。裁判のプロセスにかかわれたことは救いだ」=つづく
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裁判員制度が5月に始まるのに伴い、法廷模様は大きく様変わりしている。犯罪被害者の権利も拡充された。国民の司法参加を前に、刑事裁判や模擬裁判の現場を通じ、司法改革の到達点と課題を探りたい。
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■ことば
07年6月の刑事訴訟法改正で導入された。被害者や遺族は裁判所に認められれば、情状面に関する証人尋問、被告への質問のほか、検察官とは別に求刑意見を述べられる。1月末までに64事件で98人が参加を申し出た。対象事件は殺人や傷害、性的暴行、誘拐、交通死傷事故などで、多くが裁判員制度と重なる。
毎日新聞 2009年3月15日 東京朝刊