ルポ アメリカ陪審制度
《3》可視化 冤罪機に捜査を改革
手狭な取調室の壁の最上部にカメラは取り付けられている。一見してそれとは分からないが、隣室のモニターには取り調べの様子がはっきりと映り、録音・録画される。
ネバダ州のワショー郡保安官事務所は、20年以上にわたって取り調べの録音・録画(可視化)に取り組んできた。現在は取り調べのすべてに加え、事務所の廊下や容疑者の房も録画。テープは必要に応じ証拠として法廷に提出される。
ネバダ州には可視化を義務付ける法律はない。にもかかわらず州政府の捜査機関である多くの警察署や保安官事務所が、独自の判断で録音・録画を行っているという。
日本の検察、警察には取り調べを録画すると「容疑者が本当のことを話さない」「信頼関係を築けない」という意見が根強い。なぜネバダでは義務でもないのに録画しているのだろうか。
同保安官事務所のトップで30年近い捜査経験があるマイケル・ヘイリー保安官は「録画しても容疑者が供述しなくなることはない。録画があればわれわれが適正に取り調べたことを法廷で立証できる」と可視化のメリットを強調する。
そして、連邦捜査局(FBI)が可視化を行っていないことを挙げ「メンツにこだわる彼らのメンタリティーは時代遅れだ」と皮肉った。
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米国では1990年代、DNA鑑定の進歩などによって死刑や終身刑を言い渡された被告の無実が相次いで発覚。陪審員が下した判断が冤罪(えんざい)を生んでいた事実は米国社会に衝撃を与えた。
冤罪事件を調査してきたノースウエスタン大ロースクール(イリノイ州シカゴ)のスティーブ・ドリズィン教授は「陪審員の判断に問題があるのではなく、検察が出す証拠に問題があることが多かった。12時間以上にもおよぶ取り調べで無実の人に自白を強要していたり、目撃証言が間違っていたりしたケースが少なくない」と指摘する。
こうした事態を受け、イリノイ州では2003年、当時のライアン知事が州内の100人以上の死刑囚を一括して終身刑などに減刑。殺人事件については取り調べの全過程をビデオ録画するよう義務付けるなどの改革に乗りだした。ワショー郡保安官事務所など一部の捜査機関で行われていた可視化は、今や全米に広がりつつあるという。
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日本では被告が「自白を強要された」と裁判で主張しても証拠がなく、水掛け論になることが多かった。裁判長期化の一因にもなっていた。
裁判員制度のもと、迅速で市民により分かりやすい裁判を実現するために、日本の検察、警察も取り調べの一部を録音・録画する試行を始めたが、全面可視化にはなお否定的な空気が強い。
日本の司法制度にも詳しいドリズィン教授は懸念を隠さない。「日本では容疑者は23日間も拘束され連日、長時間の調べを受ける。もし市民が取り調べのすべてをビデオで確認できないなら、冤罪が生まれるリスクはあまりにも高い」
<メモ>
日本での取り組み 日本では鹿児島県志布志市の県議選をめぐる冤罪(えんざい)事件(2007年3月に12人の無罪確定)などを契機に取り調べの可視化を求める機運が高まった。裁判員制度導入を視野に検察、警察は可視化の試行に踏み切ったが、録音・録画するのは取調官が容疑者に自白調書を読み聞かせる部分など一部のみ。日本弁護士連合会は「捜査側に都合のいい部分だけ録音・録画するのは危険だ」として全過程の可視化を求めている。
=2009/03/04付 西日本新聞朝刊=