2009年9月6日7時30分
「わが闘争」のほか、「蟹工船」や「破戒」などが「まんがで読破」のシリーズになっている。編集者の円尾公佑さん
「わが闘争」は現在、ドイツで新刊が手に入ることはない。著作権者のバイエルン州が、ナチスの犠牲者への配慮から戦後一貫して出版を認めてこなかったからだ。外国への対応も同様で、00年にチェコで許諾なく出版された際、州政府は厳重に抗議した。
日本では角川文庫版で73年から刊行されている。角川書店によると、著作権者から許諾を得たことはないが、著作権に関する国際的な取り決めであるベルヌ条約の「刊行後10年間翻訳されていなければ自由に翻訳できる(70年以前の著作物のみ)」という主要国では日本にだけ特例的に認められた規定を根拠に出版したという。プレス社の漫画版も、角川版を基にした。
バイエルン州財務省は朝日新聞の取材に、「この扇情的著作が再び流布するのは、それが今や象徴的意味すら持たないとしても、ナチズムの犠牲者にとって苦悩を想起させる」と強調。漫画版について「そもそも、この問題ある内容を批判的に表現するのに、漫画という媒体が適切とは考え難い」と苦言を呈した。
ナチズムをめぐる欧州と日本と意識の隔たりを指摘する声もある。バイエルン州駐日代表部の尾畑敏夫代表は、仕事で現地に13年暮らした。「ドイツでは60年たっても論争になる敏感な問題。漫画という媒体の位置付けの違いも含め、議論を尽くして出版したのだろうか……」
一方で出版禁止に疑問を投げる専門家もいる。全体主義を研究するドレスデン工科大学のクレメンス・フォルンハルツ教授は「自由社会に禁書はあるべきではない。今、『わが闘争』に人を引きつける魅力はない。むしろ、社会にとって重要な歴史資料だ」と話す。
角川書店も10年ほど前、ドイツ大使館から「刊行をやめられないか」と求められた。社内で改めて議論した結果、「批判的に検証できる機会を奪うことはかえって不健全」との結論になったという。