ルポ アメリカ陪審制度
《5》被害者参加 公正さを保つために
テキサス州に住むバーナ・カーさんは20年前、娘が性犯罪の被害に遭った。司法制度の中で犯罪被害者が置き去りにされていた時代。州内の被害者支援団体「ピープル・アゲンスト・バイオレント・クライム」(PAVC)に参加し、権利拡大を訴えてきた。
現在、PAVC代表を務めるカーさんは、自らの経験を踏まえて被害者の立ち直りを支援したり、被害者の休業補償実現に向け州議会に働きかけたり、今なお奔走する。
そんなカーさんや多くの被害者たちの声が大きな原動力となり、米国では1990年代、被害者擁護を求める機運が高まった。
連邦政府は2002年、被害者の権利に関する法律を制定。裁判でも蚊帳の外だった被害者側が、法廷で証言できるようになった。その取り組みは広がり、テキサスを含む多くの州が、刑事裁判に被害者が関与する制度を導入している。
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被害者の声を法廷に届けつつ、市民が参加する裁判で公正さを保つ―。それは陪審制度が定着している米国、裁判員制度が始まる日本に共通する課題だ。
米国の後を追うように日本でも被害者の権利拡充を求める声が高まり、昨年12月、刑事裁判への被害者参加制度がスタートした。ただ日米の制度設計は大きく異なる。
米国の陪審裁判は有罪・無罪を決める段階と、有罪の場合に量刑を決める段階とに分かれる。
「有罪・無罪を決める段階では、被害者が証言できるのは目撃状況など証拠に関することだけです」。ワシントンの連邦検察局刑事局のメリー・パトリース・ブラウン局長は、こう話す。このルールは、連邦裁判所も州の裁判所も変わらないという。
事件によって受けた影響や感情などを被害者が訴える機会は、量刑段階にならないと与えられないのだという。
「陪審員は感情に流されやすい」(シカゴのジャーナリスト)と指摘されており、有罪・無罪の審理の際、被害者感情が冷静な判断を妨げないための工夫だ。傍聴席で被害者がひどく泣いている時、裁判官が退廷を求めることもあるという。
裁判員制度で市民と裁判官が一緒に有罪・無罪、量刑までを一括して決める一方、被害者が法廷で検察官とは別に求刑もできる、日本の被害者参加制度との違いがそこにある。
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PAVC代表のカーさんさえ、有罪が決まる前に被害者が法廷で感情的なことを訴えるべきではないと考える。「陪審員の判断が、被害者への同情で左右される。最悪の不正義は、罪を犯していない人を有罪にすることだ」と考えるからだ。
被害者が厳しい刑を求めると、逆に量刑が軽めになったという模擬裁判の結果もあるが、裁判員制度のもとでは、判決が厳罰化するのではないかとの見方も根強い。
被害者の権利と冷静な公判をどう両立させるのか。米国以上に、その努力が欠かせない。 =おわり
(東京報道部・伊藤完司)
<メモ>
日本の参加制度 犯罪被害者や遺族が刑事裁判で被告に直接質問したり、求刑について意見を述べたりできる。昨年12月、改正刑事訴訟法の施行に伴いスタートした。今年5月の裁判員制度のスタート後も、実施される。札幌地裁では2月、業務上過失致死傷事件で参加制度を利用した初の判決があり、被害感情を重視して被告に実刑が言い渡された。その一方で、「法廷が報復の場になり、冷静な審理ができない」などと問題点も指摘されている。
=2009/03/06付 西日本新聞朝刊=