煙草を吸っている最中に、口づける彼が憎らしい。

正直煙草は好きじゃない。
煙たいし、体にも悪いし、声を仕事にしている自分にとっては、天敵だと思っている。
だけど安元は仕事仲間の中では珍しく愛煙家で、そんな彼の煙草を吸う横顔にいつも見惚れてしまうのだ。
するといつも横目で俺を見て、反対側に白煙を吐く。
そして振り向いたかと思うと、後頭部に手を添えて口づけるのだ。

(…俺の顔、キスしてって書いてる?)

「……っは、」
「あ、やべ」

名残惜しそうに涎に濡れた唇を舐めると、安元は慌てたように灰皿に灰を落とした。
安元の手に持つととても小さく見えるその煙草を深く吸うと、そのまま灰皿にこすりつける。
そうして遠くに煙を吐くと、そのままパタパタと手を仰ぎ煙を散らした。

「ねぇ」
「んー?」
「煙草吸いながらキスすんの、やめてってば」

さっき落とした大きな灰から、細い白煙が昇っている。
それを潰しながら安元が、ははは、と綺麗に笑った。

「おいしくないから?」
「うん、苦いから」
「甘いのがいい?」

…甘いの?と俺は眉を潜めたが、たしかに苦いか甘いかでいうなら甘い方が良いに決まっている。
こくりと首を縦に振ると、安元は何も言わず立ち上がった。
そんな彼の足元に纏わりつくように、愛犬が尻尾を振る。

(口の中、まだ苦い…。)

口の中に残る苦味に、ぱくぱくと唇を動かした。
それでなくなるわけではないが、その音が楽しくて繰り返していると、戻ってきた安元と目が合った。
あ、笑ったな。

「何やってんだよ」

顔に皺を寄せて笑う、この笑顔がたまらなく好きだ。

「口の中、まだ苦いんだよ。」

彼は、はいはい、と俺を宥めると、ソファに座る俺を跨ぐように膝をついた。
ごつごつした男らしい手を俺の顎に添えると、親指を下の前歯に引っ掛けて強引に口を開けられる。

「…あに、しゅる」

何、するんだよ。そう言いたかったが、ド頭からまともに言えなかった。
どうせいっこく堂にはなれやしないさ、俺は。
そう、沸々と湧いて来た謎の自虐に、俺は少しだけダメージを受けた。

途端、安元が俺の舌の上に何かを乗せたのだ。
何か、黒っぽくて、小さなもの。
うまく確認出来なくて、味わうのも怖いが、安元はそっと添えていた手を離した。
しかし俺の口は閉じるわけでなく、そのままのかたち。しかも何故だかしゃくれている。
その様子に彼は笑ったが、その笑顔のまま顔が近づいてくる。

「飲み込むなよ?」

反射的に、背もたれに背中を任せ、顎を引く。
口の中に唾液が溜まって来た。
するとさっきのものが中で溶け出したようで、どろりと舌の端に溜まり始める。

「は、…ふ、」

安元の舌が俺の口内を弄り、やっとそれがチョコレートであることがわかった。
口の中に甘ったるさが充満し、カカオの香りが鼻から抜けていく。

「…はは、安元、唇チョコだらけ」

離れた彼の唇を名残惜しそうに見つめると、その形の良い唇はチョコレートに塗れていた。
そうして彼の首筋に腕を絡めると、俺は猫のように彼の唇をぺろぺろと舐めた。


苦みゼロの、こんなに甘ったるいキスをくれるなら、苦いだけのキスも受け入れられるかもしれない。
甘い甘いミルクチョコレートに煙草の苦いキスなら、合わさって大人のビターチョコレートになるのだから。


end