ルポ アメリカ陪審制度
《4》事件報道 影響排除に力尽くす
「記者からは〝ノーコメントの王様〟と呼ばれてますよ」。イリノイ州シカゴの連邦検察局で広報を担当するランドール・サンボーン検事は冗談交じりに話す。
検察局は、逮捕状や起訴状の内容などごく一部の情報を除いて広報しない規則になっている。「陪審員に偏見を持たれるような情報は一切出せない。だから記者のほとんどの質問に答えられない」と、サンボーン検事は説明する。
ただ実際には米国でも、メディアは捜査当局などから得た非公表情報や容疑者の周辺取材をもとに供述内容、DNA鑑定をはじめとする証拠、生い立ちなどを報じ、重大事件では前科・前歴に触れることもある。それは日本と変わらない。
「正確な情報を、ほかのメディアよりも先に書くのが私の義務です」と、シカゴの地元紙「サンタイム」で刑事裁判を担当しているルマナ・ハッサン記者は強調する。
同じく陪審制度を採用する英国には、陪審の評決に重大な影響を与える報道を禁じる裁判所侮辱罪がある。「うらやましいが、『報道の自由』が尊重される米国でメディアを規制するのは不可能ですよ」。検察局のある検事はため息をついた。
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事件報道への法規制がない米国だが、公正な裁判実現に向け、報道による影響を排除する手だてが幾重にも講じられる。
陪審員を選ぶ選任手続きでは検察側、弁護側双方が、候補者への質問で、報道に接して先入観を持っているかどうか見極め、持っていると判断されれば、その人を排除するよう求める。
あまりに報道が過熱し、影響を受けていない市民を選ぶのが難しいと裁判官が判断すれば、別の地域の裁判所に事件を移す措置がまれにではあるが取られる。弁護側が裁判所の変更を申し立てることも可能で、調査会社に報道を見ている住民の割合を調べさせ、変更を求める根拠として提出することもあるという。
裁判が始まれば裁判官は陪審員に対して、事件報道を見ないように注意するし、見たことを理由に審理の途中で陪審員が外されることもある。
ネバダ州の公設弁護人事務所で働くマイケル・パウエル弁護士は「ネバダには全州をカバーする新聞、テレビはない。注目される事件でも別の地域に行けば知らない人は結構いる。報道が陪審員にひどい影響を与えたという事件の経験はあまりないですね」と話した。
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日本の裁判員制度のもとでも、選任手続きで報道の影響を受けた市民は選ばない努力がなされるが、報道の過熱を理由に裁判所を変更することまでは想定されていない。
5月の制度スタートを前に、日本のメディアは現在、事件報道の在り方を見つめ直している。
ハッサン記者はこう強調していた。「裁判に影響すると言われても私が事件記事を書くのは、報道の自由があるから。責任は重いので、あやふやな情報は裏付けを取るよう努めている」
複眼的な取材と、その裏付け作業。地道な努力が、いっそう求められるとあらためて感じた。
<メモ>
欧米の状況 市民参加の陪審・参審制度が定着している欧米各国の場合、事件報道と公正な裁判を両立させる手段は、報道機関による自主的な指針が主流だ。英国やカナダのように報道を法律で規制する国もある一方、裁判員制度と同様、市民と裁判官が一緒に審理する参審制の国では「報道による予断の除去は裁判官の役割」という考え方が強い。日本では2003年3月に政府の司法制度改革推進本部事務局が公表した裁判員法案のたたき台に報道規制が盛り込まれたが、最終的に削除された。
=2009/03/05付 西日本新聞朝刊=