<世の中ナビ NEWS NAVIGATOR>
◆民主公約--相談員の待遇改善、財産被害の救済
<1面からつづく>
消費者庁・消費者委員会の設置は5月、国会で全会一致で決まった。民主党は当初、民間が主体となり強力な権限で政府を監視する独立機関「消費者権利院」を創設するなどの抜本改革案を出し、政府案の消費者庁法案に正面から論戦を挑んだ。しかし、ほかの野党が消費者庁創設を優先する立場を鮮明にしたことから、政府案との折衷案に落ち着いた。消費者庁の創設を求めてきた弁護士は「民主政権になれば、より民主党案に近い運用になるはずだ」とみる。
抜本改革の手始めに活用されそうなのが、国会での与野党修正協議で民主党が主導した衆参両院計57に及ぶ付帯決議だ。消費者トラブルの中で大半を占める金融商品取引などの財産被害の救済制度や、詐欺などの違法な手段でもうけた収益を業者からはく奪する制度など、消費者利益を守る仕組みが盛り込まれている。消費者の実質的な窓口となる地方の消費生活センターの態勢や「官製ワーキングプア」とまで言われる相談員の待遇改善など、地方の消費者行政を充実させる数多くのメニューが用意されている。
付帯決議の一部は法律付則で「3年以内」や「3年をめど」の期限付きで定められており、民主党はマニフェストでも掲げている。既に米国や韓国など先進的な諸国では制度化されており、民主党政権が続けば、消費者行政の先進地を目指した取り組みが進むとみられる。
ただ、政権移行後に民主党が担う消費者庁の足元には問題が山積。全国から消費者被害の相談や苦情を受ける一元的窓口「消費者ホットライン」(仮称)は、発足と同時に始めるはずの目玉事業だったが、全国展開は10月以降。事故情報を一元的に集約・提供する事故情報データベースの本格稼働も年を越す見通しだ。設立準備を担ってきた消費者庁参事官の一人は「現状は仮オープンで乾きものしか出せない居酒屋のようなもの」と漏らす。
民主党の要求で権限が強化された消費者委員会でも、各省庁の審議会から検討課題を受け継ぐ下部組織の体制が決まっていない。民主党の肝いりで委員全員が民間人となったが、発足直前に委員長就任が内定していた住田裕子弁護士が辞退し、スタートからつまずいた。
住田氏の委員長就任には各地の弁護士会などが「消費者問題に精通していない」などと反発。住田氏は代理人などで消費者問題にかかわってきたと公表し、1日付で弁護士会に抗議文を出した。報道各社あての文書では「権力闘争・ポスト争いの渦中に巻き込まれた」と辞任理由を説明。民間人だけの組織の運営の難しさを指摘している。消費者庁幹部は「民間の力を取り入れるのも結構だが入れればいいというものではない。きちんと機能させることが政権の任務。民主党の運営力を注視する」と語った。
混乱の中、互選で委員長に選ばれた松本恒雄・一橋大学法科大学院長は「前例も他の例もない初めての組織。どうあるべきか議論しながら進めたい」と就任会見で述べた。
足元のおぼつかない組織を運営し、自らが描いてきた理想を実現するのには困難もつきまとう。「予算の組み替えだって何だって『やれ』と言われればやりますよ。それが我々の仕事。民間でも官僚でも使うのは政治家なんですから」(消費者庁幹部)。官僚OBを長官からはずしても、官僚組織が新政権を待ち受ける。【山田泰蔵、奥山智己、藤田祐子、中澤雄大】
◆消費者庁とは
消費者庁設置は、これまで各省庁がばらばらに担当していた消費者行政を一元化することが最大の狙い。主務閣僚は首相が務め、担当閣僚も常設される。 生活に密着した特定商取引法や日本農林規格(JAS)法など30の法律を所管し、各省庁の司令塔となる。各省が行う業者への立ち入り調査や指導・処分などをチェックし、不十分と思われる場合には、改善を勧告する。担当省庁がない「すき間事案」などは自らが処理する。消費者行政に関する新法の企画立案なども行う。
また、全国共通ダイヤルの相談窓口(予定)を設けて情報を一元的に受ける。消費者や警察消防、医療機関、各省庁からの情報を集約・分析して、消費者被害の予防にも役立てるなど多様な役割を担う。
運営は、消費者庁から独立した消費者委員会がチェックする。消費者委は通常の審議会と異なり、強い権限を持つ。重要課題を調査して首相や関係機関に建議や資料要求ができるほか、消費者被害が発生したり拡大するおそれがある場合に首相に防止するよう勧告することもできる。政府は基本方針の策定などに関し、同委の意見を聴かなければならないことになっている。
毎日新聞 2009年9月2日 東京朝刊