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特集ワイド:’09夏・総選挙 昭和の町に吹く風は 東京・浅草

 ◇地球時代、終わっちゃう

 ◇庶民の気持ちわからず、お金ばらまいてる ばかにしちゃいけません

 ちょびヒゲの男が路地から飛び出してきた。山高帽にステッキ手にして。「あっ、チャプリンだっ!」。誰もが振り返る。「えへへ。こんちはー。プッチャリンでーす」

 ここは東京・浅草。喜劇王の名をもじった芸名で笑いを振りまくのは中島理一郎さん(59)。演芸場「東洋館」の夜の出番まで時間があった。路地裏の「わが家」に招待してくれた。おんぼろ事務所を4人で借りている。家賃2万円なり。スチール机二つを並べ、そこに布団を敷いて寝るらしい。「快適ですよ」

 プロの芸人とはいえ、舞台だけでは食べられない。月に5、6日はタクシーのハンドルを握る。「きょうも朝の4時まで。ぼーっとしてるんです。売り上げが去年からどんどん落ちて、この5月からさらにガクンと。日に2万5000円くらいにしかならないときもあるかなあ。手取りはその40%ですから、生きていくのがやっとです」。身にしみる不況風、それでも浅草のチャプリンは笑顔である。

 2人でぶらぶら、カギもかけずに出た。昭和のにおいがする。ぷんぷんする。映画館で「寅さん」をやっているせいばかりじゃない。下町人情ドラマそのままの生活が息づいているから。「私がアキレスけんを切って働けなくなったとき、町の人がカンパしてくれました」。大衆食堂のおかみさんが声をかける。「頑張ってる?」。「ハイ。ここのコロッケ定食、うまいんですよ。730円。私の一番のぜいたく」。花屋のおかみさんも寄ってきた。「生きてる?」

 「たまにホームレスのおじさんも心配してくれて、ハハハ。でも、こうやって町に出るのが幸せ。パワーをもらえるし。ゆっくり体を温める笑いをやりたいんです。ただ気がかりなのは九州にいる母でね。ちょっと認知症。兄と妹が面倒みてくれているんですが、交通費がなくて。歯がゆいんですよ」。通称、煮込み通りにある居酒屋は土曜日とあって、酔客みながみなテレビの競馬中継に夢中になっていた。馬券を握りしめ、一獲千金を夢見ている。「そりゃ、私も宝くじ当たらないかなあって思ったりします」

 100年に1度の不況真っただ中、むろん庶民は少しでもお金が欲しい。そして政治家は票が欲しい。だから、この総選挙、お金あげますよ、と各党のマニフェストがささやく。「ばかにしちゃいけません」。浅草芸人の最古参、内海桂子さん(87)は自宅で怒っていた。きちんと和服姿で正座して。「子育て支援だかなんだか知らないけどね、政治家はゴキゲン取りばかり。昔は地下足袋の労働者は宿に子どもを預けて仕事をしていた。私だって踏ん張って、踏ん張って子どもを大きくしてきた。人様からお金をもらうなんて考えはなかったね」

〓 年寄りを いたわるばかりが 政治じゃないよ 活(い)かして 使えよ 老いの知恵

 「世直し都々逸です。いまどきの政治家、ぴんとくるかしら。そもそも苦労知らずのぼんぼんが政治家なんてできっこないのにさ。まわりにも苦労人いないでしょ。庶民の気持ちがわかりっこない。ただお金をばらまいている。それでいいと信じている。かつての浅草には時事漫談、風刺の精神がたくさんあった。いまはほとんどないわね。なにも芸人がわざわざ国会へ行って、偉そうに言わなくたっていいの。あのばあさん、なかなかいいこと言うじゃないの、それで十分なんですよ」

 某県知事には耳の痛い忠告に違いない。でも、この町を歩いていると、くだんの知事の師匠、ビートたけしさんへの信頼を感じる。国政への野心をいさめた一件も拍手喝采(かっさい)だったらしい。あくまで世界の北野武ではなく、われらが浅草のビートたけし。東洋館の前身、フランス座のエレベーターボーイだった逸話を知らないものはない。その東洋館のポスターに民主党代表、鳩山由紀夫さんの顔写真があった。よく見れば違った。「鳩山来留夫」とある。たけしさんの付き人兼芸人、35歳。

 「私、阿部定忠治って芸名だったんですが、鳩山さんが代表選で選ばれた夜、たけしさんが命名してくれて。顔がそっくりだからって。そのまんま東さんは本物の政治家になっちゃいましたけど、僕はお笑い。ぽっぽ党の代表ですから。18歳からずっと浅草なんです。鳩山御殿に住んでましてね。木造モルタル6畳一間、ヨメと2人です。友愛の種をまかなきゃってヒマワリを植えたら、一本だけ咲きました。売れますかね、僕」

 いい味がしみ出ている。鳩山首相誕生ともなれば、テレビにひっぱりだこかもしれない。「いやあ、それが、たけしさん、民主党が負けちゃえば、おまえも終わりだ。そのときは、芸名を三日天下の明智光秀にちなんで、明智来留夫にするなんて言われてるんです」。これぞ、たけしさん一流のお笑い、浅草ではまだまだ毒を吐いている。ウソかマコトか、ぽっぽ党のマニフェストは環境重視らしい。

 日が落ちて、いよいよプッチャリンの舞台である。客席はまばら。出ばやしに続き♪タララララーラララ……。「ライムライト」の名曲に乗ってふらり現れた。どこか悲しげな表情を浮かべ、おどけてみせ、かばんからゴム風船を取り出した。客席にいた女の子を舞台に招きあげる。ふー。風船をふくらませ、きゅっきゅっとひねって犬をつくった。その風船の犬を手渡して、こう言った。「お嬢ちゃん、夢とお金、どっちが好き?」。女の子は答えられなかった。

 まるで映画だった。「ライムライト」のチャプリンは落ちぶれたコメディアン役、生きる希望を失った愛するバレリーナをこう諭した。「人生には勇気と想像力、それとほんの少しのお金があればいい……」。舞台が跳ね、机のベッドへ帰るプッチャリンがつぶやく。「思うんですよ、選挙なんだけど、民主、自民っていうより、地球時代が終わっちゃうんじゃないかって。温暖化はすさまじいし、世界中で戦争ばかりして。人間、成長してないじゃないって」【鈴木琢磨】

   ◇

 夏の総選挙である。思えば、自民党の時代は「昭和」そのものだったのかもしれない。8・30の政権選択が近づく。日本は変わるのか? 昭和の風の吹く町を歩いた。

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t.yukan@mbx.mainichi.co.jp

ファクス03・3212・0279

毎日新聞 2009年8月24日 東京夕刊

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